「ルペルスヴァン(風を突き抜けるもの)」は不世出のアーティスト、セルジュ・ルタンス氏から寄せられた最新のメッセージである。難解な詩に象徴される氏の、哲学とともに薫らせるもの。長年女性誌に携わってきた敏腕編集者であり、エッセイストでもある麻生綾氏がそんな氏の「作品」、そしてその作品をまとう作法を指南する。
Text by Aya Aso
村山千太:写真
Photograph by Senta Murayama
[クロノス日本版 2025年7月号掲載記事]
哲学とともにまとう「知」のフレグランス

何号か前に、香りは五官で感じるものと書いたけれど、さらに奥深く、哲学で感じるフレグランスもある。
それがセルジュ・ルタンス氏の創る珠玉の香りたち。1942年、フランス北部の都市リールに生を受けた“フランスの知性・哲人”は御年83歳。80年代には資生堂のグローバルイメージ展開の責任者でもあったので、彼のフレグランスは知らなくても、その名前や鮮烈な広告ヴィジュアルに覚えがある方もいらっしゃるかもしれない。現在はモロッコ・マラケシュに拠点を置き、マルチクリエイターなどという俗な肩書きでは間に合わない圧倒的な真のアーティストとして、今なお日々、彼にとっての「美しいもの・こと」を追い求め、創作活動に勤しむ、まさに美を司る神である。
何を隠そう、筆者は御大の大ファン。信者と言っても過言ではない。ゆえに、神にも等しい彼に私から物申せることなど何ひとつなく、いつも神勅……もとい、決してマーケティングに寄らない、ルタンス氏のその時の気分で創られるフレグランスを押しいただくのみ。また、新しい香りが発表になる際には、とても私などには繙ひもとけない難解な詩が添えられるのだが、それも含めての“製品”ではなく“作品”なのだ。
例えば最新作「ルペルスヴァン(風を突き抜けるもの)」にはこんな詩が付いている。
「台風の目、巨大な渦の中心地を思い浮かべてほしい。怪物じみた吸引の息吹から守られる、静寂の場所を。抗えない嵐のワルツに呑み込まれたものたちの墓標には、こう記されるだろう──「風に散ったもの」と。だが、ルペルスヴァンにその名が与えられることはない!」
……ああ、猛烈にルタンス節。「風を突き抜けるもの」とはもちろん、ご本人のことだろう。彼の生き様、道程そのものであり、深く心に突き刺さる。ムスクを基調としたふんわり温かみすら感じさせる香り自体も当然素敵なのだが、香りとともに彼の哲学もまとうのが、ルタンス氏のフレグランスの作法であり醍醐味である。
ただ少しだけ気になるのは、モノトーンのヴィジュアルがデヴィッド・ボウイの遺作『★(BLACKSTAR)』にも似て、御大が遠からず星に還ってしまうのではと危惧させられること。そんな寂しいことなどおっしゃらないで、永遠に創ることを続けていただきたい。そもそも現世のお方ではないのだから。
著者プロフィール
麻生綾
美容編集者/エッセイスト&コピーライター。東京育ち。女性誌の美容ページ担当歴30余年、『25ans』『婦人画報』(ともにハースト婦人画報社)、『VOGUE JAPAN』(コンデナスト・ジャパン)各誌で副編集長、『etRouge』(日経BP)で編集長も務めた。趣味も美容、そして美味しいもの探し、鬱アニメ鑑賞、馬の骨活動。