同時代の天才時計師 F.P.ジュルヌの全貌「カドラニエ・ジュネーブ」

FEATURE本誌記事
2023.04.21

2005年創業の文字盤工房であるカドラニエ・ジュネーブ。F.P.ジュルヌがいち早く文字盤の内製化に踏み切った理由は「年産500本のメーカーに文字盤を作ってくれるメーカーがなかったため」。以降、同社はペイントと電解メッキのノウハウを蓄積し、世界でも屈指の文字盤工房となった。

カドラニエ・ジュネーブ

ジグに固定した文字盤のブランクは目視でチェックされる。これは洋銀のベース。他にも金や真鍮、銀などが使われる。「ブランクのロットによっても平滑さが変わるし、切削によっても違ってしまう」とのこと。徹底して平滑さを出すことで、カドラニエ・ジュネーブの文字盤は今まで以上の高評価を受けるようになった。
奥山栄一、三田村優:写真 Photographs by Eiichi Okuyama (Astronomic Souveraine), Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年5月号掲載記事]


新しい環境でさらなる進化を遂げた世界最高の文字盤工房

カドラニエ・ジュネーブ

仮に文字盤のブランクに歪みが見つかった場合、どうするのか?「指で曲げて平滑に戻す」とのこと。厚い素材の場合は、指にまめができるほど強く押して、平たく均すという。アナログだが効果的とのこと。

 2022年末から稼働するようになったF.P.ジュルヌのカドラニエ・ジュネーブとボワティエ・ジュネーブの新工房。移転した理由のひとつは、自社で物件を持ちたかったため。しかし、それ以上に切実な理由があった。

 フランソワ-ポール・ジュルヌはこう語る。「以前の工房は、夏暑く、冬は寒かった。そのため文字盤に施すラッカーの質が安定しなかった。またメッキ文字盤には、20℃〜25、26℃以内でないと色が出ないものもある。こういうものも作りにくかった」。つまり、F.P.ジュルヌの強みである文字盤をさらに良くするため、新しい建物に工房を移転させた、というわけだ。

クロノメーター・ブルーの文字盤

クロノメーター・ブルーの文字盤。ベースの洋銀を鏡面に磨き上げ、厚い透明のブルーラッカーを施すことで独特の仕上がりとなる。
「FFC ブルー」の文字盤と時刻表示用オートマトンのパーツ

2021年開催のチャリティオークション「オンリーウォッチ」に出品されたF.P.ジュルヌ×フランシス・フォード・コッポラ「FFC ブルー」の文字盤と時刻表示用オートマトンのパーツ。これらの部品もすべて工房内で製作された。

 同社が極めて良質な文字盤を作ることができる理由には、文字盤の平滑さがある。文字盤の素材となる金、洋銀、銀や真鍮などは、基本的にバキューム(!)によってジグに固定される。厚さ0.2mm以下は接着とのことだが、文字盤の厚さは普通0.4〜0.5mm程度と考えれば、ほぼバキューム固定と考えていい。ジグに対して素材を精密に固定することで、カドラニエは文字盤を高い精度で加工できるようになった。

クロノメーター・ブルー

クロノメーター・ブルー
「クロノメーター・スヴラン」をベースに、タンタル製のケースと、磨き上げたクロムブルー文字盤が与えられたモデル。現在はカルト的な人気を誇る。手巻き(Cal.1304)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約56時間。タンタルケース(直径39mm、厚さ8.6mm)。30m防水。630万800円(税込み)。

 まず見せてくれたのは「クロノメーター・ブルー」のクロムブルー文字盤である。鏡面に光るブルーの文字盤は、平滑な固定があればこそ。洋銀のブランクをジグにバキューム固定で吸い付け、3回の下処理と1回の最終処理で完全な鏡面に仕上げていく。メッキ仕上げと思いきや、ただ磨くだけだという。

 その後、ブルーの半透明ラッカーを吹き付け、乾燥させた後、鏡面に仕上げていく。粒子の細かいラップフィルムで仕上げるのではなく、表面を滑らかにするためだけに使う、とのこと。最終的な仕上げは、ガラスに研磨剤を塗り、そこに文字盤を押し付けて磨いていく。なるほど、数を作れないのも納得だ。

カドラニエ・ジュネーブ

文字盤を固定するジグには複数の穴が開いている。文字盤のブランクを真空下で吸引し、平滑に保持するため。7年前にはなかった工程だ。
カドラニエ・ジュネーブ

サンドブラスト仕上げを経た文字盤のブランク。多くのメーカーでは、加工時の粗を取るため強いブラストを何度も当てるが、カドラニエ・ジュネーブではごく弱い圧力で施す。

カドラニエ・ジュネーブ

脚を取り付けられた文字盤。

 ラインスポーツ・コレクションに使われる夜光のインデックスも、カドラニエの個性を示すものだ。型打ちした夜光塗料をサプライヤーから購入していると思っていたが、これも自社製とのこと。金型にシリコンを充填した後、紫外線で硬化処理をし、厚さ0.2mmの夜光インデックスを成形していく。金型も、それぞれのモデルに合わせて1枚ずつ作るというから、かなりの手間だ。

 あえて凝った手法を選んだ理由は「プリントだと夜光インデックスの平滑面が出ないため」。モデルごとに金型を用意するのは、各モデルで文字盤の表面が微妙に違うためだという。手間の代償として、ラインスポーツ・コレクションの夜光インデックスは際立った平滑さを持つようになった。

カドラニエ・ジュネーブ

脚を取り付ける工程。文字盤が平滑でないと脚が正しく付かない。
カドラニエ・ジュネーブ

ラッカー文字盤の磨きの工程。ブラスト処理をした文字盤にラッカーを施し、磨いた後、上にクリアラッカーを吹き、再度磨いていく。
カドラニエ・ジュネーブ

印字のプロセス。パッドに転写したインクを文字盤に載せるのは以前に同じ。しかしこの作業者は、ゼラチンではなくシリコンパッドを使用していた。「作業方法は完全に任されている。私はシリコンパッドで学んだため」とのこと。
カドラニエ・ジュネーブ

シリコンパッドでの転写にもかかわらず、黒の印字はかなり盛り上がっている。「あえて粘度の低い塗料を使うのがコツ」とのこと。

 冒頭で述べた通り、文字盤工房が移転した理由は、塗装とメッキの質を改善するためである。例えば電解メッキ。ラッカーよりも被膜を薄くできる半面、色が安定しにくい。同じプロセスで作業しても、薬剤のpH値や湿度などで発色が変わってしまうためだ。しかし、室温が常に20℃に保たれることで、メッキの質が安定するようになったとのこと。

 現在、カドラニエ・ジュネーブでは、ブラック、シルバーマット、ブルーに加えて、マルーン、パープル(!)といった難しい色もメッキで出せるようになった。環境の改善により、今後は、さらに「難しい」色が出るかもしれない。

カドラニエ・ジュネーブ

多彩なカラーを得意とするだけあって、工房内にはさまざまなラッカーが保管されていた。

 ジュルヌお得意の塗装ブースを見ると誰もいない。部屋の奥には数人が集まり、難しい顔で相談をしている。聞くと、新しい塗装機械をテスト中だという。

「クロノメーター・ブルーの文字盤を例に挙げると、表面には60ミクロンから100ミクロンのクリアを吹く。しかし作業者によって厚みが変わるという問題があった。新しい機械の導入により、今後、ラッカーの厚みは均一になるはずだ」。やはりここでも重視されるのは、あくまでも質というわけだ。

 フランソワ-ポール・ジュルヌの意思を、チームで具現化する今のF.P.ジュルヌ。同社の時計が、ユニークさに加えて、驚くほどの質を実現したのも当然ではないか。

カドラニエ・ジュネーブ

塗装ブースには、さまざまなカラーサンプルが並んでいる。パントーンを見ながら色を決めるのはフランソワ-ポール・ジュルヌ本人。それをラッカーなどの塗装やメッキで文字盤上に再現していく。
カドラニエ・ジュネーブ

ラッカーを吹き付ける塗装ブース。
カドラニエ・ジュネーブ

「ラインスポーツ オートマチック・リザーブ 44mm」の文字盤。穴をカットした後、磨かれ、厚さ0.2mmの夜光インデックスが貼り付けられる。先に磨かないのは、文字盤のダレを防ぐため。
カドラニエ・ジュネーブ

こちらはメッキ装置。ブラックメッキを施せるのは、非凡なノウハウがあればこそ。金→ニッケル→亜鉛と硫酸塩の溶液に浸けて発色させるが、3秒タイミングが違うだけで色が変わってしまう。
カドラニエ・ジュネーブ

2020年から、カドラニエ・ジュネーブではエナメル文字盤を製造するようになった。これは釉薬に使う粉。かなりの種類が揃っている。
カドラニエ・ジュネーブ

「トゥールビヨン・スヴラン」のエナメル文字盤。現在、3名の職人がエナメル文字盤に携わっている。これは磨きを入れる前の状態。なお、カドラニエ・ジュネーブは、かつてリシュモン グループの傘下にあった文字盤メーカー、スターン・クリエイションの修復部門も吸収した。



Contact info: F.P.ジュルヌ東京ブティック Tel.03-5468-0931


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