【80点】ハブリング・ツー/クロノCOS

FEATUREスペックテスト
2009.11.29

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不当な評価を受けることが多いが、ETA7750特有の作動カムこそが、リュウズで操作するクロノグラフ改造の鍵となった。

ワン・クラウン・クロノグラフ

それは一見、洗練されたスポーツウォッチのようだ。9時位置のスモールセコンドの他にサブダイヤルはひとつしかない。一体この時計は何を表示するのだろう。ハブリング・ツーの最新作を眺めると、この時計がクロノグラフである根拠をどこに見いだせばよいのか戸惑ってしまう。時計をもっと近くで見てみよう。サブダイヤルが30分積算計であることが確認できるものの、スタート・ストップボタンやリセットボタンについての疑問は解決してくれない。リュウズにクロノグラフの操作ボタンが内蔵されているわけではないので、いわゆるワンプッシュ式のクロノグラフでもなさそうだ。まるで魔法のようである。
時計の専門書をめくってみよう。すると、1955年にニコレット・ウォッチ(Nicolet Watch S.A.)が発表したある機構にたどり着く。クロノグラフ機能はすべて、リュウズを通常の第1ポジション、つまり押し込んだ状態で回しながら操作するのだ。クロノグラフのスタート・ストップ、そしてリセットはこうして順次行うことができる。巻き上げはリュウズを中間の第2ポジションにして行い、時刻合わせはリュウズを第3ポジション、つまり完全に引き出した状態で行う。

ニコレット製クロノグラフのベースムーブメントは、45分積算計や連結切り換え機構、そしてクラッチを搭載したランデロン社製のキャリバー251だった。このクロノグラフが製品として市場に登場したのは1963年になってからで、スティールモデルやゴールドモデルが用意されていた。ニコレットは、“巻き上げ”と“時刻合わせ”のふたつのリュウズポジションにクロノグラフを操作するポジションを加えて、このクロノグラフを完成させたのだが、この設計には明らかな弱点があった。操作系統を複雑化したことによって、リュウズが不安定で故障しやすかったのである。さらに、ニコレットは防水性を備えていなかった。おそらくこれが、このクロノグラフの売り上げが伸びなかった原因なのだろう。
ここでハブリング・ツーの登場である。ハブリング・ツー(ハブリングの2乗)は、設計師でありマイスター時計師のリチャード・ハブリングがIWCとA・ランゲ&ゾーネでキャリアを積んだ後、数年前に妻のマリア・クリスティーナとともに立ち上げたブランドである。以来、ハブリング夫妻はリチャードの故郷、ケルンテン州フェルカーマルクトのハウプトプラッツに構えた合名会社ハブリング ウーレンテクニックを拠点に活動している。リチャード・ハブリングは言う。
「当初、私たちは、ニコレットの修理と同時に、リュウズを完全に設計しなおす作業も手がけていました。しかし、ニコレットの設計には防水性の問題があったため、新たな道を歩むことに決めたのです」

ハブリング夫妻が“メイド・イン・オーストリア”という価値を生み出すべく、COSシステムの開発に費やした期間はおよそ2年である。その間、巻き上げ機構と時刻合わせ機構に改良を重ね、この機構を搭載できるようにブリッジのひとつひとつにフライス加工を加えた。また、線彫りやペルラージュ模様の仕上げを施すなど、エボーシュの装飾も怠っていない。ネジは1本1本、手作業でポリッシュ仕上げが施されており、ローターには手彫りのロゴが入っている。“ニヴァロックス・アナクロン”(熱処理済み)の中でもハブリング・ツーが購入している脱進機は、クロノメーター級のクォリティを備え、トリオビス緩急調整装置を搭載した高級品である。ちなみに、このグレードの脱進機はIWCやチュードルでしか使われていない。COSの部品は、ハブリング・ツーの指示に基づき、ラ・ショー・ド・フォンのラ・ジュー・ペレが製作している。ムーブメントの組み立てと調整作業は、もちろんケルンテン州の自社工房で行われている。
リュウズを回すだけ、というクロノグラフの操作は、非常に直感的である。しかし、この機構には他にも長所があるらしい。これについては、マリア・クリスティーナ・ハブリングが次のように説明してくれた。

「防水時計の悩みは、ムーブメントを操作するためにケースにあけなければならない穴の数です。古典的なクロノグラフの場合は、ケースバック、ベゼル、リュウズ、そしてふたつのプッシュボタンなど、最低5つは穴や開口部があります。これらすべてをパッキンで密閉しなければなりません。理論上はパッキンがひとつ壊れるだけで、簡単に水が入り込んでしまうのです。COS機構では、穴をふたつ減らすことに成功しました。その結果、パッキンに要する手間とコスト、そして浸水のリスクが40 パーセントも低くなりました」
クロノCOSの洗練された風貌についてはすでに述べた。好感の持てる外観に加え、超軽量のチタンケースの恩恵により、装着性も極めて良好である。13mmという堂々たる厚みにもかかわらず、マイナス要素は見当たらない。2個のクロノグラフボタンがなくなったことで、サイズ42mmのケースは実際よりも小さく見え、エレガントな印象に仕上がっている。