チタンで魅せる〝デイリーラグジュアリー〟。セイコー「キングセイコー バナック」を実機レビュー!

2026.08.11

2026年新作として発表された、セイコー「キングセイコー バナック」のRef.HKF002J。モノトーンのカラーリングとチタン製の外装を組み合わせた本作は、1970年代のオリジナルを想起させるデザインを受け継ぎつつ、現代的なアレンジとムーブメントを加えた意欲作だ。今回は、その実機レビューをお届けする。

野島翼:文・写真
Text & Photographs by Tsubasa Nojima
[2026年8月11日公開記事]


1970年代を彩った「バナック」が、現代によみがえる

 1970年代は、腕時計にとってデザインの多様化が進んだ時代と言えるだろう。機械式腕時計の機構や性能が一通り成熟し、さらにはクォーツウォッチという驚異が誕生した当時において、デザインは他と差別化するための重要な要素であったに違いない。1972年に登場した「キングセイコー バナック」もまた、そんな時代背景を反映させたアヴァンギャルドなデザインが特徴であった。

 しかし当時を賑わせたスペーシーな形状や鮮やかなカラーダイアルなどのデザインの多くは、やがてブランドを問わず姿を消した。継続しているのは、ブレスレット一体型ケースを備えた、いわゆるラグジュアリースポーツウォッチくらいだろう。一方昨今においては、当時のデザインをモチーフとした新作をリリースする動きも少なくない。そう考えれば、2025年にセイコーが再びバナックを登場させたことも自然な流れと言えるだろう。

 現行のバナックは、特定のモデルのデザインを復刻したものではない。当時のコレクションに共通するエッセンスを抽出し、現代向けにアレンジを加えつつ再構築したものと言えるだろう。ブレスレットとの一体感を強調する多面的なケース、やや装飾的なダイアルは、50年の時を経てなお、血のつながりを感じさせる。セイコーのヴィンテージモデルの中ではややイロモノという位置付けのバナックは、現代においてどのような輝きを放つのか。最新のチタンモデルを基に考えていきたい。

キングセイコー バナック

セイコー「キングセイコー バナック」Ref.HKF002J
2025年に復活を遂げた「バナック」。その最新作であるチタンモデルを実機レビュー。個性と実用性を兼ね備えた意欲作だ。自動巻き(Cal.8L45)。35石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。Tiケース(直径41mm、厚さ14.3mm)。10気圧防水。47万3000円(税込み)。

ダイアルから広がる“Tokyo Horizon”

 現行のバナックに与えられたコンセプトは、東京に広がる壮大な地平線 “Tokyo Horizon”である。これをモチーフとしたダイアルパターンには2種類が存在し、ステンレススティールケースモデルでは水平のみ、チタンケースモデルでは水平と放射状が組み合わされたものとなっている。今回レビューするモデルはチタンケースを採用しているため、後者だ。“地平線まで広がる東京の都市景観と、この都市に脈打つハイウェイのスピード感から着想”を得ているとのこと。確かに、改めて眺めると水平方向のパターンがビル群を望む地平線に、放射状のパターンが首都高で流れていく景色を思わせる。グレーのダイアルは洗練された都会そのもののイメージだ。ちなみに、なぜ東京なのかというと、キングセイコーが誕生したのが東京・亀戸だからである。

 独特のパターンもさることながら、本作に強烈な印象を残しているのが、インデックスとミニッツマーカーを収めた、ダークグレーのインデックスリングというパーツだ。一般的な腕時計では、平面的なダイアルに直接インデックスとミニッツマーカーを配しているが、本作ではダイアルとは別体のインデックスリングを間に加えることで、ダイアルの立体感を増幅させている。ミニッツマーカーはインデックスリングに刻み込まれており、“Tokyo Horizon”のパターンとの調和を感じさせる。

 時分針は太くはっきりしており、ルミブライトと相まって高い視認性を発揮する。秒針のカウンターウェイトは、バナックの頭文字であるV字をかたどったデザインだ。3時位置の日付表示は大きく、判読性に優れている。

キングセイコー バナック

ダイアルには、“Tokyo Horizon”のコンセプトを体現する水平と放射状を組み合わせたパターンが施されている。ダークグレーのインデックスリングが、ダイアル全体に立体感をもたらしている。

オリジナルを再解釈した幾何学的なケースライン

 ケースデザインは、オリジナルの持つレトロフューチャーな雰囲気を残しつつ、現代的なアレンジが加えられている。オリジナルにはさまざまなデザインが存在していたが、それらに共通するのは、広い平面と、それらが作り出すシャープな稜線だ。恐らく本作では、特定のデザインを忠実に再現するのではなく、複数のオリジナルから共通する意匠を抽出し、現代の目線で再構築しているのだろう。その意味では、新生バナックは復刻ではなく復活と表現するのが正しいだろう。

キングセイコー バナック

オリジナルを想起させる、平面を主体に構成されたケース。ブレスレットへと繋がる一体感のあるデザインが特徴だ。

 ベゼルはなく、ミドルケースとボックス型サファイアクリスタルがそのままつながっている。上面をヘアライン、サイドの斜めの面をポリッシュとすることで、メリハリの利いたケースデザインが強調されている。ケースバックは盛り上がった形状だ。ケースの厚みは14.3mmと、シンプルな3針ウォッチとしてはやや厚い。しかし、視覚的にそのことを感じさせないのは、風防とミドルケース、ケースバックに厚みを分散させつつ、斜めの面を多用することでサイドのボリュームを抑えているためだろう。

キングセイコー バナック

大きく盛り上がったボックス型サファイアクリスタルを備える。個性的なケースデザインだが、ベゼルを廃したことですっきりとした印象に仕上がっている。

 ケース素材はチタンである。実を言うと筆者はずっとブライトチタン、すなわちグレード5チタン(チタン合金)であると思い込んでいたが、改めて公式のスペックを確認すると、なんとグレード2チタン(純チタン)とのことだ。

 チタンは軽く、耐食性に優れ、抗アレルギー性も備えた、実用時計にとって理想的な素材だ。しかしその反面、ややグレーがかった色味や、ポリッシュなどの仕上げを与えにくい素材特有の粘りによって、高級時計向きではないとされていた。鈍い光を放つサンドブラスト仕上げの外装は、一昔前のチタンウォッチに共通する特徴だ。その制約を乗り越えるべく、現在の多くのチタン製高級時計では、アルミやバナジウムなどを混合させたグレード5チタンを使用し、審美性を高めている。

 一方で本作では、グレード2チタンでありながらもポリッシュとヘアラインに磨き分けられ、ステンレススティールと遜色ない輝きをたたえている。ややグレーっぽさはあるが過剰ではなく、むしろ幾何学的なケースデザインの力強さを引き立てることに寄与している。

 力強さを感じさせるディテールとして、リュウズも見逃せない。大きな歯車のようなインダストリアルなデザインが与えられ、強烈なインパクトを残している。機能的にはここまで大きい必要はないだろうが、ねじ込み式リュウズであるため、ねじ込みの際に操作しやすいのはメリットだ。

キングセイコー バナック

リュウズはねじ込み式。深く溝を刻んだインダストリアルなデザインが特徴のリュウズは、ケースと比べてもやや大きめだ。

 ブレスレットは、“Tokyo Horizon”のコンセプトを体現する水平パターンを取り入れたデザイン。素材はケースと同じグレード2チタンだ。ヘアライン仕上げの平面を主体としつつ、随所にポリッシュを施すことで、手首を動かした際の躍動感を味わうことができる。コマの長さが短めのため滑らかに動き、肌触りも良好だ。ケースからバックルに向かってテーパーしており、三つ折れ式のバックルはプッシュボタンによって開閉することができる。ブレスレットにはインターチェンジャブルシステムが採用され、レバーをつまんでバネ棒を縮めることで、簡単にケースから取り外すことが可能だ。とはいえラグ形状が特殊であるため、交換できるベルトは限られている。直接的にメリットを感じやすいのは、クリーニングをするときだろう。

キングセイコー バナック

“Tokyo Horizon”のコンセプトに沿った、直線基調のブレスレット。コマの間にポリッシュが施され、手首の動きに合わせて煌めく様子を楽しむことができる。

キングセイコー バナック

バックルは三つ折れ式。プッシュボタンによって開閉する。微調整機構はなく、シンプルな造りだ。

セイコーの高級自動巻きムーブメントCal.8Lを搭載

 内部に収められたムーブメントは、Cal.8L系の最新ムーブメント、Cal.8L45だ。Cal.8L系は、グランドセイコー専用に作られたCal.9S系(Cal.9SA5以前のCal.9S55/65)と設計の一部を共有するハイエンドなムーブメントであり、優れた精度と耐久性を備えている。Cal.8L45はCal.8L35の改良版と位置付けられているが、単なるマイナーチェンジ以上の手が加えられている。

 ユーザーが最も変化を感じやすいのは、パワーリザーブの延伸だろう。Cal.8L35の約50時間に対し、主ゼンマイの幅と巻き数を増やすことで約72時間にまで伸ばしている。これによって、金曜日の夜に外してそのままにしていても、月曜日の朝まで動き続けることができるのだ。

 長くなったパワーリザーブを生かすために、自動巻き機構にも手が加えられている。従来はマジックレバーを採用していたが、Cal.8L45では切り替え車式に変更されている。マジックレバーはコンパクトかつシンプルな巻き上げ方式だが、ラチェット式の宿命として不動作角が大きいという特徴がある。腕の動きが小さいデスクワークでは、使い方によっては十分に巻き上げることができない場合もあるのだ。現代のライフスタイルに合わせた変更と言えるだろう。なお、グランドセイコーのCal.9S55からCal.9S65へのアップデートにあたっても同様の変更が加えられており、同じ進化を果たしたことになる。

 高級機らしい審美性の高さも魅力だ。分割されたブリッジにはストライプ装飾が施され、ブリッジ間で連続して見えるように幅と位置を合わせて施されている。ローターのストライプ装飾までしっかりと合わせてあるため、強い一体感を感じることが可能だ。深い面取りや青焼きネジのような装飾性はないが、その分厚みのあるブリッジなど、堅牢性が際立つ仕様だ。さらにシースルーバックによって、このムーブメントをいつでも鑑賞することができる。

キングセイコー バナック

ハイエンドな自社製機械式自動巻きムーブメント、Cal.8L45を搭載する。約72時間のパワーリザーブと、堅牢な設計が特徴だ。シースルーバックからストライプ装飾を眺めることができる。ブレスレットの付け根には、インターチェンジャブルシステムのレバーが備わっている。

パッケージングのうまさがもたらす秀逸な装着感

 厚さ14.3mmに加え、盛り上がったケースバックによって重心が高めの本作。正直に言えば、あまり装着感は良くないだろうというのが第一印象である。しかし驚くことに、実際に手首に載せてみると全く気にならない。チタンケースによって、そもそもの重量が軽いことと、ブレスレット一体型のためにラグの飛び出しが少なく、ケース全長が45.1mmに抑えられていることが要因だろう。手首を振ると盛り上がったケースバックがゴロゴロするため、着けていることを忘れるほどではないが、長時間着用していてもストレスを感じることはない。

キングセイコー バナック

チタンケースならではの軽やかな装着感。ケースの直径は41mmあるが、全長が短いため手首への収まりは良好だ。

 視認性も良好だ。ダークグレーのインデックスリングと太い時分針によって、周囲の環境に左右されず、しっかりと時刻を読み取ることができる。秒針の先端をホワイトとすることでコントラストを利かせている点も良い。分針の先端がやや太すぎるようにも感じるが、実用上は問題ないだろう。6時位置のロゴとV字のカウンターウェイトの主張が強いようにも思えるが、ここは好みの問題だ。3時位置の日付表示も見やすく、ビジネスシーンでも便利である。10気圧防水を備えているため、悪天候時やレジャーシーンなどでも心強い。

キングセイコー バナック

視認性も十分。さまざまなカラーバリエーションがラインナップされるバナックだが、本作は落ち着いたカラーリングのため、オンオフともに着用しやすい。

 個性的なデザインを控えめなカラーリングで仕上げることで汎用性を高めつつ、装着性や視認性、防水性などのツールとして求められる基本性能を高次元で備えた本作は、どんなときでも使いやすい1本なのである。

キングセイコー バナック

ケースの厚さは14.3mmと、ややボリュームがある。しかし、ケース上部に斜面を取り入れ、サファイアクリスタルやケースバックに厚みを分散させることで、視覚的な厚さは気にならない。


過去と未来をつなぐデザインの力

 歴史の波間に埋もれたかのように思われていたバナック。そのデザインを現代によみがえらせた本作は、当時の雰囲気を残しつつも決して懐古主義的ではない、温故知新を体現するモデルである。お手本とすべきものが明確な完全なる復刻には、100点が存在する。より100点に近い復刻は、過去の名作をほぼ近い形で入手できるという時計愛好家にとって喜ばしい選択肢に違いない。

 しかし本作のように、オリジナルのテイストを受け継ぎつつも現代的なアレンジを加えようとする試みには、創造の余地が残されている。明確な100点の姿があるのではなく、これからの未来に向かって100点に近づけていこうとするブランドの試行錯誤があるのみだ。本作の段階でバナックの完成度は非常に高いと感じる。しかしセイコーは、今後もアップデートを加え、キングセイコーを象徴する3つ目のアイコンとして、“バナック”の名を後世に語り継いでいくことだろう。

Contact info:セイコーウオッチ お客様相談室 Tel.0120-061-012


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