時計経済観測所/遂に中国バブル崩壊か。時計市場に激変をもたらす?

LIFEIN THE LIFE
2023.09.08

大方の期待に反し、中国経済が思うように回復していない。振り返れば、これまで不況のたびに、世界経済は中国経済に救われてきたが、コロナ禍後は、どうやら様子が異なるようだ。中国経済の減速が顕著になってきた今、気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が、その影響を多面的に分析・考察する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2023年9月号掲載記事]


遂に中国バブル崩壊か。時計市場に激変をもたらす?

 中国経済の減速が鮮明になってきた。中国国家統計局が7月17日に発表した第2四半期(4-6月期)の国内総生産(GDP)は季節調整済み前期(1-3月期)比の伸びが0.8%にとどまった。

 中国の統計では前の年の同期間と比べた数値を主として公表しており、それでいくと実質成長率は6.3%ということになるが、1年前は上海のロックダウン(都市封鎖)で経済が凍りついていた時期で、この伸び率は実態を表していない。今年の第1四半期(1-3月期)は2.2%の伸びだったので、今回の0.8%という伸び率は、一気にブレーキがかかっていることを示している。

 厳しいゼロコロナ政策の反動から消費の回復が期待されたが、ここへ来て急速に鈍化している。背景には企業や家計の先行き不安がある。就業者の8割が働いている民間企業のうち赤字企業は5月末で28.1%と過去最悪の水準にある。これら赤字企業が雇用を大幅に絞り込んでいることもあり、6月の若年層(16-24歳)の失業率は21.3%に達する。もっともこの数字は都市部の若者だけが対象で、出稼ぎに来ている地方出身者を加えると、全体での若年層の失業率は4割を超えるという見方もある。

 こうした失業による将来への不安から貯蓄率が高まり、一方で消費は一気に落ち込んでいる。消費者物価指数の伸びもゼロ%になっており、「実質的にはデフレに入っている可能性もある」という指摘もエコノミストの間から出始めている。

 米ウォールストリートジャーナルは6月末に「中国消費者、国内ブランドにシフト 欧米勢に試練」という記事を掲載していた。欧米の高級ブランドを支えてきた中国の消費に変調を来すことで、世界経済にマイナスに働く懸念が強まっている。イエレン米財務長官は、7月17日にブルームバーグテレビジョンとのインタビューで以下のように述べた。

「多くの国が自国経済の促進に向け、力強い中国の成長に依存している。特にアジアの諸国がそうだ。中国の成長減速は米国にある程度の悪影響を及ぼす可能性もある」

消費の減退が高級時計市場に与える影響

 こうした消費の減退は高級時計市場の行方にも影響を与えそうだ。スイス時計協会の統計によると、スイス時計の中国大陸向け輸出額は1月から6月までの累計で13億9200万スイスフラン(約2280億円)と昨年同期間に比べて25.4%増えている。もっともこれは上海のロックダウンがあった時期との比較で、その前年2021年の同期間と比べると7.2%減少している。今後、消費者の購買が落ち込めば中国大陸のディーラーの輸入控えにつながっていく可能性もある。

 また、習近平政権が富裕層に対する締め付けを強めていることから、資産を海外へ移す動きも加速しているとされる。これまで高級品の購買を支えてきた富裕層の海外移転が進めば、中国国内での高級時計の売れ行きが大きく鈍る可能性がある。

インバウンド需要の減少で日本市場にも影響が?

 これは日本の高級時計販売にも影響しそうだ。新型コロナウイルス蔓延に伴う入国規制が撤廃されたことから、インバウンド客は急増している。日本政府観光局(JNTO)の推計によると、6月の訪日外客数は207万3300人となり、新型コロナ前の2019年6月の72%の水準にまで回復した。ところが中国からの訪日外客数の回復は鈍く、2019年の23.7%の水準にとどまっている。6月1カ月の訪日客の人数は韓国からが54万5100人と最多で、次いで台湾からの38万9000人となっている。中国からは20万8500人で米国からの22万6800人より少なく、香港の18万6300人と大差ない。

 中国での景気の先行きへの不安から海外旅行をする人が激減していることが大きい。周知の通り、中国からの観光客による高額品の購入がインバウンド消費の中核を占めていただけに、中国客の回復が鈍いことが時計販売の先行きにも影を落としつつある。


磯山友幸
経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
http://www.isoyamatomoyuki.com/


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