「メティエ・ダール・レ・キャトル・セゾン」は、ヴァシュロン・コンスタンタンが創業250周年に発表した、4本組12セットの限定版。文字盤には隙のない彫金や、ミニアチュール、シャンルヴェも駆使したグラン フー エナメル。20年を経て、超絶技巧はさらに輝きを増す。

Photographs by Takeshi Hoshi (estlleras)
並木浩一:文
Text by Koichi Namiki
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年9月号掲載記事]
ヴァシュロン・コンスタンタンから学ぶオートオルロジュリーの世界
ヴァシュロン・コンスタンタンは2005年、太陽神アポロをモチーフとした4本1組の腕時計を発表した。創業から250周年。その芸術性が話題を呼んだ時計は、世界最古の時計ブランドの〝四半千年紀〞=クォーター・ミレニアムを寿ぐ12セットだけの佳品だった。
発表時の名は「メティエ・ダール」ウォッチ・コレクション 2005である。ジョコンダ夫人の肖像画が「モナ・リザ」になったように、やがて「メティエ・ダール・レ・キャトル・セゾン」の固有名称を得た。複数形定冠詞レを伴った〝キャトル・セゾン〞は「四季」の意味だ。4本はそれぞれ春夏秋冬を象徴しており、すべてが揃って完結する連作である。
2005年、個別のシリアルナンバーが刻印された4本12セットのコレクターズ・エディションとして発表。文字盤にミニアチュール、シャンルヴェ、トランスルーセントのグランフー エナメルを施し、彫金のアポロと馬車像をあしらった。“冬”の文字盤には55個のダイヤモンドをセットする。自動巻き(Cal.2460 H 205)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約43時間。右から18KWGケース(春)、18KYGケース(夏)、18KPGケース(秋)、Ptケース(冬)。直径40mm、厚さ12.10mm。30m防水。
アポロは、誰も追い越せない歴史を持つ時計ブランドにふさわしい神だ。ギリシャ神話では、太陽の軌道とはアポロが馬車を走らせる道である。4頭立て馬車の駈歩は、時間そのものと意味を重ねる。紀元前数世紀から継承される時の神話を、18世紀創業のブランドが、21世紀の時計に写し取ったのである。
針を用いず四隅の小窓で時分・日付と曜日を表示するキャリバー2460 H205は、文字盤をメティエ・ダールに最適のキャンバスに変えた。主要な技法は、立体感に満ちた緻密な彫金のレリーフを中心にミニアチュール(細密画)とシャンルヴェ(象嵌七宝)、トランスルーセント(半透過)のエナメルが駆使され、一部ジェムセッティングも交えた。

季節ごとに表現が異なり、ケース素材もすべて別である。〝春〞はホワイトゴールドケースにイエローゴールドの太陽神と馬車、樹々の芽吹きはミニアチュール・エナメル。〝夏〞はイエローゴールドケースで、背景にはトウモロコシらしい季節の恵みが描かれた。〝秋〞はピンクゴールドケースに同素材のアポロと馬車、シャンルヴェ・エナメルで背景に色づいた葉を配する。〝冬〞はプラチナケースにホワイトゴールドでメインモチーフと葉の落ちた木を浮かび上がらせ、馬が蹴立てる雪をブリリアントカットのダイヤモンドで散らす。
半透明エナメルを共通したベースにしながら、昼と夜空の色彩は異なる。ゴールドの太陽は春から秋に向かって赤みを増していき、冬にはグレイの陰影を含む。1755年の秋に創業し、270回の春夏秋冬を巡らせ、なお黄金期を継続しているヴァシュロン・コンスタンタン。銘品の4つの表情は、ブランドが跨ぐ4連の世紀も、また象徴している。
広田ハカセの「ココがスゴイ!」

さまざまなモチーフを腕時計という「キャンバス」に落とし込んできたヴァシュロン・コンスタンタン。その一貫した個性は、立体感とスペース使いの巧みさにある。同作では文字盤に彫金のアポロ神をあしらうべく、針を用いないダイレクトリード方式を採用し、キャンバスに十分なスペースを設けた。
捻出した余白の使い方はいっそう冴えている。凝ったレリーフに目を向けさせるべく、文字盤全体の細工を控える一方、鮮やかなエナメルをあしらって間延び感を解消した。テクニックを強調するのではなく、選んだモチーフに応じたデザインと仕上げを選んだのである。もっと多くの細工を盛り込めたはずだが、引き算に徹して、アポロ神を強調したのはさすがの手腕だ。