ヒロタの語る、知られざる名機 Vol.1 ジン「244TI.I」

FEATUREその他
2020.12.15

コンセプトやプロダクトとしての出来は文句なしながら、正当な評価を得られずに時代の片隅に埋もれてしまった時計は少なくない。そんな名作たちに『クロノス日本版』編集長の広田雅将がスポットライトを当てる不定期連載。記念すべき初回は、広田が愛して止まないジン「244TI.I」を紹介する。

244TI.I

広田雅将(クロノス日本版):文
Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
細田雄人(クロノス日本版):写真
Photographs by Yuto Hosoda(Chronos-Japan)
(2020年12月15日掲載記事)


シンプルながらもハイスペックなジン「244TI.I」

 筆者はかなりのジンファンである。大学1年のときに、手巻きの「103」を買って以来、このメーカーの作る時計は無条件に好きだ。ファンによっては、ヘルムート・ジン時代が良いと言う人もいるが、筆者はジン時代も、今のローター・シュミット時代のプロダクトも等しく好んでいる。

 筆者は今までにさまざまなジンを買ったが、今も昔も一番好きなのはベーシックな103と、それ以上に「244TI.I」である。このモデルが好みな理由は、シンプルな見た目とは裏腹に、ジンらしいハイスペックで武装した点にある。

244TI.I

ジン「244TI.I」
1994年に発表された野心作。高精度なクロノメーターを軽いチタンケースに搭載しただけでなく、約8万A/mという高い耐磁性能とラバー製のショックアブゾーバーによる高い耐衝撃性能を持っていた。全てのモデルにクロノメーターの証明書が付属する。1994年から2006年にかけて1200本製造。なお、バーインデックスを省いた244TI.Fも併売された。写真はオーバーホール後の244TI。1990年代半ばの時計とは思えないコンディションを取り戻した。平均日差は+3秒と極めて優秀だ。自動巻き(ETA2892A2)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Ti(直径36mm、厚さ10.5mm、重さ80g)。20気圧防水。約8万A/mの耐磁性能。

 直径36mmのケースはチタン製で、ムーブメントはETA2892A2のクロノメーター仕様。そして、IWCの「インヂュニア」よろしく軟鉄製のインナーケースと文字盤で囲われたムーブメントは、約8万A/mもの耐磁性能を持っていた。加えてそのインナーケースは、耐衝撃性を高めるべく、8つのラバーブロックで支えられていた。軽くて使いやすいだけでなく、高精度で、磁気とショックにも強いとあれば、実用時計の理想形ではないか。

 筆者はこのモデルに熱狂するあまり、今までに3本は買ってきた。どんなボロボロであっても、中身は2892だから完全に直せるし、人気がないのか、中古価格は冗談みたいに安かった。手頃で良質な実用時計が好きな筆者にとって、244TIとはまさにドンピシャの時計だったのである。これに近い時計を探すならば、IWCのインヂュニアのジャガー・ルクルト889系入りになるが、デキが良すぎる。244TIのように、気兼ねなく使えるわけではないのである。

244TI.I

実用時計らしい風防の固定方法。むき出しにしたパッキンに直接風防をはめ込んでいる。

 時計を生業にして、しばらく244TIの存在を忘れていたが、ネットでたまたま見る機会があり、244熱が再燃してしまった。昔のように簡単に見つかるだろうとタカをくくっていたら、全然見かけないし、あっても高い。ネットをウロウロしていたら、Chrono24でワンオーナーの出物を見つけたので、やむなくオーストリアから引っ張ることにした。筆者が買えるぐらいだから、もちろん値段は知れている。

 ちなみに244TIは、現社長のローター・シュミットの初めて手掛けたモデルである。IWCでエンジニアだった彼は、創業者のヘルムート・ジンが会社を手放すという情報を聞き、時間をかけて彼を口説き落とした。そして経営権を受け継いだシュミットは、ジンをパイロットウォッチの専業メーカーから、独創的な時計メーカーに脱皮させようと考えたのである。その第1作が、チタン製クロノメーターの244TIだった。発表は1994年のことである。

244TI.I

ねじ込み式のリュウズ。日本代理店のホッタには、いまなおリュウズの在庫がある。素材はチタンだが、ねじ込むチューブはSS製。

 後にシュミットは、筆者に244TIの成り立ちを説明してくれた。「私はIWCでインヂュニア50万A/mの企画にも携わった。新しい244TIは、それとは違う時計にしたかった」。彼が初めて手掛けた244TIは、シュミットがIWC時代に培ったノウハウの集大成だった。彼曰く、そもそものアイデアは、ジンの経営を引き継ぐ前の92年に思いついたとのこと。彼はインヂュニアの機構を参考にし、そこにジンの「144」をモデルにしたデザインを加えたのである。ちなみに、244TIをデザインしたのはシュミット本人だった。

 244TIの特徴である、ムーブメントを8つのラバーブロックで支えるという設計は、60年代のIWC「ヨットクラブ」に酷似する。244TIはその転用と思ったが、どうも違うらしい。「ラバーを使った耐衝撃機構は、私が開発したIWCインジュニア Ref.5215ポケットウォッチがモデル」とシュミットは説明する。

 彼の手掛けた5215は、懐中時計ムーブメントのCal.952を、軟鉄の耐磁ケースとショックアブソーバーでくるむという構造に特徴があった。30年代に完成した、1万8000振動/時のムーブメントをスポーツウォッチに搭載できた理由である。もっとも、5215のショックアブゾーバーは、耐磁ケースの外周全体に太いOリングを噛ませる「原始的」なものだった。

244TI.I

244TIに200m防水をもたらしたベゼルレスの2ピースケース。ラグの間を外側に膨らませたデザインは、144に共通するものだ。

 対して8つのラバーブロックで支える244TIのそれは、一層洗練されている。また、ムーブメントを「浮かせる」構造の採用に伴い、巻真も2分割に変更された。リュウズをねじ込むと巻真の連結がカットされるため、強い衝撃を受けてもムーブメントにダメージが伝わりにくい。

 IWC時代にチタンケースを持つ「オーシャン2000」の開発に携わったシュミットにとって、チタンケースの採用は当たり前だった。しかし、大メーカーのIWCならいざ知らず、ジンの規模でチタンに取り組むのは困難だった。244TIの開発で最も大変だったのが、チタン製の外装だったとシュミットは漏らす。「ケース製造会社との共同開発が一番手こずった。メーカーがチタン素材の扱いに苦労した」とのこと。なお外装を製造したのは、ジュラ州にあるダンツバウムという小さなケースメーカーである。

 シュミットは244TIのアイデアをIWCの在籍時に考えていた。とすると、彼がIWCに留まっていたなら、次世代のインヂュニアは、244TIに近い構成を持っていたかもしれない。IWC狂の筆者が、244TIに惹かれてきたのも合点がいく。