パテック フィリップ 深化する最高峰

FEATURE本誌記事
2022.12.08

2022年10月、パテック フィリップは合計8つ(カフリンクスを加えると9つ)の新作を発表した。うち4つはクロノグラフ、そして4つは「ノーチラス」だ。その多くはコスメティックチェンジだが、いずれも外装に注力するパテック フィリップならではの仕上がりを持っている。

パテック フィリップ ノーチラス

奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年1月号掲載記事]


深化する最高峰

 パテック フィリップが満を持して発表した8つの新作のなかで、まず取り上げるべきは「ノーチラス 5811/1G」だろう。これは2021年に生産中止となった5711/1Aの後継機である。リファレンスナンバーの「G」が示す通り、外装の素材がステンレススティールから18Kホワイトゴールドに変更されたほか、ケースがわずかに大きく薄くなり、ケース構造も3ピースから2ピースに改められた。

ノーチラス 5811/1G

(左)搭載するムーブメントはCal.324 SCを全面的に改良したCal.26-330 S Cである。Cal.324系の整備性を高めたこのムーブメントは、相変わらず巻き上げ効率が良く、耐磁性と等時性も優秀である。
(右)5711/1Aに比して10時-4時方向の径が40mmから41mmへと大きくなり、ケースの厚さも0.1mm薄い8.2mmとなった。さらに、5711/1Aでは標準的な3ピースケースであったが、新作の5811/1Gはオリジナルと同じ2ピースに回帰した。

 ヘッドとブレスレットのバランスが良い5711は、もともと装着感に優れていた。ブレスレットはネジ留めではなく、ピン留めだが、それがむしろブレスレットに適度なしなりを与えていた。その特徴は新作の5811も同様で、時計全体が重くなった結果、バランスの良さが強調された感がある。

 加えて2mmと4mmの微調整が可能なエクステンション付きのバックルは、装着感にうるさい人にも歓迎されるはずだ。バックルに保守的だったパテック フィリップが採用しただけあって、新しいバックルはデスクワークを邪魔しない程度に薄く、見た目よりも剛性感がある。

ノーチラス・ムーンフェイズ

(左)ノーチラス・ムーンフェイズ Ref.5712/1R
Ref.5712の新作がRef.5712/1R-001。搭載されるムーブメントや文字盤の仕上げは同じだが、外装を貴金属に、文字盤をブラウン・ソレイユに改めることでラグジュアリー感が強調された。エクステンションバックル付き。自動巻き(Cal.240 PS IRM C LU)。29石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRG(10時-4時方向の径40mm、厚さ8.52mm)。6気圧防水。1113万2000円(税込み)。

 個人的に惹かれたのは、ムーンフェイズ表示付きの5712/1Rだ。こちらはゴールドバージョンのレギュラー版。相変わらずケースとブレスレットの重量バランスが良いため、装着感は快適だ。こちらもエクステンション付きバックルが付属する。

 既存モデルを置き換えるのが、フライバック・クロノグラフ・トラベルタイムの5990/1Aだ。文字盤が濃いブルー・ソレイユに変わったほか、バックルも変更された。ベーシックなノーチラスに比べてヘッドが重い本作では、エクステンション付きのバックルは有用だろう。5811や5711ほどではないにせよ、腕馴染みは改善された。ローカルタイムとホームタイムの表示機能は従来に同じで、操作ボタンの滑らかな感触も既存モデルと変わらない。

ノーチラス・ムーンフェイズ

(左)新しいノーチラスの大きな特徴が、2mmもしくは4mm単位で微調整が可能なバックル。エクステンションを加えるとバックルは長くなり、厚みも増すが、パテック フィリップはコンパクトに抑えた。プッシュボタンを内蔵するにもかかわらず、バックルが薄いのも美点だ。
(右)裏側からのぞくCal.240 PS IRM C LU。外装が18KRGに変更されたが、ブレスレットと時計部分の重量バランスが良く、裏蓋の面積を大きく取ってあるため、装着感は相変わらず優れている。ケースの裏側には緻密なブラスト処理が施される。

 クロノグラフも外装がてこ入れされた。好事家を意識したのは「ワールドタイム・フライバック・クロノグラフ」の5935Aだ。リファレンスナンバーの「A」が示す通り、ケースはステンレススティール製。そして文字盤はローズゴールド仕上げだ。

 また文字盤のカーボンモチーフは、隔年開催のチャリティーオークション「オンリーウォッチ」に出品されたモデルを模している。文字盤に注目が集まる本作だが、複雑な形状にもかかわらず、歪みなく磨かれたケースが、このモデルの真骨頂だろう。

ノーチラス・フライバック・クロノグラフ・トラベルタイム

ノーチラス・フライバック・クロノグラフ・トラベルタイム Ref.5990/1A
既存モデルのコスメティックチェンジだが、バックルが微調整付きに改められた。ヘッドの重い本作にとって、手首にタイトに固定しやすい新バックルは福音だ。自動巻き(Cal.28-520 C FUS)。34石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。SS(10時-4時方向の径40.5mm、厚さ12.53mm)。12気圧防水。866万8000円(税込み)。

 文字盤で言うと、「スプリット秒針クロノグラフ・永久カレンダー」の5204Gも面白い。文字盤には外周に向かって濃くなるオリーブグリーン・ソレイユが採用された。詳細は不明だが、下地はメッキで、おそらくはその上にグリーンと外周にブラックのラッカーを施しているはずだ。このふたつの色の境目が見えないのは、パテック フィリップのグラデーション文字盤の大きな特徴である。

Cal.28-520 C FUS

Cal.28-520 C FUSはクロノグラフを作動させてもテンプの振り角が落ちにくい垂直クラッチにより、クロノグラフ秒針を秒針として使用可能。セラミックベアリングを採用するにもかかわらず、巻き上げ音は小さい。

 左利き用を謳った「シングルプッシュボタン・スプリット秒針クロノグラフ・永久カレンダー」は、完全なコレクターズピースだ。ベースムーブメントにキャリバー29-535ではなく、古典的なキャリバー27-525を選んだのは、ムーブメントを180度回転させると、インダイアルの配置が12時方向に上がるのを嫌ったためか。

 もっとも、ムーブメントをただ180度回転させただけだと、姿勢差誤差は大きく変わってしまう。おそらくパテック フィリップは左利き用の特別な調整を施したはずで、つまり右腕に着けた状態で、ベストの精度が出るはずだ。高振動ではなく、低振動のムーブメントを調整して精度を出すのは、パテック フィリップの矜恃の表れか。

レディス・ノーチラス・ハイジュエリー

レディス・ノーチラス・ハイジュエリー Ref.7118/1300R
独特な色のために、あえて半貴石のスペサルタイトを79個セッティングしたジュエリーモデル。インデックスに使われるスペサルタイトは中心部を膨らませたオジーヴ型。それを上下2カ所のみで固定している。サイズを含めて非常に好ましいモデルだ。自動巻き(Cal.324 S C)。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KRG(10時-4時方向の径35.2mm、厚さ.62mm)。6気圧防水。1113万2000円(税込み)。

 興味深いのは、ジュエリーをあしらったふたつの女性用モデルだ。このモデルの発表に先立って、パテック フィリップはジュエリーのデザインやセッティングを行うジュネーブのサラニトロ社を傘下に収めた。買収に際して、同社CEOのティエリー・スターンはこう述べた。「サラニトロのビジネスは、発展の可能性が大きい宝飾時計の分野で(私たちが)生産能力を拡大し、成長を続けるためには理想的だ」。

 サラニトロの買収により、パテック フィリップは今後、ジュエリーウォッチを多くリリースするだろう。この2作は、その先駆けとも言えるモデルだ。

レディス・ノーチラス・ハイジュエリー

スペサルタイトガーネットは単色ではなく、シャンパンからコニャックへのカラーグラデーション。精密なインデックスのセッティングや、今では珍しいカボション状に彫り込まれた秒インデックスなど、文字盤のディテールも極めて良い。

 ベゼルやインデックスにダイヤモンドとマルチカラーのサファイアをあしらったのが「アクアノート・ルーチェ《レインボー》クロノグラフ」。同社ならではの歪みのないセッティングにより、バゲットカットのダイヤモンドとサファイアがより強調されている。

 ノーチラスには79個のスペサルタイトをあしらった「レディス・ノーチラス・ハイジュエリー」も追加された。こちらもバゲットカットのスペサルタイトがベゼルとインデックスにセッティングされる。いずれも石の質やセッティングは文句の付けようがない。

シングルプッシュボタン・スプリット秒針クロノグラフ・永久カレンダー

シングルプッシュボタン・スプリット秒針クロノグラフ・永久カレンダー Ref.5373P
左利きのための、と銘打たれたのが本作。かつて採用されたスプリット秒針クロノグラフムーブメントであるCal.CHR 27-525 PS Qを180°回転して搭載する。古典的なムーブメントに直径38.3mmというケースの組み合わせは魅力的だ。手巻き(Cal.CHR 27-525 PS Q)。31石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。Pt(直径38.3mm、厚さ12.93mm)。3気圧防水。時価。

CHR 27-525

レマニア2310を大改造したCHR 27-525は、古典的なクロノグラフムーブメントの傑作だ。機構としては最新の29-535に一歩譲るが、造形は相変わらず圧倒的だ。なお、低振動かつ標準的なヒゲゼンマイを持つ本ムーブメントは、理論上精度を出しにくい。回転させて同等の精度を確保したのは見事。

 あえて外装を前面に打ち出したパテック フィリップの8つの新作たち。境目の見えないグラデーション文字盤や、よく出来たエクステンション付きのバックルが示す通り、いずれも質はずば抜けて良い。もちろん価格は途方もないが、実物を見ればやむなしと思わせるのは、さすがパテック フィリップの強みだ。もっとも、同社の製品の常で、買える人はごく一部に限られるだろう。

ワールドタイム・フライバック・クロノグラフ

ワールドタイム・フライバック・クロノグラフ Ref.5935A
明らかに好事家を意識したモデル。SSケースに加えて、オンリーウォッチ出品モデルが採用したカーボンモチーフの文字盤を取り入れている。なお本作を含めて、8つの新作はいずれもアリゲーターストラップを採用していない。環境保護を意識した試みか。自動巻き(Cal.CH 28-520 HU)。38石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。SS(直径41mm、厚さ12.75mm)。3気圧防水。859万1000円(税込み)。
1940年代の個体を思わせるほどケースのエッジが立ち、かつ面の歪みも小さい。昔のモデルに比肩するSSケースを21世紀に見られるとは予想外だった。裏側に施されたブラスト仕上げも良質で外装だけを言えば2022年のベストだ。

スプリット秒針クロノグラフ・永久カレンダー

スプリット秒針クロノグラフ・永久カレンダー Ref.5204G
傑作Ref.5204に加わった色違いの新作。さまざまな手法で文字盤にグリーンを与えるパテック フィリップだが、本作はおそらくラッカーによる彩色ではないか。外周に向かって濃くなるオリーブグリーンの発色は極めて良質で、印字にもムラがない。手巻き(Cal.CHR29-535 PS Q)。34石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KWG(直径40mm、厚さ14.03mm)。3気圧防水。4243万8000円(税込み)。
調整箇所が多いのが特徴のスプリット秒針クロノグラフムーブメント。27系の流れを汲む立体的な造形を持つ。ふたつのインダイアルが下がっているのは、12時位置のカレンダー表示を極大化させるため。実用性と審美性を高度に両立させている。


Contact info: パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター tel.03-3255-8109


見るべきは装着感! 着け心地を進化させたパテック フィリップの新「ノーチラス」

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2022年 パテック フィリップの新作まとめ

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パテック フィリップのセレスティアルの特徴。主なモデルを紹介

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