1210万円の価格も納得。グランドセイコー「マスターピースコレクション」彫金モデルの作り込まれた内外装を深掘り

2026.06.04

ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2026でグランドセイコーが発表した「マスターピースコレクション 手巻スプリングドライブ 彫金 限定モデル」Ref.SBGZ011を深掘り。マイクロアーティスト工房の匠の手がかかった内外装は、筆者にとってもユーザーにとっても、1210万円という高価格を納得させるものであった。

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堀内俊:写真・文
Photographs & Text by Shun Horiuchi
[2026年6月4日公開記事]


「マスターピースコレクション」から打ち出された彫金モデル

 ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2026にて、グランドセイコーは新製品を発表し、今年も好評を博した。この発表モデルのうち、「マスターピースコレクション」に加わった彫金モデルRef.SBGZ011を筆者撮り下ろし写真とともに紹介する。

 プラチナケースを持つ本作は、2026年7月10日(金)に発売予定の、世界限定50本が販売されるモデルだ。国内の割り当ては30本であり、一部の店舗ではすで予約完売との情報もある、グランドセイコーブティック専用モデルである。一見して、これまでにないインパクトを残す意匠を持つ本モデルのディテールを見ていこう。

彫金されたケースおよび文字盤

SBGZ011

グランドセイコー「マスターピースコレクション 手巻スプリングドライブ 彫金 限定モデル」Ref.SBGZ011
ハンドエングレーブされたケースと文字盤を持つ限定モデル。手巻きスプリングドライブ(Cal.9R02)。39石。パワーリザーブ約84時間。Ptケース(直径40mm、厚さ9.6mm)。3気圧防水。世界限定50本(うち国内30本)。1210万円(税込み)。2026年7月10日(金)発売予定。

 本機は「44GS」をベースとしており、写真を見ての通り、そのケースと文字盤には極めて特徴的な彫金が施されている。本機の最大の特徴がまさにこの外観と言える。その水の勢いの強さから「飛泉」と称される滝だが、今回の彫金模様は信州の蓼科高原の滝にインスピレーションを受けた水流を表現している。ただし一方向への流れではなく、まとまりを持ちつつランダムにも見え、“無機質”とは正反対の印象を与えられる。この彫金は、長野県に位置するセイコーエプソン塩尻事業所内の、マイクロアーティスト工房の匠の手によるものだ。

 本機を見た際、同じく彫金が施されているクレドール『ゴールドフェザー トゥールビヨン 彫金 限定モデル』Ref.GBCF997も一緒に取材した。このゴールドフェザーの彫金は超シャープであったことに対し、本機の彫金はやや緩やかな印象であった。近年グランドセイコーの中で人気を博している、ブランドフィロソフィー“THE NATURE OF TIME”──日本の美意識と精神性の下、日本の時とともに移ろう自然をモチーフとした意匠のひとつである型打ち文字盤がある。そういった文字盤のように、本機の彫りの1本1本は相応にシャープに感じられるものの、キレキレというよりは集合体としての彫りによって、日本の美意識に通ずるような雰囲気や質感を出しているように感じられる。決してギラギラと光り輝くようなものではなく、彫金によって柔らかにうねる光の集合が、本来パキパキのキレを持つ“塊”感のある44GSのケースを、別種のものに変えているといった印象だ。

グランドセイコー 44GS

1967年にセイコーから発表された「44GS」。“燦然と輝く腕時計”という思想の下、ポリッシュ面、そして面と面をつなぐシャープな稜線を持つケース等の特徴を持ち、現在のグランドセイコーのデザイン文法となる「グランドセイコースタイル」を確立したモデルである。

 文字盤にも同様の彫金が施されている。ケースとは異なり、文字盤の材質はおそらく真鍮だろう。彫金においては、材料本来が持つ特質として粘るプラチナと、快削性に富む真鍮との差は大きいものであろうが、文字盤とケースにおける彫りの質感の差がまるでないことが、技術力の高さを物語る。彫りは44GSの特徴であるケースサイドの稜線などにもまたがって施されているものの、全体のフォルムを決して崩していない。製品ひとつひとつには、当然微妙に異なる彫金が施されることとなり、同じものはふたつとないことになろうが、このクォリティを実現したモデルを50本も完成させるとは、気が遠くなる。

スプリングドライブムーブメントCal.9R02

 搭載されるムーブメントは、手巻きスプリングドライブのCal.9R02である。飛泉、すなわち水の動き、流れを表現した彫金の意匠と、流れるようにスイープ運針する秒針を持つスプリングドライブは相性が良い。

 Cal.9R02もまたマイクロアーティスト工房製で、他の一般的なスプリングドライブムーブメントと比較して、手作業による仕上げが多く施されている。

 このCal.9R02と同じコンセプトで開発された、信州 時の匠工房製の手巻スプリングドライブムーブメントであるCal.9R31などと比べると、ブリッジをわざわざ2分割にし、かつ伝統的な機械式ムーブメントのように、穴石の形状に回り込むような分割意匠としたことがまずひとつの特徴である。さらに、エッジのベベル面を手仕上げで鏡面にしている。量産品のダイヤカットのベベル面が完全なCになることに対し、この手作業でのベベル面はやや緩やかな「R」を描いているのだ。穴石周りの仕上げも同様に人の手が入ったものであろう。なお、「C」というのは機械加工において、直角のエッジに45度の面取りを施すことだ。「コンマ5でCを取る」などという。機械加工分野ではバリ取りの目的が多い。これに対し半径Rの丸みを持ったエッジの仕上げは「R」で表現する。いずれもJISに規定されている。

 ブリッジの表面は、スプリングドライブの標準と言えるヘアラインである。桔梗モチーフの意匠でくりぬかれた香箱も、プレーンなCal.9R31より明確に手がかかっている。このモチーフは、古くは2006年に電撃的に発表された、クレドール「スプリングドライブ ソヌリ」Ref.GBLQ998に端を発するものだろう。この意匠は、その後に発表されたCal.7R系スプリングドライブを用いたクレドール「ノード 叡智」、そして「叡智Ⅱ」への流れをダイレクトに感じられるポイントだ。

9R02

スプリングドライブムーブメント「キャリバー9R02」
手巻き。パワーリザーブ約84時間。平均月差±15秒(日差±1秒相当)。トルクリターンシステム、デュアル・スプリング・バレル、パワーリザーブ表示機能を持つ。マイクロアーティスト工房にて、量産品のスプリングドライブと比べて、より一段と高級な仕上げがなされており、機能性のみならず審美性も兼ね備える。なお、このムーブメントを搭載するグランドセイコーは本機と同じマスターピースコレクションのRef.SBGZ003(税込み価格808万5000円)の2リファレンスのみ。

 加えてCal.9R02は、石数もCal.9R31の30石に対し39石と増えており、パーツの摩耗の低減に寄与している。パワーリザーブ表示は、彫金の文字盤を損なわないようケースバック側にセットされており、妥当な判断だろう。

 スプリングドライブの流れるようにスイープ運針する秒針は、通常のブルーテンパーではなくグレーに調整されている。通常の青焼きは300℃手前くらいで熱源から離すが、この温度を超えて熱するとグレーから黒っぽくなってくる。これは鉄の酸化被膜の厚さが増してくることで、見た目の色が変わる現象を利用したものであり、色味をあえて抑えたことで、全体の統一感が出ていると思う。ならばいっそムーブメントの青ネジやパワーリザーブ針もこのグレーになるまで焼いてみて、表も裏も統一感を出すという方法もあったかもしれない。

 Cal.9R02はふたつの主ゼンマイを納める香箱を持ち、ロングパワーリザーブを実現していることに加え、トルクリターンシステム、すなわちトルクが大きい主ゼンマイのフル巻き状態から約48時間の間は、時計を動かしながらエネルギーを再利用して主ゼンマイ自ら巻き上がる機構を加えることによって、いっそうパワーリザーブが延び、実に約84時間に達している。まるっと3.5日間の実働は、週末を挟んでも余りある。ただしこのクラスの時計を保有する方で、さすがにこれ1本のみというユーザは少ないことが想像され、しばしば時計が止まるかもしれない。しかしデイト表示を持たない本機は時刻合わせも楽であり、手に取ることが多くなることだろう。

そのほかのディテール

 文字盤上のインデックスが金無垢であることを示す「SD(スペシャルダイアル)」マークも彫金で表現されており、非常に繊細である。また、外周にミニッツトラックが彫りのみで表現されており、これらに一切スミ入れされていないのが好印象だ。アプライドのインデックスはグランドセイコースタイルに忠実なもので、パキパキに仕上げられた14Kホワイトゴールド製である。時分針はダイヤカットの、グランドセイコーの“標準”と言える分厚いドーフィン形状で、これ以外の意匠は考えられないだろう。

SBGZ011

彫金およびインデックス、GSロゴのアップ。シャープかつ揺らぎのある文字盤の彫金と、ロゴおよびインデックスのキレのコントラストがよく分かる。

 ベゼルはケースとは別体部品となっており、ミドルケース同様。一面に彫金がなされている。そこからボックス型のサファイアクリスタル風防が立ち上がる。

 ミドルケースは、ラグ上面のみ彫金がされず縦方向にヘアライン仕上げが施された部分があり、この存在で44GS系のケースであることを主張する。彫金された面とヘアライン面のメリハリは、とても良いバランスだと感じた。またラグとラグの間のミドルケース部分もしっかりと鏡面に仕上げられており、価格に見合った手の入れ方がなされている。

 公式の写真にはどこにもケースバック側の写真がなかったが、ラグの裏はあえてダルく仕上げられた近年のグランドセイコーの“標準”仕様であり、肌あたりを柔らかくしている。このダルというのは「平面やパキパキの稜線が除かれている」という意味であって、仕上げが悪いということではないので誤解なきよう。実際に十分な鏡面に仕上げられているのが実物では確認できるだろう。もちろんグラスバックから、手仕上げを含むスプリングドライブムーブメント「キャリバー9R02」を鑑賞できる。

 最後にリュウズ。これはあえてこのモデル専用に何かするということではなく、標準的なものがついている。手巻きモデルとしてリュウズは非常に重要であり、ここは奇をてらうべきではないと思われる。大きさや形状とも、不満ないだろう。またローレットをバキバキに立てるということではなく、ラグ裏の処理などのコンセプト同様に、あえて必要十分な指の引っかかりを維持する形状にしているのではないかと感じた。

SBGZ011

ケースサイドからのショット。ケースほぼ全面を覆う彫金が、44GSケースの、稜線のシャープさを決して損なわせていないことに注目。ベゼルからはボックス形状のサファイアクリスタル風防が立ち上がる。

 ディテールから離れて改めてこの時計全体を、絵画を鑑賞するように俯瞰して見ると、本機は、さまざまな光の表情をたたえる柔らかなシルバーの“塊”として立ち現れる。一時期のゴッホの「星月夜」のようにすら見えてくるかもしれない。

 もっとも、決してカラフルではない。文字盤上に一切のスミ入れを排し、かつセンターセコンドを青針にしなかったのは、英断と思える。統一された低彩度の外観は、その彫金によって強い印象を与えながらも、どこかアンダーステートメントである。そのあたりに、和のテイストを感じる人も少なくないだろう。

 バックルもプラチナ製(一部18Kホワイトゴールド)であり、他のグランドセイコーのフォールディングバックル同様、仕上げ、操作感ともに文句のつけようのないものだ。

 ストラップは2種あり、取材した個体には無双仕立てのクロコダイル製ストラップが付いていた。品質はさすがであり、重量のある本体を支えられる厚さと弾力、加えてしなやかさも備えたものであった。ステッチなしの最もフォーマルな様式である。もう1種類はKYOTO Leatherカーフ製ストラップであり、スプラッシュのような意匠で、彫金の「飛泉」とコンセプトが一致している。これに付け替えると、一転してカジュアルな装いにも合うだろう。

SBGZ011

GSロゴの入ったプラチナ製フォールディングバックル。重量のある時計本体と釣り合う量感で、仕上げもグランドセイコーならではの水準で、操作感も良好。ストラップはクロコダイルの無双仕上げだ。

グランドセイコー マスターピースコレクション

KYOTO Leatherカーフのストラップ。


まとめ

 グランドセイコー「マスターピースコレクション 手巻スプリングドライブ 彫金 限定モデル」は、極めて限られた本数のみが製造される、現時点で手に入れられる究極のグランドセイコーのひとつだ。信州の自然をモチーフに取り入れた匠の手作業による外装、ムーブメントも諏訪のマイクロアーティスト工房製と、疑いなく“信州”製グランドセイコーの高みのひとつである。岩手県・盛岡で作られる機械式のグランドセイコーモデルとは双璧であり、時計製造メーカーとして歩んできた同社の歴史を感じながら本作を見ると、また別の魅力も感じられるかもしれない。

 1210万円という価格にもかかわらず本作は引き合いがすでに多いと聞いており、迷っているなら早期の決断をお勧めする。



Contact info:セイコーウオッチ(株) お客様相談室(グランドセイコー) Tel.0120-302-617


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