見慣れた針に頼らず、ムーブメントそのものが時を告げる―― 手首の上で常識が静かに反転する体験。海で鍛えた精度、天文で磨いた複雑機構、シリコンで切り拓いた未来。その血筋を日常の規格へ落とし込んだ現在形、それが「フリーク X」である。ユリス・ナルダンの革新のDNAが脈打ち、装いに自然に溶け込む実用の強さを備えたブランドのアイコン。心地よい回転のベクトルが、時間の読み方まで更新する。

「Freak」とは英語で「常識外れ・異端児」の意味。ユリス・ナルダンを代表するコレクションとして限定品も多いフリーク Xだが、これらレギュラー3モデルは「どこへ連れ出すか」で選ぶのも楽しい。一般ウケのいいブルー(2303-270/03)は軽量チタン+ブルーPVDで使い勝手が良く、汗・湿度にもタフ。ブラック(2303-270.1/BLACK)はチタンにDLCコーティングを施し、表面硬度が高く小傷が目立ちにくいので出張やアクティブな日も安心だ。ローズゴールド(2305-270.2/02)は18KRG×チタンのハイブリッドで確かな重量感、会食やフォーマルで格を添えつつ日常にも馴染む。いずれもケースサイズは直径43mm、厚さ13.38mmながらラグの落ちがフィット感を高め、ブルーPVDは発色、DLCは耐擦傷性、18KRGは経年の艶が魅力。ブルー文字盤+チタンケース:434万5000円。ブラック文字盤+チタンDLCケース:434万5000円(税込み)。ブラック文字盤+18KRGケース:602万8000円(税込み)。いずれも自動巻き(Cal.UN-230)。21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。50m防水。
Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
大野高広:編集・文
Edited & Text by Takahiro Ohno (Office Peropaw)
[クロノス日本版 2025年11月号掲載記事]
ムーブメントが時を告げる、ユリス・ナルダン「フリーク X」
針ではなく、機構で語る。「フリーク X」は、それを〝毎日使える〞水準で成立させたユリス・ナルダンの現在形だ。そこに至る道筋は19世紀から〝革新のDNA〞という一本の線でつながっている。当時、ユリス・ナルダンは海軍用マリンクロノメーターで世界の航海を支え、絶え間ない技術の探求により、1世紀以上もそのリーダーシップを保持し続けた。クォーツ時計がスイス時計界を席巻した1980年代以降は、天文表示を腕時計に移植した三部作で複雑機構を再定義。工芸品としての価値を世に知らしめ、機械式時計の復権を主導した。

そして2001年、初代フリークが登場する。針・文字盤・リュウズを外し、ムーブメントそのものを回転させて時を示すフライングカルーセル。ここで同社はシリコン製脱進機を先駆的に採用する。非磁性・低摩耗・軽量という特性は、安定した歩度と長期メンテナンス性に直結し、未来の素材を日常へ引き寄せた。
フリークは腕上のラボとして革新的技術の更新を重ね、18年のフリーク・ヴィジョンではシリコン製の大径テンワとグラインダー自動巻きを搭載し、コンセプトを量産仕様に落とし込んだ。その成果を〝毎日使える規格〞にまとめたのが19年のフリーク Xである。搭載ムーブメントはUN-230。フリーク・ヴィジョン系のノウハウと自社フラッグシップ系(UN-118)の実績を折衷した自動巻きで、約72時間のパワーリザーブを持つ。操作はリュウズに統一され、独創を損なわずに扱いやすさを確立した。

表示はフリークの文法を忠実に継ぐ。中央のフライングカルーセル(回転キャリッジ)が分を担い(1時間で1回転)、下層ディスクが時を示す。長短針の重なりや視差に悩まされず、回転の角度=経過として直感的に読める。見せるための機構ではない。読むための機構である。また、シリコンの低質量・非磁性・低摩耗という利点に、慣性可変や空力最適の調整を重ね、実使用で崩れにくい歩度を狙う。結果として、機構の前景化(表示=駆動の統合)と運用の標準化(自動巻き×リュウズ)が同じ強度で共存する。
現行レギュラーのバリエーションも充実している。ブルーはブリッジの線と回転軸をくっきり浮かび上がらせ、視認性をシンプルに整える。ブラックは反射を抑え、回転ベクトルのコントラストを強めてストイックにまとめる。18Kローズゴールドは高比重の物質感が運動の存在感を増幅し、ドレスから日常まで自然にまたぐ。素材や色が変わっても、〝ムーブメントが主語〞の読み味は揺るがない。

ユリス・ナルダンのもうひとつの核が、名窯ドンツェ・カドランに代表されるメティエダールの系譜だ。深いエナメルの色調も、構造が澄んでいるからこそ映える。フリーク Xの表示ロジックは簡潔で、素材・色・テクスチャーの拡張に強い。ゆえにメティエダールと併走する限定ピースの〝土台〞としても説得力がある。
1846年の創業以来、ユリス・ナルダンが長年にわたり培ってきた技術力と時計製造への型破りなアプローチは、時計のエンジニアリングとデザインの限界を絶えずリセットしてきた。その飽くなき進化の上に、2019年からフリークXはごく自然に据えられている。海外ではすでに評価が定着しており、日本でも近年その支持は急速に広がっている。
フリーク Xはユリス・ナルダンのアイコンである。歴史と機構、そして技の美学が、今まさに同じ方向を向いている。