「アルパイン イーグル 41 SL ケイデンス 8HF」は、既存作の派生ではない。本作は、ショパールがチタンという素材の「未踏領域」を切り拓き、その成果を結晶させたモデルである。通常は用いられないムーブメントや文字盤にまでこの素材を採用した、ショパールの挑戦に迫る。

Edited & Text by Yousuke Ohashi(Chronos Japan)
難削材をケースから文字盤、ムーブメントにまで拡張
「アルパイン イーグル 41 SL ケイデンス 8HF」は、一見すると、既存の「ケイデンス」シリーズの派生に見えるかもしれない。だが、それは断じて違う。ショパールは本作で「チタン」という素材を用いてどこまで腕時計を製作できるのかという限界、すなわち「チタンの未踏領域」へ挑戦しているのだ。

まず注目すべきはケースにある。既存の「ケイデンス」シリーズと同様にチタンをケースに採用しているが「セラマイズド加工」を施している点が決定的に異なる。この加工はチタン表面をプラズマ処理によって酸化させ、セラミックス並みの高耐久性と高耐傷性を与えたものだ。ビッカース硬さは約1000と既存モデルに用いられるグレード5チタンを大きく上回る数値である。

ケースだけでなく、ムーブメントと文字盤にもチタンを使用することで、「アルパイン イーグル」史上最軽量を実現したモデルである。自動巻き(Cal.Chopard 01.14-C)。28石。5万7600振動/時。パワーリザーブ約60時間。Tiケース(直径41.00mm、厚さ9.75mm)。100m防水。世界限定250本。391万6000円(税込み)。
それ以上に、本作最大の見どころは、ムーブメントの地板とブリッジにもこのセラマイズドチタンを採用した点にある。チタンは一般的に難削材として知られている。その大きな理由は、素材の弾性が高く切削時にたわみが生じて寸法が狂いやすいためであり、微細な穴あけ加工も困難だからだ。にもかかわらず、高い精度が要求される高振動ムーブメントに採用し、それもわずか250本とはいえ、量産を実現しているのである。加えて、チタンのセラマイズド加工時にはわずかではあるが被膜厚が増えるはずであり、その加工寸法も補正している。これらの事実は、ショパールが極めて高度な加工精度を実現していることを物語っている。

この挑戦はムーブメントにとどまらない。文字盤にもチタンを採用し、「型押し」で模様を表現。これが挑戦である理由はチタンが硬く、しかも弾力性に富むため、プレスによって模様を付けづらいからだ。だが、ショパールは見事にアルパイン イーグルを象徴する「イーグル アイリス」の表現を成し遂げたのである。
これほどの偉業を達成しながらも、ショパールはそれを取り立てて声高に喧伝してはいない。異質さに気づいて手に取り、じっと観察すれば、「チタンの限界に挑戦する腕時計」という挑戦の成果に気づくはずだ。実際、2025年のジュネーブ・ウォッチ・グランプリのスポーツウォッチ部門で受賞を果たしている。専門家たちは、その価値を確かに見抜いていたのだ。
ショパールは高級時計の素材革新を追求し、それを見事に実現した。チタンの未踏峰に立ったショパールはその到達を静かに示している。




