ルモントワールとコンスタントフォース概論(後編)

FEATURE本誌記事
2019.11.12

ルモントワールの歴史と意義、そして構造

第一線の時計関係者でさえしばしば混同するルモントワールとコンスタントフォース。
クロック用のルモントワールから始まった定力装置は、どのような経緯で進化を遂げ、やがてコンスタントフォースへと分かれていったのか?本邦きっての“時計理論家”である菊池悠介氏が、その長い歴史と主なバリエーションを記す。

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ルモントワール事例研究

 さて、具体的なルモントワールの構造はどのようになっているのだろうか。ルモントワールの設計は複雑になりやすく、また多くのバリエーションがあるが、最もシンプルな例として、ジョージ・ダニエルズが製作したルモントワール付きのトゥールビヨンを最初に挙げておこう。トゥールビヨンの左側に見える部品群がルモントワール機構である。複雑に見えるが、重要なのは3つの部品だ。まずトゥールビヨンキャリッジ直下に配置された「ルモントワールスプリング」(a)。これはヒゲゼンマイ同様の渦巻き状をしており、一定のトルクを溜め込み、テンプに伝達する役割を果たす。そしてルモントワールスプリングを巻き上げて歯車をロックするスティール製の「ルモントワール車」(b)、その規制解除をする「ルモントワールレバー」(c)である。それぞれは、銃の撃鉄と引き金の役割に喩えられよう。これら3つの部品に注目すれば、ルモントワールは比較的簡単に理解できる。

故ジョージ・ダニエルズが制作した「ザ・グランド・エルソムⅡ」のムーブメント。1975年にセシル・エルソムに販売された。脱進機周辺に15秒周期のルモントワールおよび1分周期のトゥールビヨンを備える。パワーリザーブ約36時間。

 ルモントワールとは次の3つの処理を繰り返す機構だ。①主ゼンマイのトルクで回る輪列が、ルモントワールスプリングを巻き上げる。②一定のところまで巻き上がると、ルモントワールレバーの一端がルモントワール車に引っかかりロックされる。③トゥールビヨンキャリッジには90度ごとに4カ所のピンが配置されている。そのピンが15秒に1回ルモントワールレバーの他端を押し、ルモントワール車のロックを解除する。そして最初の段階へと戻り、同じ動作を繰り返していく。こうすることで、テンプにはルモントワールスプリングに溜められた一定のトルクが常に流れるようになり、振り角は一定になる。

 しかしフランソワ-ポール・ジュルヌが序文で指摘している通り、ダニエルズのルモントワールには再起動ができないという大きな問題があった。ルモントワール車がロックされた状態で止まると、主ゼンマイを再び巻いても、ロックが解除されないためテンプにトルクが流れず、時計が再起動できないのである。そしてもうひとつの問題が、ルモントワールスプリングが解けすぎてしまうという問題である。テンプに、より一定に近いトルクを供給するため、ルモントワールスプリングにはあらかじめテンションがかけられている。時計が止まる時にこのテンションが解けると、このルモントワールの構造では再びテンションが戻ることはない。このような重大な問題を、もちろんダニエルズは見過ごさなかった。このふたつの問題を同時に防ぐ対策として、主ゼンマイトルクが小さくなった時にトゥールビヨンキャリッジを止めるハック機構を採用したのである。しかしその結果、パワーリザーブは短くなってしまった。

 もうひとつの例として、ジュルヌが製作した「トゥールビヨン・スヴラン」を紹介しておこう。この時計が搭載するルモントワールは、再起動の問題を根本的に解決しており、ハック機構がなくても成立する。もちろんパワーリザーブを制限する必要がないので、実用性はまったく損なわれていない。まさに商品化に堪えうる、洗練されたルモントワールと言えるだろう。

 ジュルヌのルモントワールも、基本的な部品構成はダニエルズに同じだ。見るべきは、板バネのルモントワールスプリング、風車の形をしたルモントワール車と巨大なルモントワールレバーの3つである。このルモントワールレバーには中間車が搭載されており、点5を中心として回転する。その動き方は、クロノグラフのキャリングアームに似ている。ルモントワールの動作シークエンスは次の通りだ。①主ゼンマイのトルクが図中(2)の歯車から中間歯車(4)に伝わると、ルモントワールレバーが(点5)を支点に反時計回りに回転し、板バネを押し上げる。②ある点まで板バネを押し上げると、ルモントワール車にルモントワールレバー先端の爪(6a)が引っかかりロックされる。これで主ゼンマイのトルクは3番車で遮断される。③押し上げられた板バネが元に戻ろうとルモントワールレバーを時計回りに回転させる。ある地点まで回転するとルモントワール車から爪(6a)のロックが外れ、また最初の動作に戻る。こうして板バネに蓄えられたトルクは中間車を回転させるトルクに変換され、常に一定のトルクがトゥールビヨンキャリッジに伝達される。

フランソワ-ポール・ジュルヌが製作した「トゥールビヨン・スヴラン」などに搭載されているルモントワール機構。1980年代に製作された5秒周期ルモントワール付きの懐中時計を原型とするが、腕時計用に1秒周期ルモントワールに改良されている。

 再起動の問題はどうだろうか? ジュルヌのルモントワールは、主ゼンマイのトルクが落ちた時、撃鉄のロックがかからず通常の時計輪列のように機能する。こうすることで時計が止まる時には板バネのテンションはゼロとなるが、リュウズを巻くことで、再び板バネに必要なテンションが戻り、ルモントワールが機能する。このように、現代の腕時計には必ず再起動の問題への対策がなされている。またダニエルズのルモントワールでは、ロックを解除するためのピンが必要だったが、ジュルヌの方式ではクロノグラフのキャリングアームのように動くルモントワールレバーが自力でロックを解除するため、ピンが不要になる。そのため、部品点数を少なくできる。この優れた方式は、オーギュスト=ルシアン・ヴェリテが1850年頃にクロック用に考案したものがベースとされている。

 個人的な意見を述べれば、ルモントワールのうちで最も優れているのは遊星歯車を用いた方式だろう。これはアンリ=ベルナール・ワグナーが1850年頃に発明したもので、現代ではアンドレアス・ストレーラーが採用している。この方式では前述したヴェリテの方式とは異なり、ルモントワールレバーの前後にある歯車が同軸に配置されている。最大の利点はルモントワールレバーを小さくできることだ。ジュルヌの採用するキャリングアーム方式とアイデアは非常に似ているが、ルモントワールレバーはより小さい。ルモントワールレバーが大きいと外乱や衝撃にさらされたときに、ルモントワールが正常に動作しないおそれがある。そのため質量を小さくするほうが望ましい。ジュルヌも「クロノメーター・オプティマム」において、ルモントワールレバーや板バネをスティール製からより軽量なチタン製に切り替えている。機構の信頼性を高めるための手堅い一手である。なお、ストレーラーもジュルヌもこれらのルモントワール機構を利用して、秒針をデッドセコンド運針にしていることに注目したい。

 現在、多くの腕時計が採用するルモントワールは、ロベール・ガフナーが発明したカム方式である。この方式でもこれまでと同様に、ルモントワール車がルモントワールスプリングを巻き上げた後にロックし、ルモントワールレバーがそのロックを解除する。ルモントワールスプリングに蓄えられたトルクは、同軸に配された歯車を通じて調速機へと伝達される。この方式を特徴づけるのは、ルモントワールレバーの動作制御にルーローカムを用いているという点だ。このカムとルモントワールレバーは常に接しているため、ルモントワールの安全な動作が保証されるというメリットがある。しかしここで生じる摩擦がガンギ車に伝わると、精度がかえって悪化するおそれがある。そのためA.ランゲ&ゾーネでは、ルーローカムに接する部分をルビーに置き換えて、摩擦を減らしている。またロックの際にルモントワール車がルモントワールレバーにぶつかる衝撃も無視できない。ラング&ハイネではこの問題を解決するために、ルモントワール車自体が衝撃を吸収するようバネ性のある形状に改めた。

 個人的に最も興味深いと感じたのは、IWCがトゥールビヨンに組み込んだルモントワールである。ガンギ車とルモントワール車を対称に配置して、トゥールビヨン全体のバランスの片寄りを解消している。またルモントワールレバーをトゥールビヨンの中心付近に配置することでキャリッジ全体の慣性モーメントを小さくすることにも成功した。過去にデレク・プラットもトゥールビヨン内にルモントワールを組み込んだが、ルモントワールの部品が一方向に片寄ったため、キャリッジにカウンターウェイトを付けて重心バランスを取った。この場合トゥールビヨンキャリッジに片重りが存在したり重量がかさんでいたりしても、テンプの精度には何の悪影響も与えないことに注意したい。これはルモントワールの重要な役割のひとつである。IWCがキャリッジのバランスを取り、慣性モーメントを小さくしたのは、あくまでルモントワールスプリングを巻き上げる際に余計なエネルギーを使わないようにするためである。つまり高効率なルモントワールを達成するためだ。

 最後にA.ランゲ&ゾーネが「リヒャルト・ランゲ・ジャンピングセコンド」(2016年)に搭載したルモントワールについても簡単に触れておこう。これはクロノグラフの前身となった「独立秒針」という古典機構によく似ている。具体的な特徴は次の3つだ。まず香箱から2系統に分かれた輪列を持ち、ガンギ車と同軸に星車が固定され、それに噛み合う位置に針状の〝むち〞と呼ばれる部品が配される。この星車とむちがルモントワールスプリングの巻き上げと輪列ロックを制御している。しかしその際にむちが1回転し星車を叩いてしまうため、そこで生じる摩擦と衝撃が、テンプへ悪影響を与えないような工夫が必要となるだろう。