2025年新作腕時計より、気になった1本を深掘り。時計ライターである野島翼が取り上げるのは、セレクトショップ「SHIPS」の創業50周年を記念した、ハミルトン「カーキ フィールド メカ」だ。
Photographs & Text by Tsubasa Nojima
[2025年12月30日公開記事]
気になる新作は数あれど、やっぱり手の届く時計に引かれる
2025年も多くの新作腕時計が発表された。特に今年は周年記念を迎えたブランドが複数存在したこともあってか、各社気合の入った新作を続々と投入してきた。ブレゲはアーカイブピースに着想を得た創業250周年記念モデル、パテック フィリップは「グランド・コンプリケーション」のレギュラーモデル、オーデマ ピゲはリュウズのみですべての操作が可能な画期的なパーペチュアルカレンダー、ロレックスは新開発のクロナジーエスケープメントを搭載した「ランドドゥエラー」など……その勢いたるや、例年よりもさらに増しているように感じる。
そんな傑作揃いの2025年新作だが、そこから筆者が気になる1本を選ぶとすれば、ハミルトンの「カーキ フィールド メカ」なのである。「カーキ」の新作としては、パワーリザーブインジケーターを搭載した40mm径ケースのモデルや、直営旗艦店であるハミルトンストア 東京 キャットストリートのみで販売される特別モデルも魅力だが、ここで取り上げるのは、セレクトショップSHIPS別注の3針モデルだ。
当然、先に挙げた高級機の面々も気になる。しかし純粋な時計好きからライターの世界に踏み込んだ筆者としては、やはり価格やそれ以外も含め、実際に手に取りやすいモデルにこそ強く引かれる。新興ブランドが次々と参入する中、手頃な価格帯を維持しつつ独自性を出すことが求められるエントリー~ミドルレンジには、注目される機会こそ少ないものの、魅力的な腕時計が多数存在する。カーキ フィールド メカは、その中のひとつだ。

SHIPS別注モデルとして発売された、「カーキ フィールド メカ」。SHIPSのコーポレートカラーであるネイビーブルーのダイアルを採用している。手巻き(Cal.H-50)。17石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径38mm、厚さ9.5mm)。5気圧防水。8万9100円(税込み)。
SHIPSの創業50周年を記念した特別モデル
今回取り上げるモデルの正式名称は、「カーキ フィールド メカ SHIPS 50th アニバーサリーエディション」である。ベースとなったのは、直径38mmのステンレススティール製ケースにノンデイト仕様のダイアル、手巻きムーブメントを搭載したベーシックなカーキ フィールド メカ。別注モデルのためハミルトンの公式サイトやカタログには載っておらず、SHIPSの店頭または公式オンラインストアで購入することができる。
コラボレーション先についても簡単に触れておこう。SHIPSは1975年、渋谷にオープンしたMIURA&SONS(ミウラ&サンズ)を起源とするセレクトショップだ。創業者は三浦義哲。教師であった彼は、1970年に退職して母親から上野・アメ横の三浦商店を引き継ぎ、屋号をMIURA(ミウラ)に改めた。鋭い目利きによってアメリカ製の輸入ファッションアイテムを取り扱ったミウラは、ファンからの厚い支持を獲得。その成功は1975年のミウラ&サンズへとつながっていく。SHIPSの1号店である銀座店が誕生したのは、1977年のことだ。以降、SHIPSは全国各地に支店を増やし、日本を代表するセレクトショップとして確固たる地位を築いていく。
注目すべきは、復活した旧型ロゴ
創業50周年を数えるSHIPSは今年、ブレザーやレザーシューズをはじめ、多数の周年記念アイテムを発表した。そのうちのひとつが、カーキ フィールド メカというわけだ。その最大の特徴は、SHIPSのコーポレートカラーであるネイビーブルーのダイアル。レギュラーモデルにもブルーダイアルは存在しているが、本作のネイビーブルーの方が、数段色味が深く落ち着いた印象だ。ダイアルに調和した、ネイビーブルーのNATOタイプストラップを組み合わせている。

インデックスは、1から12を大きく外側に、13から24を小さく内側に配した24時間表記のタイプ。これらのアラビア数字はホワイトのプリントによってあしらわれているが、外側の1から12までの塗料が厚く盛られているため、ぷっくりと膨らんで見える。
ミニッツマーカーに配された5分おきの三角形と時分秒針には、ヴィンテージカラーの蓄光塗料が塗布され、暗所で発光する。個人的な感想を言えば、経年による変色を表現した“作りモノ”の蓄光塗料はあまり好きではないが、本作に限っては歓迎できる。太く大きいアラビア数字インデックスを配したダイアルの情報量が多く、煩雑気味なためだ。そのような中、蓄光塗料のベージュがコントラストを作り出し、惑わされることなく瞬時に時刻を読み取ることができる。

そして何よりも心引かれたのは、旧型のロゴを採用していることだ。斜体の“HAMILTON”や6時位置の“Khaki”など、1960年代のカーキを想起させるディテールは、現行のレギュラーモデルでは味わうことができないもの。どのような経緯で旧型ロゴを使うに至ったかは分からないが、待ち望んでいたファンは少なくないはずだ。
別注モデルでありながら、ダイアル上にそのことを示す表記がないことも特徴だ。ケースバックには“for SHIPS”の文字が刻まれているが、これを見るためには時計を手首から外し、さらに引き通しのストラップを半ば取らなければならない。

改めて注目したい、ハミルトンのカーキ フィールド メカ
長らくハミルトンのコレクションにラインナップされているカーキ フィールド メカは、10万円を下回る価格で購入できる本格的な手巻き式腕時計として貴重な存在だ。時刻を表示するという、腕時計にとって最もプリミティブな機能をしっかりと抑えつつ、手巻き式ならではの操作する楽しみを味わうことができる。日常で不自由しない水準の実用性と趣味性をバランスさせた本作は、正確なクォーツ式が簡単に手に入るこの時代に、あえて機械式を選択する意義を真っすぐに示してくれる。
手巻き式ムーブメントの巻き上げは時計愛好家にとって至福の時間だが、それは精神的・時間的に余裕がある場合に限られる。急いでいると、巻き上げすら煩わしく感じてしまうことも珍しくない。そんなときも、本作であれば心配無用だ。約80時間のパワーリザーブを備えているため、1日や2日巻き上げなくても動き続けることができる。リュウズをコリコリと回して主ゼンマイを巻き締めていくその瞬間は、やはり豊かな時間であってほしい。そこに義務を感じてしまうと、とたんに息苦しくなってしまうだろう。手巻き式にロングパワーリザーブは不要という意見もあるが、そのような理由から筆者としては手放しに賛成できないのだ。
控えめな価格ながら、手巻き式腕時計の魅力を存分に堪能できるカーキ フィールド メカ。その中でもネイビーブルーのダイアルと旧型ロゴを採用したSHIPS別注の本作は、レギュラーモデルにない特別感を味わうことのできるおすすめの1本だ。新作と言うにはいささかインパクトが小さいかもしれないが、満足感がまったり長く続くことは間違いないだろう。




