タグ・ホイヤーから、レーシングクロノグラフという「タグ・ホイヤー モナコ」の原点を大きく飛び越えた野心作、「タグ・ホイヤー モナコ スピード12」が発表された。ルイ・ヴィトンの高級時計製造工房、ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンとの共同開発により、12本の回転式ピストンで時を表示する特許取得済みのジャンピングアワー機構を搭載。モータースポーツのアイコンとして知られるモナコを、オートオルロジュリーの領域へと押し上げる、驚きに満ちたメカニズムと実機の魅力に迫る。

[2026年7月29日掲載記事]
レーシングクロノグラフからジャンピングアワーへ
2026年は、タグ・ホイヤーにとって「タグ・ホイヤー モナコの年」となりそうだ。ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブで発表された「タグ・ホイヤー モナコ エバーグラフ」や、左側にリュウズを配したモナコ クロノグラフ3モデルに続き、同社はF1モナコGPに合わせて新たな解釈となる「タグ・ホイヤー モナコ スピード12」を投入した。注目すべきは、新作発表のペースだけではない。そのアプローチの幅の広さだ。本作は、既存のクロノグラフを発展させただけのモデルではない。

テキスタイル調の型押しと赤いハンドステッチを施したブラックラバーストラップは、レーシングハーネスに用いられる素材をモチーフとしている。自動巻き(Cal.TH84-00)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。Tiケース(直径40mm)。30m防水。世界限定50本。1501万5000円(税込み)。2026年12月発売予定。
ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンとの共同開発
この時計を駆動するムーブメントと複雑機構は、タグ・ホイヤーが拠点を置くスイスのヌーシャテル州ラ・ショー・ド・フォンではなく、同じくスイスのジュネーブ州メイランで生み出された。タグ・ホイヤー モナコ スピード12の開発にあたり、タグ・ホイヤーはラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンと協業。同工房は、時計師のミシェル・ナバスとエンリコ・バルバシーニによって2007年に設立され、2011年にルイ・ヴィトンの傘下に入った。これまでもLVMH グループに属する両ブランドの間では、部分的な技術交流が行われてきた。しかし今回は、タグ・ホイヤーが共同開発であることを明確に打ち出しているだけでなく、技術面でも従来以上に踏み込んだ協力が行われている。
こうして誕生したマニュファクチュールムーブメント、Cal.TH84-00は、ナバスとバルバシーニが開発し、特許を取得した「スピン・タイム」機構をベースとしている。2009年に発表されたスピン・タイムは、空港や駅で用いられていた反転フラップ式案内表示器から着想を得た機構であり、一般的な時針の代わりに12個の回転式キューブによって時を示す。本作では、このキューブがエンジンのピストンを思わせるパーツへと置き換えられた。モナコのモータースポーツとの結び付きを強調しながら、機構の基本原理は受け継がれている。
中央の分針が文字盤を1周すると、次のピストンが瞬時に90度回転して新たな時刻を表示し、それまで時を示していたピストンは元の位置へと戻る。時表示が切り替わる一連の動きを視覚的に追うことができる、機械的な見応えに富んだジャンピングアワー機構である。

今後の方向性を示すモデル
この機構は、腕時計を日常的に使う上で何をもたらすのだろうか。一般的なスイープする針とは異なり、ムーブメントが今まさに時刻を切り替えた瞬間を観察できるのだ。ジャンピングアワーの愛好家にとって、この複雑機構とモナコのケースデザインが持つ相性の良さは、大きな魅力となるだろう。
筆者は、この腕時計をタグ・ホイヤーの今後の方向性を示す意思表明と受け取った。タグ・ホイヤー モナコ スピード12によって、タグ・ホイヤーはタグ・ホイヤー モナコを、モータースポーツの伝統を象徴するクロノグラフから、オートオルロジュリーを展開するためのプラットフォームへと進化させつつあるのではないか?
モナコのDNAを残した新構造のケース
グレード5チタン製のスクエアケースは径40mm。リュウズを3時位置に備えながらも、その特徴的なフォルムによってひと目でモナコだと分かる。一方、内部には従来とは異なる構造が採用された。DLCコーティングを施した4本のスケルトンワークブリッジが、スクエアケースの内側で円形のムーブメントを宙づりにするように固定している。円形のムーブメントを隠すのではなく、四角形のケースによって縁取る構成だ。
ケース上面は張りあがったサファイアクリスタル製風防で覆われ、ケースバックにもサファイアクリスタルを採用。さらに、スクエア型のサファイアクリスタル製ベゼルを組み合わせることで、ピストンの動きを上面だけでなく側面からも眺められるようにした。サンドブラスト加工とサテン仕上げを施したピストンには黒色のアラビア数字インデックスが刻まれている。文字盤中央に設けられた縦方向の溝は、エンジンカバーをモチーフとした意匠だ。

実際に着用し実感する機構の魅力
チタンとラバーという素材の特性が十分に生かされており、強い存在感と複雑な機械構造を備えながらも、時計は手首に驚くほど軽く収まる。仕上げも、タグ・ホイヤー モナコの名に期待される水準を裏切らない。各部は端正かつ精密に仕上げられ、エッジの処理にも妥協は見られない。
ピストンが初めて切り替わる瞬間を目にすれば、このコンセプトが成立している理由をすぐに理解できるだろう。作動はきびきびとしており、動きに鈍さはない。チタン製スクエアケースの内部で、サンドブラスト仕上げを施した12個のピストンが順に動く様子は、純粋に見ていて楽しい。時計について「楽しい」と表現することは、決して軽薄な評価ではない。この時計の魅力は、静止画だけでは十分に伝わらないのだ。写真では一風変わったインデックスの配置に見える機構が、実際に腕に着けて動かすことで、機械式時計ならではの見どころとして際立つ。
世界限定50本
製造数はシリアルナンバー入りの世界限定50本。近年、より多い製造数で展開されてきたタグ・ホイヤー モナコの特別モデルと比べても、極めて少ない。稀少性だけで本作がコレクターズアイテムになるかどうかは分からない。しかし重要なのは、モナコというアイコンと、ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンが得意とする複雑機構との組み合わせを、市場がどのように評価するかである。
タグ・ホイヤー モナコ スピード12は、モナコのケースデザインがどこまで発展し得るのかを示したユニークピースだ。クロノグラフという従来の枠組みを離れ、型破りな複雑機構を受け入れるためのプラットフォームへと進化した。その説得力は、F1モナコGPで発表されるというモータースポーツとのつながりだけにとどまらない。



