時計市場は低迷している? 人気モデルの下落から見える「需要と供給」の現状を考察

FEATUREオークション
2022.10.07

高騰を続けた一部の人気モデルも市場価格は下落を始め、一部で悲観的な見方も出てきた時計市場。今回は、老舗オークションハウス「ボナムズ香港」時計部門のディレクターを務めるシャロン・チャンが、オークショニアの立場から、一見低迷を始めたかように思える時計市場の現状を考察する。

ボナムズ本社

シャロン・チャン(ボナムズ香港):文
Text by Sharon Chan(Bonhams Hong Kong)
(2022年10月7日掲載記事)


時計市場の危機とチャンス

 最近、時計の市場価格下落に関するニュースが相次いで報道され、時計市場全体が悲観的になっている。実際に多くの買い手が遠ざかった。今は時計市場にとって悪い時期なのだろうか?

 実はそうではない。先日、高級時計専門のオンラインマーケットプレイス、Chrono24のCEOを務めるティム・シュトラッケが、市場の低迷にもかかわらず、時計に対するコレクターの需要は増え続けていると明かしたからだ。筆者の意見としても、今日の状況でも時計を収集する価値は十分にあると考えている。

 世界的な金融・経済の先行きが不透明な昨今の状況は、時計市場にも大きな影響を与えているが、カギとなるのは最も基本的な市場の「需要と供給」だ。過去には、一部の人気モデルの市場価格が高騰し、多くの売り手が市場に殺到して供給過多となった。だが、不安定な株式市場やインフレ、ロシアとウクライナ間での戦争勃発により、需要が減少して売り手が価格を引き下げた。

オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ

ロレックス「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」Ref.116500LN
自動巻き(Cal.4130)。44石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径40mm)。100m防水。172万400円(税込み)。

 しかし、中古市場が減速したとはいえ、一部の人気モデルの市場価格は定価より高い。例えばロレックスの「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」Ref.116500LN、セラミックベゼルと白文字盤モデルの中古価格は、36万香港ドル(約664万9000円、1香港ドル=18.47円、2022年10月7日現在、以下同)から27万香港ドル(約498万7000円)に下がったが、それでも定価の2倍以上。100万香港ドル前後で推移しているパテック フィリップ「ノーチラス」Ref.5711/1Aも、最盛期は定価の5倍を優に超える価格であった。

 それよりも重要なのは、価格の引き下げが時計愛好家やコレクターの購買意欲を著しく高めているということ。そしてブティックでの人気モデルの非常に長いウェイティングリストが、市場の活況を物語っているのだ。

ノーチラス

パテック フィリップ「ノーチラス」Ref.5711/1A-001
2022年7月25日から8月3日に行われた、ボナムズのオンラインオークションに出品された個体。09年製造のモデルで、ムーブメントにはジュネーブ・シールが刻印されている。ロット番号:543。落札価格:94万8000香港ドル(約1751万円)、バイヤーズプレミアム含む。

 中古市場では、ブライトリングやカルティエ、特にオメガの「スピードマスター」など、著名な人気モデルの売れ行きが順調に伸びているようだ。スピードマスターは誕生以来、根強いファンを持ち、2022年3月26日より発売されているスウォッチとのコラボレーションモデル「ムーンスウォッチ」は、現在でも価格が高騰し、コレクションのほぼ全モデルが大ヒットという状況である。世界有数の時計販売店であるヴェンペの販売状況を見ると、以前はあまり注目されていなかったジラール・ペルゴの「ロレアート」コレクションや、チューダーの「ブラックベイ プロ」が人気で、入手までに数カ月かかるモデルも存在する。

 一方で、人気のある一部モデルの市場が後退している現在、短期的な投機に乗じた投資家が影響を受けたのではないかと心配だ。しかし、時計のコレクションは個人が持つ熱意こそが重要であり、長い目で見れば新しい世代の時計コレクターが増えるだけでなく、中国本土やマレーシア、さらには南米にも時計愛好家が増え、時計市場全体は今も成長を続けている。需要の増加は、より高い可能性を意味するのだ。


著者「シャロン・チャン」プロフィール

 シャロン・チャンは、アジアにおけるボナムズ時計部門のディレクターである。香港を拠点に、アジア太平洋地域の事務所と密接に連携し、同部門が年に10回開催するオークションの監督を務めている。

シャロン・チャン

シャロン・チャン/ボナムズ香港 時計部門ディレクター
2017から18年、オークション事業に復帰し、ボナムズに入社する前にはプロフェッショナルとしてのキャリアを広げ、プライベートウォッチビジネスとクライアントコンサルティングを運営した。その豊富な経験から、世界中のコレクターとの強いコネクションを持ち、アジアにおける時計市場の拡大に重要な役割を担っている。

 これまで多くの国際的なオークションハウスでのジュエリーと時計のオークションビジネスにおいて、17年以上の経験を積み、2011年から2016年にかけては、香港で時計オークションを指揮。売り上げを年々強化し、2013年にはアジアでの時計販売で最高額を達成した。また、世界最大級のプライベートウォッチコレクションの監督責任者を務め、2015年のオークションで600万USドルという新記録を打ち立てた。


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