「完全な手作業で時計を作る」という目標を掲げたタイムイーオン財団。3作目のパートナーとなったのは、ハイエンドな時計作りで愛好家の支持を集めるクロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーだ。そもそも傑出した仕上げを誇る同社は、なぜ完全な手作業に踏み込んだのか? その意図は、完成なった「ネソンス ドゥンヌ モントル 3」を見れば明らかだ。

フランス語で1本の時計の誕生を意味する「ネソンス ドゥンヌ モントル」。伝統的な技法と技術を後世に残すことを企図したのが、フェルディナント・ベルトゥー10周年を祝う本作である。完全に手作業で製作されるほか、現行品としては稀なバイメタル切りテンプを備える。手巻き(Cal.FB-BTC.FC)。37石。2万1600振動/時。18KWGケース(直径44.3mm、厚さ13mm)。30m防水。世界限定11本。要価格問い合わせ。
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
竹石祐三:編集
Edited by Yuzo Takeishi
[クロノス日本版 2026年3月号掲載記事]
継がれゆく技術と情熱
真のクラフツマンシップを未来へ
クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーの開発責任者であるヴァンサン・ラペ氏は、数年前、筆者にこう語った。「ベルトゥーの10周年を祝うべく、特別な時計を作っています。これはCNCを使わず、完全な手作業の時計になるでしょう」。2025年の9月に発表された「時計誕生プロジェクト 3」こと「ネソンス ドゥンヌ モントル 3」は、ロベール・グルーベル、スティーブン・フォルセイ、そしてフィリップ・デュフォーらが設立した、タイムイーオン財団とのコラボレーションによるものだ。
卓越した職人技を後世に残す、という目標を掲げたこの財団は、12年の1月に、時計師のミシェル・ブーランジェによる「モントレ・エコール」を、20年にはウルベルクに在籍する時計師のドミニク・ビュザーとシラノ・ディヴァンシーによる「ネソンス ドゥンヌ モントル 2」を発表した。共通するのは、最も伝統的な方法で、つまりは完全な手作業で時計を作ること。そのタイムイーオン財団が3作目のパートナーに選んだのが、ショパールのウルトラハイエンド版とも言うべき、フェルディナント・ベルトゥーだった。
15年に復興した同社は、そう言って差し支えなければ、最もショパールらしい、あるいは共同社長であるカールーフリードリッヒ・ショイフレ氏らしい試みだった。まずは最上級のマイクロローター自動巻きを製品化する、あるいは所有するワイナリーの質を改善すべく土壌から変える。そんな哲学を持つショパール、あるいはショイフレ氏が、伝説的なクロノメーター製作者であるベルトゥーの名を、最上級のプロダクトで讃えようと考えたのは当然だろう。「彼(ベルトゥー)の遺産を真剣に讃えたいと思ったのです」というショイフレ氏の願いは、やがて愛好家たちの熱狂的な支持で報われることになる。
そんなフェルディナント・ベルトゥーが、タイムイーオン財団と共にネソンス ドゥンヌ モントル 3のプロジェクトを始めたのは6年前。もっとも、その在り方は大きく異なる。財団の支援を受け、外部のプレイヤーと共に構築された前2作に対し、ショイフレ氏はすべてを社内で行うことを決断。つまり、ロベール・グルーベル、スティーブン・フォルセイ、そしてフィリップ・デュフォーらの力を借りずに製作する道を選んだのである。
ちなみにショパールは、ひと昔前は名刺でさえも社内で作るほど、製品をコントロールしたがる会社だ。そんな同社が、ハイエンドのベルトゥーを内製したがるのは当然だが、ネソンス ドゥンヌ モントル 3はスイスでも稀な、完全な手作業の時計なのである。対してショイフレ氏は、ベルトゥーとショパールから80名を超える職人やエキスパート、そして若手を招聘し、ひとつのチームを編成。いくら大企業とはいえ、限定11本の手作業の時計プロジェクトに割く人員としては少なくない。つまりショイフレ氏は、このプロジェクトを、過去の時計作りを完全に習得する試みとして取り組んだのだ。


本作のインスピレーション源となったのは、1806年に製造された天文懐中時計No.3。その構成は生かしつつ、ムーブメントの直径は37.5mm、ケースの直径も44.3mmに縮小された。当然、製法は昔のまま。ショパールはフルリエのマニュファクチュールに、1950年代から60年代に製造された工作機械を集め、それらで部品を製造した。中でも重要だったのは、60年製造の精密旋盤「シャブリン 102」である。30年代半ばに販売されたこの旋盤は、CNCに置き換わるまで、長きにわたってスイスの時計業界を支え続けてきた。ベルトゥーのチームはこのクラシカルな旋盤を用いて、軸やカナ、ネジやピンといった丸物部品を製作。地板や受けの穴開けや研削にも、60年製のSIPジグボーラー(ジグ中ぐり盤)が活用された。

部品の仕上げももちろん手作業だ。例えば、歯車のカナ。歯を切り、梨の木のディスクで磨く作業を加えると、完成には丸一日を要する。そして歯車を仕上げるには3日もの時間が費やされる。こうした作業が、747個のムーブメントパーツに施されるのである。ベルトゥーが「この徹底したクラフツマンシップこそが、『時計誕生プロジェクト 3』を唯一無二の存在たらしめている」と述べるのは当然だろう。


もっとも、卓越した仕上げはそもそもベルトゥーのお家芸だ。本作がさらに異なるのは、機構までも古典的ということ。象徴するのが、インバーと真鍮を貼り合わせたバイメタル切りテンプだ。現在の機械式時計はそのほとんどが、ベリリウム合金製(グリュシデュール製)のテンワと、いわゆるニヴァロックス系のヒゲゼンマイを備えている。これは量産に向くうえ、温度変化にも強いが、温度耐性のみに目を向ければ、往年のクロノメーターや高精度機が採用した、バイメタル切りテンプとスティール製ヒゲゼンマイの組み合わせには及ばないとされる。対してベルトゥーは、古典的なバイメタル切りテンプを自製。しかもこれは歩度調整用のゴールド製のチラネジに加え、温度補正用のニッケル製チラネジを持つ、正真正銘のバイメタル切りテンプである。加えて、ベルトゥーはわざわざこのテンワのために、スティール製のヒゲゼンマイを特注した。確かに、バイメタル切りテンプとニヴァロックス、あるいはプレシジョン・エンジニアリング製のヒゲゼンマイを合わせたら、温度補正は難しかっただろう。しかし、あえて古典的なヒゲゼンマイを特注するメーカーがあるとは予想外だった。


鎖引きのフュージも、今までのベルトゥーが採用したものとは異なる。同社はマルテーゼクロスを使ったストップ機構を採用してきたが、本作ではブレゲが発想したメカニズムに範を取った、カムと爪からなる機構が採用された。また、フュージを構成するチェーン(全長172mm、部品数477個)も、さらに細く仕立てられ、香箱にはトルクを厳密にコントロールできるラチェットが加えられた。フュージに現代的なモディファイを加えてきた同社は、ここで一転して、いっそう古典によったのである。
製法も機構も古典的とはいえ、性能は第一級だ。バイメタル切りテンプとスティール製のヒゲゼンマイを持つ、この手作業による時計の精度は、なんとCOSCクロノメーターをクリアしている。「その当時最高の精度を誇るタイムピースの開発に生涯を捧げ、その知識を後世へ共有することに尽力したマスターウォッチメーカーへのこれ以上のオマージュはないでしょう」(ショイフレ氏)。単なるリバイバルではなく、古典を今の水準で仕立て直した同社の偉業には、素直に脱帽だ。



