一部の腕時計収集家は、現行の製品ではなくヴィンテージウォッチに熱視線を注いでいる。なかでも近年、再評価の文脈で語られることが増えているのがゴールドウォッチだ。高騰が続く時計業界において、腕時計そのものの価値に加え、貴金属そのものの価値を併せ持つ点が、改めて注目されている理由だろう。ボナムズ香港で時計部門を率いるシャロン・チャンが、ロレックス「キングマイダス」を例に、ゴールドウォッチ再評価の風潮を読み解く。

Text by Sharon Chan(Bonhams Hong Kong)
[2025年12月22日掲載記事]
収集家は個性的な過去の名作を求めている
1980年から2000年ごろにかけて製造された近年の“ヴィンテージウォッチ”、いわゆるネオヴィンテージが人気を集めていることについて、筆者は本連載で触れたことがある。なぜネオヴィンテージが支持を集めるのか? それは近年のブランドが主流に迎合しすぎ、製品が画一化しているためだろう。
収集家はそのような現在の製品よりも、スタイルが独特で保存状態の良い、過去の腕時計を求めるようになった。筆者の見立てでは、この傾向は退くどころか、むしろ強まりつつある。最近の例を挙げよう。それは、ゴールドのケースにゴールドのブレスレットを組み合わせた、ロレックスの象徴的な腕時計だ。
ロレックス「キングマイダス」
2025年11月25日に開催されたボナムズ香港の時計オークションでは、ゴールドウォッチの落札結果が好調であった。その中には、2本のロレックス「キングマイダス」も含まれていた。

イエローゴールド製の手巻きブレスレット一体型腕時計で、製造年は1975年と推定される。手巻き(Cal.651)。18KYGケース(縦29×横28.5mm)。20万4800香港ドル(約414万円、1香港ドル=20.22円、2025年12月22日現在、手数料込み、以下同)で落札された。
1962年の発表だと言われているキングマイダスは、多角形ケースを特徴とするモデルであり、左リュウズのバージョンも存在する。一体型のゴールドブレスレットは絹のように滑らかで、ロレックスの一般的なデザインとは一線を画す稀少な存在だ。

イエローゴールド製の手巻き左リュウズ仕様のブレスレット一体型腕時計で、文字盤にはギリシャ文字で「ΜΙΔΑΣ」と配されている。製造はおそらく1976年。手巻き(Cal.651)。18KYGケース(縦28.5×横27.5mm)。28万1600香港ドル(約569万円)で落札された。
デザインが特異なだけでなく、その背景にも魅力的な物語がある。伝説的デザイナー、ジェラルド・ジェンタが手掛けたとされ、ギリシャ神話に登場する「触れるものすべてを黄金に変える」ミダス王から着想を得ている。ジョン・ウェインやエルヴィス・プレスリーなどの著名人が愛用したほか、近年では歌姫リアーナが着用して話題となった。
再評価の機が熟したゴールド
ここ数年、ラグジュアリー市場が不安定化する中で、ステンレススティール製スポーツウォッチの資産価値に懐疑的な見方が広がっている。他方、ゴールドの相場は上昇傾向を続けており、ソリッドゴールドの腕時計の長期的な投資価値を高めている。
腕時計の流行は巡るものだ。かつてはローズゴールドが隆盛を誇り、近年はステンレススティールが主流となった。だが、流行が一巡した今、ゴールドウォッチが再び脚光を浴びている。ヴィンテージ的な雰囲気、温かみのある質感、そして永続的な価値。控えめでありながら存在感を放ち、新世代が追い求める「クワイエットラグジュアリー」を体現する。
2017年ごろ、これらのモデルは数万香港ドルで取引されていたが、2025年に入って10万香港ドル(約202万円)を突破。現在では20万香港ドル(約404万円)〜60万香港ドル(約1213万円)にまで高騰。ゴールドウォッチはもはや時代遅れの象徴ではなく、Z世代のコレクターや投資家にとっての新たな注目対象となったのだ。
流行を超えた価値を持つ素材
これは単なる流行の転換ではなく、資産配分の再構築でもある。不透明な世界のラグジュアリー市場や変動するスティールウォッチ価格の中で、ゴールドウォッチはインフレ耐性、稀少なデザイン、歴史的価値を兼ね備え、コレクションと投資の両面で魅力的な「着けられる資産」となっている。堅実なリターンと審美眼を両立させたい買い手にとって、ゴールドウォッチこそ次に注目すべきカテゴリーだ。



