本気で時計のメンテナンスに取り組む、LVMHグループのカスタマーサービスセンター現場を取材

FEATUREその他
2025.08.12

LVMHグループと言えば、ルイ・ヴィトン、ブルガリ、ウブロ、タグ・ホイヤーにゼニスなどを擁する、世界有数のラグジュアリーグループだ。そんな同グループは現在、時計のメンテナンスに力を入れるようになった。証明するのは日本の本拠地であるLVMHウォッチ・ジュエリージャパンのカスタマーサービスセンター。時計を作れるほどの設備と人員は、ただただ圧巻だ。

LVMHウォッチ・ジュエリージャパンのカスタマーサービスセンターの様子。時計師やバックオフィスを加えると120名ものスタッフを擁する、日本でも最大級のサービスセンターだ。メーカー系サービスセンターならではの潤沢な部品供給に加えて、時計メーカーも顔負けの設備、充実した教育体制と風通しの良さがサービス体制のさらなる底上げをもたらした。スイスの時計メーカーでは当たり前だが、スタッフの家族を呼んで職場を見せるのも、日本では極めて珍しい。
岡村昌宏:写真
Photographs by Masahiro Okamura (CROSSOVER)
広田雅将(クロノス日本版):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[2025年8月12日公開記事]


大きく進化したLVMHグループのカスタマーサービスの現場

 東京の東陽町にあるLVMHウォッチ・ジュエリージャパンのカスタマーサービスセンターは、世界各地にあるアフターサービスセンターのロールモデルと位置付けられている。これは他社(グループ)も同じだが、LVMHグループは日本を世界の標準と明確にしている。現在ここでメンテナンスを行うのは、LVMHグループ各社のブルガリ、ウブロ、タグ・ホイヤー、ゼニス、ショーメ、ディオールの時計だ。加えて、ブルガリやショーメ、フレッドのジュエリーを修理するほか、刻印なども行っている。

 このサービスセンターの大きな特徴は、時計が作れるほどの設備がそろっていること、そして人材のスキルが高いことだ。そもそも、日本人の時計師とその修理技術は世界的に評価が高い。各社(グループ)が、日本のサービスセンターを世界的なロールモデルにしたがる理由だ。加えてこのサービスセンターは、組織を見直すことでさらに全体の底上げを図った。きっかけとなったのは、カスタマーサービスディレクターに林繁氏が就任して以降のこと。長年、ブライトリングのメンテナンス部門を牽引してきた彼は、「ブライトリングと言えば優れたメンテナンス」という評価を打ち立てた立役者のひとりである。そんな彼は、LVMHウォッチ・ジュエリージャパンサービスセンターの責任者となって以降、上司である取締役COOのジュリー・ブルジョワ氏、そして現場のスタッフとともにサービスセンターの在り方を変えていった。

 変わった点は枚挙にいとまがないが、大きくはふたつである。ひとつはメーカーごとに分かれていた時計師の移動を自由にすることで、時計師のスキルを高め、メンテナンス期間を大きく短縮したこと。また、タグ・ホイヤーの本国からの指示でもあったが、ケースとムーブメントを合わせる行程(ケーシングという)を切り分けたことだ。この切り分けによって、ムーブメントや外装の修理に携わるスタッフの負荷を減らした。こういった細かな改善を重ねることで、顧客はもちろん、スタッフにとってもより良い環境となったわけだ。事実、あるスタッフは筆者に対して「今の組織は言いたいことが言える」と述べた。

LVMH Watches & Jewelryウォッチメイキング アカデミー設立の立役者ふたり。(左)LVMH ウォッチ・ジュエリー ジャパン株式会社のカスタマーサービスディレクターである林繁氏。(右)同社取締役COOのジュリー・ブルジョワ氏。「夢を若い世代に伝えることが大切なんです」(林氏)「私たちは長い期間で、技術者を養成すべきと考えますね」(ブルジョワ氏)。両者の信頼関係が、LVMH Watches & Jewelryウォッチメイキング アカデミーを設立させただけでなく、LVMHウォッチ・ジュエリージャパン サービスセンターの在り方を大きく進化させた。


人員、設備ともにハイレベルなLVMHサービスセンター

 非常に高いレベルを誇るLVMHウォッチ・ジュエリージャパンのサービスセンター。しかし、メンテナンスの行程自体は他社とまったく同じである。預かった時計を分解し、洗浄し、再び組み上げる。傷んだ部品があれば傷を取ったり、交換したりするのも同じだ。しかしこのサービスセンターは、ジュエリーも扱う点が大きく異なる。ちなみに今の時計は、10年前とは比較にならないほど、外装の仕上げに求められる水準が高くなった。消費者の要求が厳しい日本市場ならなおさらだ。しかし、ジュエリーの仕上げに求められる水準は、そもそも時計のそれよりもう一段上なのである。つまり、常時ジュエリーのメンテナンスも行うLVMHウォッチ・ジュエリージャパンのサービスセンターはさらに一段上のレベルにある、と言ってよい。加えて、極めて複雑な造型を持つブルガリや、新素材を好むウブロのメンテナンスを手掛けることで、その水準はさらに引き上げられた。

現場取材で分かった“本気度”

 預かった時計は外装とムーブメントに分解され、外装部品はまず洗浄に回される。面白いのは、時計の状態に応じて、洗浄する溶剤を厳密に分けていること。施す処理に応じたラベルを貼ることで、ヒューマンエラーを防ぎ、手早く処理ができるようにしている。LVMHウォッチ・ジュエリージャパンのサービスセンターで際立つのが、徹底した整理整頓に加えて、作業をしやすくするこういった一手間だ。数をこなす大サービスセンターならではのノウハウか。

洗浄の様子。分解された部品は、状態に応じて適切な溶剤で洗われる。部品が傷付かないように固定するのも、このサービスセンターならではのノウハウだ。世界中にあるサービスセンターのロールモデルだけあって、設備も潤沢だ。なんと洗浄機だけで10台もある。

これが洗浄の鍵を握るタグだ。写真が示す通り、状態や洗浄手順に応じてさまざまなものが用意されている。一般的に、部品洗浄でこういった一手間を加えることは非常に珍しい。というのも洗浄はあまり重視されないし、仮にそうであったとしても同じ担当者が作業するためだ。しかし、このサービスセンターでは、徹底した洗浄を目指すべく、作業から属人性を極力省くようにしている。こういった配慮の積み重ねが、最終的な仕上がりを大きく左右するわけだ。

もうひとつのノウハウが留め具だ。別の洗浄液で洗うパーツ同士が混ざらないよう、タグ代わりに色分けされた留め具も併用される。小さな部品は網に入れて洗浄するのも入念だ。

 丁寧に洗浄された外装部品は、磨きの行程に回される。担当するのはほとんどが宝飾学校の卒業生。そして普通の時計さえも、なんと4種類のバフを併用して、外装の小傷を取っていく。大グループのサービスセンターらしく、この行程での設備もかなり充実している。まず目を引いたのは最新のレーザー溶接機。同じ素材を使って、外装の凹みを埋める機械だ。普通は貴金属製の外装に対して行うが、「(ここでは)ステンレススティール素材の穴埋めも行います」とのこと。つまり、ベゼルを痛めた「ブルガリ・ブルガリ」の時計も、新品同様に戻せるわけだ。また、ケース工場にしか見られないベルトサンダー(布ヤスリ)があるのも、このサービスセンターならではと言えるだろう。パネライなどのマニュファクチュールで見た仕上げの機械を、まさか日本の修理工房で見るとは予想外だった。

外装の仕上げ部門。ポリッシュだけで8名のスタッフが所属しており、ブルガリ、ウブロ、タグ・ホイヤー、ゼニスなどの外装を仕上げ直している。ここで驚かされたのは、不要な部分を磨かないよう張られる保護テープ。外装磨きでは必須だが、ここではあらかじめ数十種類の幅に分類されており、テープをカットする手間を省いている。

ケースの表面を磨く、バフがけの行程。4種類のバフを使い分けて、新品と同じ状態に復元していく。ちなみに外装を仕上げる職人は、基本的に宝飾学校の卒業生。ダイヤモンドをセットした貴金属製の外装を、歪みなく仕上げられるのも納得だ。加えて、ホワイトゴールドケースの再メッキなども完全に社内で手掛ける。

貴金属ケースを磨くためのツールのごく一部。ステンレススティール製ケースとは異なり、貴金属ケースの仕上げは完全にノウハウの世界だ。ブルガリやショーメ、フレッドといったジュエリーも扱うこのサービスセンターは、当然ながら貴金属ケースの仕上げも優れている。

サービスセンターに鎮座するレーザー溶接機。これにより、ベゼルの凹みなどを肉盛りできるほか、破損した部品の溶接も可能になった。貴金属ケースを使うメーカーではしばしば見られるが、このサービスセンターでは、ステンレススティール製ケースの肉盛りも行うとのこと。

こちらは外装部品を固定する治具。モデル数を反映して、その数はとても多い。しかし8名のスタッフは、素材や形状の違いを踏まえたうえで、適切な仕上げを施していく。この写真が示すように、LVMHウォッチ・ジュエリージャパンのサービスセンターは整理整頓が徹底されている。

外装部品を組み立てる様子。分解され、再仕上げが施された部品は、再び一から組み上げられる。これは裏蓋に防水用のパッキンを加えているところ。外装の組み立てを切り分けることで、メンテナンス期間はかなり短くなったとのこと。ちなみに大規模な設備を要するこのサービスセンターには、なんと18台もの防水検査機がある。

 ムーブメントの修理体制も充実している。ウブロはハイエンドなモデルとサファイアケース以外は国内でメンテナンスが行えるほか、タグ・ホイヤーのトゥールビヨンも2名が組める体制となっている。発売から数年はスイス本社で修理する必要があるものの、それ以外のモデルは、基本的には国内で整備できるようになっている。

このサービスセンターでは、トゥールビヨンのメンテナンスも可能だ。これはタグ・ホイヤーのCal.TH20-09を組み上げる行程。ムーブメントを整備した後、筒カナを加え、針を重ねていく。もちろん、メーカーの正規メンテナンスだけあって、要改良の部品はすべて改良版に交換される。


LVMH Watches & Jewelry ウォッチメイキング アカデミーの併設

 このサービスセンターの一角に、今年4月に開設された「LVMH Watches & Jewelry ウォッチメイキング アカデミー」がある。webChronosでもレポートしたとおり(参考:https://www.webchronos.net/features/137724/)、このアカデミーは将来の時計師候補を社員として雇用し、2年の教育によって時計師として育て上げるというものだ。そもそもはタグ・ホイヤーで企画されたプログラムだったが、規模を拡大し、内容をより進化させたうえで、LVMHグループ全体の取り組みになった。2025年の第一期生として加わったのは2名の新人。いずれも工業高校の出身で、そもそものスキルは極めて高いと林氏は語る。

 林氏いわく「もともと、アカデミーのスペースに割り当てられていたトレーニングルームは別の場所にありました。しかし、タグ・ホイヤー本国のアフターサービスディレクターが来日した際に、自然光を取り入れられ、かつ、より(サービスセンターとの)アクセスのよいコーナーの方が良いと提案してくれ、急遽窓際のスペースを確保しました」。サービスセンターと隣り合わせになった結果、技術者がふらっと立ち寄ったり、新人たちと一緒にお昼を食べに行くようになったという。

 取締役COOのブルジョワ氏は「どう作るかを学ぶのがスイス、対してこのアカデミーではどう直すかを学ぶ」と明言する。そのため、カリキュラムが進むと、2名の新人はトラブルの処理やオーバーホールなども行うようになるとのこと。また実務と理論の両立を目指すこのアカデミーでは、座学だけでなく、積極的に時計を触らせる姿勢を取っている。取材時には、ヒゲゼンマイをカットして、テンプの振動数を合わせ込むという作業を行っていた。

サービスセンターの一角に設けられたウォッチメイキング アカデミーのスペース。一期生のふたりは工業高校の出身である。「正直、私たちが若い頃に比べて、ずっとスキルがありますよ」(林氏)。2名しかいないため、カリキュラムは完全にオーダーメイド。2カ月に一度のテストで、学習の進捗をチェックする。

取材時にはETA6497の振動数合わせを行っていた。ヒゲゼンマイを調整し、毎時1万8000振動に合わせ込んでいく。トレーナーいわく「実際はあまり使わないんですけどね(笑)」。工業高校出身のふたりは、驚くほどの器用さでヒゲゼンマイを触っていく。ちなみに使うピンセットも、彼ら自身が研ぎ直したものだ。


メンテナンスの現場で感じたLVMH大化けの予感

 ますます重要性を増す時計のメンテナンス。メーカーも顔負けの設備と、充実した人員をそろえるLVMHウォッチ・ジュエリージャパンのサービスセンターは、同グループの時計に対する本気度を示すものだろう。そしてメンテナンスを惜しまない時計メーカーは伸びる、という時計業界の定説に従えば、LVMHグループの各社は、今後大化けするに違いない。時計メーカーの実力とは、修理の現場を見れば一目瞭然なのである。

 ちなみに、同社では実務経験のある技術者も募集中とのこと。興味のある読者は、下記の窓口に問い合わせてみてほしい。



Contact info:LVMHウォッチ・ジュエリー ジャパン株式会社
人事担当・古戸
yumiko.furuto@jp.lvmhwj.com


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