時計業界のアカデミー賞と言われるのが、GPHGこと「ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ」だ。リシュモン グループやスウォッチ グループの大半や、ロレックス、パテック フィリップなどが参加していないこのイベントを、時計業界の総意と見なすのは難しいかもしれない。しかし、その規模と影響力を考えると、これは時計業界無二のアワードとは言える。アカデミーメンバーとしてイベントに初参加した『クロノス日本版』およびwebChronos編集長の広田雅将が、その現地リポートをお届けする。

Photographs & Text by Masayuki Hirota
[2025年12月29日公開記事]
時計業界の“オスカー”、GPHGとは?
ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(以下GPHG)は2001年に創設され、2011年以降は公益団体として認定されている財団である。この財団はスイス・ジュネーブ州とジュネーブ市の監督下にあり、両者は財団理事会を通じて、共にGPHGというイベントに関与している。GPHGの目的は「現代における最も卓越した時計作品を毎年顕彰・表彰し、時計製作という芸術を世界規模で推進すること」(GPHG公式サイトによる)。毎年11月に開催されるGPHGの授賞式には、さまざまな時計関係者たちが一堂に集い、「エギーユ・ドール(金の針賞)」を含む、およそ20の賞が各メーカーや個人に授与される。日本の時計好きならば、グランドセイコーが賞を受賞したことは記憶に新しいだろう。
もともとはニッチなイベントだったが、2020年以降、GPHGはアカデミーを創設し、選考者の枠を大きく広げた(筆者のような人間が、選考員になれた理由だ)。加えてGPGHは参加ブランドを増やすことで、年々そのプレゼンスを高めつつある。審査員の水準にばらつきがある、賞が多すぎるといった批判もあるが、これに代わりうる賞がないのは厳然たる事実だ。「しばしば時計業界の『オスカー』と称されるGPHGは、時計界の年間スケジュールにおいて欠かすことのできないイベントであり、同分野でもっとも著名なメディアショーケースのひとつ」とGPHGの事務局が語るのは当然だろう。
毎年秋になると、各メーカーのお偉いさんたちはGPHGが気になってそわそわしはじめる。「GPHGで賞を取れたらいいよねえ」と軽く流せるブルガリのデザイナー、ファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニみたいな人は例外中の例外で、それはブルガリはGPHGで賞を総なめにしてきたからだ。賞を得られるかどうかで認知度が変わるとなれば、大きなメーカーも、マイクロメゾンも、こぞって賞を取ろうと血眼になる。事実、かつてGPHGで金の針賞を獲得したカリ・ヴティライネンは筆者にこう語った。「GPHGで金の針賞を取ってから注文が殺到するようになったねぇ」。
2025年のGPHGは、以前と大きな違いがある。それは、事前に結果が公表されないこと。実際は不明だが、表向きはそのようにアナウンスされている。かつては発表の前日には結果が分かっていたが、今年からは完全な非公表になったのである。つまりそれぐらいGPHGの影響力が巨大になった、ということか。
広田が会場の空気とともに、各賞の受賞作を分かりやすく解説
2025年の会場になったのは、ジュネーブにある「バティマン・デ・フォルス・モルティス」である。かつての発電所、今は劇場になった場所に、時計関係者がぞろぞろ集まりだした。石を投げたら必ず各メーカーのCEOに当たるんじゃないか、というぐらい、さまざまな人がいる。新しくブレゲのCEOになったグレゴリー・キスリングも、なんとひとりでいるではないか。長らくGPHGから距離を置いていたブレゲも、今年は「クラシック スースクリプション 2025」で再び参加したのである。


大きなエントランスをくぐると、もうひとつ中規模な部屋がある。そこにはテーブルが置かれており、関係者たちがお酒を飲みながら話をしていた。画面には、各メーカーのインタビューが映されている。インタビュアーは、レボリューション誌の創設者にして、時計業界の顔であるウェイ・コー氏。みんな華やかよねえ。『クロノス日本版』編集部の細田雄人、カメラマンの吉江正倫氏、そして広田の3人はどうも場違いだ。

さらに階段を上がると、そこがGPHGの表彰会場になっている。席数はおおよそ800。ここには専用のチケットを持った人しか入ることができず、つまりは各メーカーのお偉いさんや名だたるジャーナリストしかいない。筆者はたまたまチケットをもらったので、その表彰会場に首を突っ込むことができた。隣に並ぶのはセイコーと東京時計精密のチーム、前の席には、オーデマ ピゲの軍団が陣取っている。ニヤニヤ笑っているのは、複雑時計の開発責任者であるルカス・ラッジだ。その隣にはジュリオ・パピ御大が、さらに隣には副会長のオリヴィエ・オーデマもいる。取材したら効率は良さそうだが、さすがに無粋なのでやめておこう。

受賞モデルを広田の解説とともに知ろう
まず発表されたのは、「チャレンジ賞」。賞を得たのはデニソンの「A.L.D ナチュラル ストーン タイガーアイ」だった。控えめな価格で、天然石の文字盤を採用した点が評価されたのか。ケースはメッキ仕上げだが、質感は良好だった。なお、クロノトウキョウも「2025 Jubilee Sensu EOL‘白藍’」をノミネートしていたが、おしくも受賞ならず。なおこのジャンルでは、クリストファー・ウォードの「C1 Celestial Moonphase x Mr Jones Watches」も個人的には目を引いた。

クォーツ。SSケース(縦37mm×横33.5mm、厚さ6.05mm)。3気圧防水。660スイスフラン。


続く「小さな針賞」を得たのは、MB&Fの「マッドエディション M.A.D.2 グリーン」だった。MB&Fの人気を沸騰させたM.A.D.コレクションは、ユニークな造型と、相対的には控えめな価格を実現した限定版。2021年の「M.A.D.1 レッド」が、同じ賞を獲得したことを思えば今年の受賞も納得だが、個人的には大塚ローテックの「5号改」に取ってほしかったなあ。

自動巻き(Cal.G101)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約64時間。SSケース(直径42mm、厚さ12.3mm)。3気圧防水。3135スイスフラン。

強豪がひしめいたのは、「スポーツ」部門だった。オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク オフショア」、グランドセイコーの“トーキョー ライオン テンタグラフ”、ローラン・フェリエの「スポーツオート 79」といった大作がひしめく中、賞を得たのはショパールの「アルパインイーグル 41 SL ケイデンス 8HF」だった。外装にセラマイズドチタンを用い、そしてムーブメントを5万7200振動/時に高めた本作は、確かに際立ってスポーツウォッチだった。壇上では共同社長のカール・フリードリヒ・ショイフレが淡々と受賞のお礼を述べている。とはいえ、喜びを抑えているように見えるのは、気のせいではないだろう。

自動巻き(Cal.Chopard 01.14-C)。28石。5万7600振動/時。パワーリザーブ約60時間。Tiケース(直径41mm、厚さ9.75mm)。100m防水。世界限定250本。391万6000円(税込み)。

意外だったのは、「クロノグラフ賞」だ。受賞したのはアンジェラスの「クロノグラフ テレメーター」。筆者が予想していたのは、オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク コンセプト スプリットセコンド クロノグラフ GMT ラージデイト」。大作が並ぶ中、地味な手巻きの2カウンタークロノグラフが選ばれるとは想像外だった。ちなみにこの時計は、搭載するムーブメントが素晴らしい。設計はかのフランソワ・ポール・ジュルヌ。彼はTHAの在籍時にこのムーブメントを作り上げ、後に彼自身のムーブメント会社であるTIM、続いて、シチズン傘下のラ・ジュー・ペレにその権利が移った。ムーブメントを見れば受賞は納得だが、しかしこのモデルが取るとはなあ。個人的には、アンデルセン・ジュネーブの「スプリットセコンド クロノグラフ ワールドタイム」が推し。昔のヴィーナス185を搭載したこのユニークピースは、残念ながら受賞はならなかったが、時計好きならば間違いなく刺さるはずだ。そして、ルイ・モネの「1816」。これは地味だけどいい時計だと思うぞ。ブレスレットも改善されたしね。

手巻き(Cal.A5000)。23石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KYGケース(直径37mm、厚さ9.25mm)。30m防水。世界限定15本。要価格問い合わせ。

続く「メカニカル エクセプション賞」に選ばれたのは、グルーベル・フォルセイの「ナノ フドロワイヤント」。トゥールビヨンもクロノグラフもコンプリケーションもあるのに、機械的にすごい賞とはこれいかに。もっとも、ノミネートされた時計を見ると、確かに、どのジャンルにも収まらないものが並んでいる。個人的な推しはルイ・ヴィトンの「エスカル・オ・ポンヌフ」と、ルカ・ソプラナの「デレク・プラット ルモントワール・デガリテ」。グルーベル・フォルセイの、抵抗を1800分の1に減らしたフドロワイヤントという特徴が、選ばれた理由か。仕上げは圧倒的だし、機構もおそらくは魅力的だが、実験的な要素の多い時計である。

手巻き。2万1600振動/時。パワーリザーブ約24時間。18KWGケース(直径37.9mm、厚さ14.34mm)。3気圧防水。世界限定22本。要価格問い合わせ。

「アイコニック賞」の勝者は、オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク パーペチュアル」だった。アイコニックな造型に、リュウズだけですべてのカレンダーを個別調整できる機構を組み合わせた本作は、確かに受賞に値する。前席に陣取っていたオーデマ ピゲのチームは、名前を読み上げられた瞬間大騒ぎだった。謹厳実直なルカス・ラッジでさえも喜びを爆発させていたのだから、よっぽどのことであるようだ。個人的な予想はブレゲ。しかし、受賞しなかったのは、アイコンとして認知されるにはあまりにもカタチが新しすぎた(あるいは古すぎた)ためか。ピアジェの「ピアジェ アンディ・ウォーホル」はアイコニックなカタチを持つが、まだリリースからは新しい。数年経てば時計業界のアイコンとして認知されるのではないか。もっとも、似たようなデザインのデニソンが受賞してしまったのは、ピアジェにとって惜しまれる。

自動巻き(Cal.7138)。41石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。18Kサンドゴールドケース(直径41mm、厚さ9.5mm)。50m防水。要価格問い合わせ。


そうそうたる大作が並ぶ「レディース賞」を勝ち抜いたのは、ジェラルド・ジェンタの「ジェンティッシマ ウルサン ファイアー オパール」である。オーデマ ピゲ、ルイ・ヴィトン(「コンバージェンス」は傑作だと思う)、ピアジェ、ティファニーにヴティライネンの中にあって、ウニをモチーフにした本作は、確かに際立ってユニークだ。しかし、賞を取るとは本当に意外だった。壇上で喜びのスピーチをしたのは、ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンのミシェル・ナバスとエンリコ・バルバシーニだった。

自動巻き(Cal.GG005)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KYGケース(直径36.5mm、厚さ9.64mm)。30m防水。要価格問い合わせ。

「レディースコンプリケーション賞」に選ばれたのは、ショパールの「インペリアーレ フォーシーズンズ」である。これは豪奢だが”Bring-Bring”でない、ひねりを効かせたモデル。個人的にはエルメスの「エルメス カット タンシュスポンデュ」か、ジェイコブの「ザ ミステリー トゥールビヨン 44mm」が残ると思っていたが、勝者はL.U.C.のムーブメントを載せたジュエリーウォッチだった。65日で一回転する回転ディスクが、四季の穏やかな循環を思わせるのと、マザー・オブ・パールに彩色し、マルケトリとした点が評価されたのだろうか。壇上では、共同社長のキャロライン・ショイフレと、なぜか兄のカール・フリードリヒもスピーチを行っていた。

自動巻き(Cal.96.24-L)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KWGケース(直径36mm、厚さ12.1mm)。50m防水。世界限定25本。1501万5000円(税込み)。


「アーティスティッククラフト賞」には、各社の威信を賭けたモデルがそろった。正直、ノミネートされた6本のうち、どれが選ばれてもおかしくない。蓋を開けたところ、受賞したのはカリ・ヴティライネンの「28GML 蒼陽(souyou)」だった。これは傑作、28にGMT機構を内蔵し、中央の24時間回転ディスクで第2時間帯を示すもの。そこに、石川県の北村工房が1000時間をかけて製作した文字盤を合わせている。ちなみに同工房は、能登半島地震で被災し、工房を金沢市に移したばかり。能登の漆芸が大打撃を受ける中、この受賞が現地の人々を勇気付ける一助になることを願っている。どれも傑作ぞろいだったが、個人的な推しはティファニーのフライングトゥールビヨンだ。

手巻き(Cal.28GML)。1万8000振動/時。パワーリザーブ約65時間。Ptケース(直径39mm、厚さ11.2mm)。30m防水。ユニークピース。要価格問い合わせ。

「ジュエリー賞」は、アーティスティッククラフトウォッチ賞に増してキラキラだった。正直、どれが選ばれてもおかしくないが、勝者はディオールの「ラ デ ドゥ ディオール ビュイソン クチュール」だった。ルビーとピンクサファイア、そしてダイヤモンドでかたどられた花モチーフに、ツァボライトを合わせた文字盤は、バラで埋め尽くされた庭園を思わせる。見た目のインパクトでいうと、確かにこれが受賞した理由は分かる。なお、この部門での個人的な推しはピアジェだった。

クォーツ。18KPGケース(直径38mm、厚さ9mm)。3気圧防水。ユニークピース。要価格問い合わせ。

「タイムオンリー賞」で残ったのは、ダニエル・ロートの「エクストラ プラット ローズゴールド」」。個人的には「FACE OF TASAKI」がイチ押しだったが、2針の薄形という構成を持つダニエル・ロートが賞を得た。クラシック回帰とはいえ、こんな地味な(個人的には好きだが、かなり控えめなのは否めない)時計が受賞するのは、時勢のなせる技か。壇上でスピーチしたのは、ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンのミシェル・ナバスとエンリコ・バルバシーニのふたり。ちなみにこのモデルができたとき、このふたりはダニエル・ロート本人に見せたとのこと。おそらく、ロートさんも受賞を喜んでいるに違いない。

手巻き(Cal.DR002)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KRGケース(縦38.6×横35.5mm、厚さ7.7mm)。30m防水。4万9000スイスフラン(税込み)。

GPHGで主演男優賞に相当するのが「メンズ賞」である。ノミネートされたのは、ショパール、ガリック、グランドセイコー、ローラン・フェリエに復活したウルバン・ヤーゲンセンとゼニス。蓋を開けたところ、受賞したのはナチュラル脱進機を載せたウルバン・ヤーゲンセンの「UJ-2」だった。本命のセイコーが逃したのは、年差±20秒という打ち出しが足りなかったのと、デザインがあまりにも白樺に似ていたためか。ブルガリのボナマッサさんは「あれいい時計なんだけど、単なる文字盤違いと見なされたのが痛かったね」とU.F.Aを評した。仮に次回ノミネートするなら、文字盤違いでよろしくお願いします。

手巻き。1万8000振動/時。パワーリザーブ約52時間。18KRGケース(直径39mm、厚さ10.9mm)。30m防水。11万3500スイスフラン。

傍観者としては中だるみを起こしそうだが、ノミネートしているメーカーの関係者たちは熱心に壇上を見つめている。「メンズコンプリケーション賞」を得たのは、ボヴェ 1822のワールドタイマーである「リサイタル 30」だった。控えめな時計がトレンドと考えれば、パルミジャーニ・フルリエの「トリック パーペチュアルカレンダー」が残りそうだが、中身を考えると、リサイタル 30は妥当だろう。これは、UTC(協定世界時)、AST(米国 夏時間)、EAS(欧州・米国 夏時間)、EWT(欧州 冬時間)に30分オフセットの時間帯にも対応したスーパーワールドタイマー。使い勝手に優れるオーデマ ピゲのパーペチュアルカレンダー搭載モデルもこのジャンルにノミネートされていたが、すでにアイコニック賞を獲得している。というわけでボヴェの受賞になったのではないか。

自動巻き(Cal.R30-70-001)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約62時間。Tiケース(直径42mm、厚さ12.90mm)。7万3508スイスフラン。

「トゥールビヨン賞」のグランプリは、ブルガリの「オクト フィニッシモ ウルトラ トゥールビヨン」だった。ケースの厚さは世界最薄で、しかもトゥールビヨンとなれば、受賞は当然だろう。もちろん他のノミネートされたモデルも魅力的だったが、ブルガリのトゥールビヨンとは分が悪い。後にデザイナーのボナマッサさんにおめでとうと伝えたところ、「まあ、受賞はね」と余裕綽々だった。ちなみに、ここ数年センタートゥールビヨンのモデルが増えているのは、オメガの特許が切れたため、とのこと。FAM AL HUTの2軸トゥールビヨンは大変面白いが、これはひょっとしてピーコックのエボーシュを使ったものかもしれない。何しろ価格は2万6620スイスフランに過ぎないのだ。

手巻き(Cal.BVF 900)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Tiケース(直径40mm、厚さ1.85mm)。要価格問い合わせ。

「メカニカルクロック賞」を得たのは、レペ 1839とMB&Fのコラボレーションモデル「アルバトロス」である。壇上に上がったのはレペCEOのアルノー・ニコラス。一通り感謝を述べた後、マックス・ブッサーを壇上に上げて喜びを分かち合った。トリローブやフィオナ・クルーガーのクロックも極めて魅力的だったが、アルバトロスは動きの面白さが評価されたのか。

手巻き。1万8000振動/時。ステンレススティール(長さ600mm、高さ600mm、幅350mm)。パワーリザーブ約192時間。12万8640スイスフラン。


「ヤングスチューデント賞」に選ばれたのは、時計師のエドワード・リさん。彼が何者かは分からないが、とりあえずおめでとうございます。
「ホロロジカルレベレーション賞」を得たのは、鬼才アントン・スハノフの「セントペテルスブルグ イースターエッグ トゥールビヨンクロック」である。ちなみにこの賞は、初の市販モデルの発表から10年未満の若いブランドによって製作された時計を対象としたもの。授与すべき相当な理由がある場合のみ与えられる賞だ。ちなみにこのモデルは、銀の上にエナメルを重ねたケースの上端に、トゥールビヨンを備えたクロック。ケース自体が起き上がりこぶしのようになっており、倒れても自立するのも面白い。完成度の高さとユニークさで、本作が表彰されたのは納得だ。

手巻き。1万8000振動/時。ステンレススティール、シルバー、チタンケース(直径100mm、高さ128mm)。パワーリザーブ約182時間。5万9000スイスフラン。
ホロロジカルレベレーションと同じ裁量賞が、大胆な時計作りに与えられる「オーダシティー賞」だ。創造的な大胆さを促進することを目的としている本賞を得たのは、FAM AL HUTの「メビウス」だった。コンパクトな2軸トゥールビヨンを持つ本作は、価格も控えめで完成度も高く、他にないユニークさが際立っている。

手巻き。2万1600振動/時。SS(横24.3mm、縦42.2mm、厚さ12.9mm)。パワーリザーブ約50時間。2万6620スイスフラン。

続いては、審査員特別賞。選ばれたのはカルティエ現代文化財団のアラン=ドミニク・ペランである。1975年にカルティエ社の社長に任命され、1998年まで同職を務めた彼は、いわばカルティエ中興の祖。加えて2001年から2003年まではリシュモン グループのCEOも務めた。ペランさんの経歴を考えると、受賞は妥当だろう。もっとも本人は多忙につき、代理人がお礼を述べていた。

いよいよクロノメトリー賞、そして金の針賞!
GPHGの各賞は、財団の考える序列に従って授与される。つまり金の針賞の前に発表される「クロノメトリー賞」は、極めて価値のあるものと言えそうだ。豪華な時計よりも、トゥールビヨンよりも、精度の高い時計に与えられる賞を重視するというのは、ジュネーブの時計イベントらしくて好感が持てる。こちらも裁量賞で、受賞するに値する時計がある場合のみ授与される。2025年の勝者は、ゼニスの「G.F.J.」。COSC、TIMELAB、ブザンソン天文台などの検査機関により、ISO 3159規格に基づく公式認証を受けていることが条件と考えれば、受賞に値する時計はほとんどない。とはいえ、かつて天文台コンクールを総なめにしたCal.135を搭載した本作が受賞するのは納得だ。

手巻き(Cal.135)。1万8000振動/時。パワーリザーブ約72時間。Ptケース(直径39.15mm、厚さ10.5mm)。5気圧防水。695万2000円(税込み)。

そして最後は、「金の針賞」。すべてのカテゴリーの中からベストの時計を選ぶ本賞は、「最も権威ある賞」であり、受賞する時計は「時計産業全体を最も象徴する作品とみなされる」。選ばれたのは、ブレゲの「スースクリプション 2025」だった。金の針賞に選ばれるのは、超複雑時計に限られるというのが時計業界の認識だった。事実、2020年はピアジェの「アルティプラノコンセプト」、2021年はブルガリの「オクト フィニッシモ パーペチュアル」、2022年はMB&Fの「レガシーマシーン シークエンシャル エヴォ」、2023年はオーデマ ピゲの「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ ウルトラ コンプリケーション ユニヴェルセル RD#4」、2024年はIWCの「ポルトギーゼ・エターナルカレンダー」と、超大作が続いている。しかし今年は一転して、ドシンプルな時計が選ばれた。完成度の高さを考えれば受賞は納得だが、まさか金の針賞に選ばれるとはなあ。

手巻き(Cal.VS00)。21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約96時間。18Kブレゲゴールドケース(直径40mm、厚さ10.8mm)。3気圧防水。757万9000円(税込み)。



そうそうたるメンバーがそろうGPHGの意味
表彰が一通り終わった後、受賞者たちが集まっての記念撮影となった。それがはけると、なんとひな壇の奥にスペースが現れた。ここでディナーがあるらしい。まるでスパイ映画みたいじゃないか。
そこには、各社のCEOやディレクター、販売店のお偉いさんや著名なジャーナリストがずらりとそろっていた。筆者もセイコーの座席にお邪魔したところ、隣席に座っていたのはフドロワイヤントの創立者であるピーター・チョンだった。隣のテーブルにはIWCチームが、向こうにはブレゲチームが陣取っている。真ん中でにこやかに座っているのは、ジャン・アルノーとウェイ・コー、その隣にはマイケル・テイもいる。表向きは慰労会、しかしこのディナーの本当の目的は、情報交換であるらしい。事実、食事が進むにつれてみんな銘々に離席し、さまざまな人と話し合っている。

筆者もいろんな人と話をした。そのひとりが、ブレゲCEOのグレゴリー・キスリング。何を話したかは書かないが、喜びを大爆発させていた。ちなみにセイコーの左隣のテーブルは、チャペック軍団が座っていた。ザビエル・デ・ロックモーレルに時計を自慢されたが、なんとその隣にはおなじみCCFanがいる。そしてその手前には、ベアリングメーカーであるMPSの関係者。謎すぎるテーブルだが、だからこその情報交換会なのかもしれない。

というわけで、怒濤のように終わった2025年のGPHG。賛否両論はあるが、確かにそろった顔ぶれを見ると、これは時計業界のオスカーだ。そして、その中で、日本がプレゼンスを高めつつあるのも個人的には嬉しい。ちなみに、仮にこの発表会に出られずとも、ジュネーブ市内で行われた、ノミネートされた時計の展示は見る価値がある。なにしろ、ガラス越しではなく、直接時計を見られるのだ。これを見るためでも、ジュネーブに行く価値はあるだろう。
ジュネーブ美術・歴史博物館でノミネート作品を堪能












