『クロノス日本版』編集長・広田雅将が「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2026」を総括

2026.07.15

世界最大の時計見本市へと成長したウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2026。関税や貴金属の高騰がもたらした時計市場の不透明感に抗して、各社は奇をてらった新機軸ではなく、磨き上げられた定番を打ち上げた。チューダーやグランドセイコー、A.ランゲ&ゾーネなどの新作は、華やかさよりも「中身」が際立つもの。実は見るべきものが多かった新作とその底流にあるトレンドを『クロノス日本版』編集長の広田雅将が振り返る。

ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2026

年々規模を拡大し、今や65ものブランドと延べ約6万人もの来場者が参加するに至ったウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2026。写真はかつてのバーゼルワールド出展組がブースを構えるエリア。
三田村優、高橋敬大:写真
Photographs by Yu Mitamura, Keita Takahashi
広田雅将(クロノス日本版):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos Japan)


華やかさよりも「中身」で勝負する1年

 今や名実ともに世界最大の時計見本市へと成長を遂げたウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ(以下W&WG)。かつては衣替えしたSIHH程度に思われていたこの見本市は、失速したバーゼルワールドからの移籍組を迎え、さらにマイクロメゾンまでもを加えた結果、量だけではなく、質でも語れるイベントとなった。2026年の参加ブランドはなんと65。会場の外での発表まで含めれば、数百ものブランドがジュネーブに集まったことになる。非営利を掲げ、参加者を第一に考え、ジュネーブ市と手を組んだW&WGは、リアルな見本市に足を運ぶ意味を見事に取り戻したと言えるだろう。

 もっとも、2026年のW&WGで目立ったのは、先行きの不透明感だった。株高を背景に高額モデルへの需要は旺盛な一方、米国向けのいわゆる「トランプ関税」や中国市場の冷え込み、そして金とスイスフランの高騰が、足かせになったのである。各社が、本来出すつもりだった意欲作を引っ込めて、堅実に売れる新作へと的を絞ったであろうことは、想像に難くない。

 それを受けた2026年のトレンドを強いて言うならば、「ベーシック」になるだろうか。今年目立ったのは、奇抜な複雑機構や斬新なデザイン、そしてこの10年、時計市場を席巻してきたいわゆる“ラグスポ”ではなく、長く愛されるであろう、磨き上げられた定番だった。確かに、こういったトレンドは近年顕著だったが、外装の仕上げが劇的に改善された2026年は、一層その感が強い。

タグ・ホイヤー

従来の機械式クロノグラフ機構とは異なり、LIGA成形の積算関連部品で構成されるまったく新しいコンプライアント クロノグラフ機構によって注目を集めた「タグ・ホイヤー モナコ エバーグラフ」。タグ・ホイヤーのブースには、そのコンプライアント クロノグラフ機構の巨大なオブジェが華々しく掲げられていた。

 その象徴がチューダーである。これまでダイバーズウォッチの「ブラックベイ」に頼ってきた同社は、ブレスレット一体型の新シリーズ「チューダーロイヤル」を投入した。手の届きやすい価格、高精度なケニッシ製の自動巻きムーブメントに、まとまりのあるパッケージ。一見、“ラグスポ”風だが、ブレスレット一体型のマルチパーパスウォッチとして仕立てられた本作は、間違いなく同社の新定番となるはずだ。

 グランドセイコーの新型ダイバーズウォッチである「スプリングドライブ U.F.A. Ushio300 Diver」も同様である。これまで同ブランドのダイバーズといえば、本格的な作りゆえの「重さ」が悩みどころだったが、新作はそれを過去のものにした。腕に載せたときの感触は、そう言って差し支えなければグランドセイコーらしからぬ軽快さだ。ドイツのジンが、30年前の傑作を今にリバイバルさせた544も、薄いケースと巧みなパッケージが際立つ新定番だ。

 優れたパッケージは、ハイエンドのモデルで一層目立った。A.ランゲ&ゾーネやブルガリの新作は、定番を小ぶりにしながらも、むしろ完成度を一段引き上げたもの。エルメスがリリースしたスケルトンモデルも、単に肉を抜いただけではなく、色味を整えることで腕時計としてのまとまりを得た。

 機構の面でも、華々しい超複雑機構よりも、地道に鍛え直された「使える」仕掛けに見るべきものが多かった。タグ・ホイヤー、パルミジャーニ・フルリエ、そしてIWCが見せた新作は、いずれも見せびらかすことよりも日々使えることを打ち出したものだ。耐久性を高めたコンプライアント クロノグラフ機構、針を隠せるクロノグラフ、そして簡単に調整できる永久カレンダーなどなど。これらは、分かりやすさやスペックを競う時代が、一段落ついたことの証し、と言えるかもしれない。

マスター オブ オロロジー

ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブの会期中は、会場外のジュネーブ市内でも独自の見本市が開催される。こちらは、独立時計師アカデミー(AHCI)主催の「マスター オブ オロロジー」の会場の様子。

 貴金属の高騰は、さらなる変化も後押しした。各社は貴金属の価格が上昇してもコストを吸収しやすくするため、ブレスレットも貴金属で作った高額な新作を増やしたのである。カルティエやジャガー・ルクルト、ヴァシュロン・コンスタンタンやブルガリなどが披露した精密なブレスレットは、10年前とは比較にならないほどの完成度を誇る。

 きらびやかさよりも「中身」を打ち出した新作の目立った2026年のW&WG。価格の上昇は、今後も頭の痛い問題ではあるだろう。しかし、目を凝らして1本1本を見ていくと、心引かれる時計が驚くほど多かったのもまた事実だ。考えてみれば、華やかなトレンドが一段落した今こそ、時計自体の良さを見直せるタイミングなのかもしれない。スイスの底力は健在なうえ、そこにグランドセイコーのような日本のブランドや、新興の作り手たちが新しい風を吹き込み始めた結果、選択肢は、10年前とは比較にならないほど増えたのだから。改めて、価格は安くない。しかし、これほど良質な時計が、これほど多彩に揃う時代もそうはないだろう。


2026年、業界の動向と新作トレンドを世界最大の時計見本市「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 」から分析

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