究極の“壊れない”MR-G「MRG-D5000」。サファイアクリスタルへの挑戦

2026.10.06

高い透明度と耐傷性を持つ一方、強い衝撃には弱いサファイアクリスタル。この素材を用いて、耐衝撃性をブランド哲学とするG-SHOCKの外装を作るという、相反する命題に挑んだカシオ。約10年に及ぶ試行錯誤の末に完成したのが、この「MRG-D5000」だ。開発陣が「ブルーローズ」と名付けたこのプロジェクトは、素材、構造、加工、そして組み立てに至るまで、従来のG-SHOCKの常識を覆すものだった。“不可能”はいかにして“可能”になったのか? 関係者の言葉からその核心に迫る。

MRG-D5000

奥山栄一、三田村優:写真
Photographs by Eiichi Okuyama, Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2026年11月号掲載記事]


“非常識”を克服したMRG-D5000 Blue Sapphire 夢の形

 透明度が高くて硬いサファイアクリスタル。外装に用いる時計メーカーは増えているが、割れやすいため、日常使いには不向きだ。そんな時計業界の常識を覆したのが、MR-Gの「MRG-D5000」である。G-SHOCKの耐衝撃性をクリアした本作の外装はサファイアクリスタル製。不可能を可能にしたMR-Gの矜恃は、鮮やかなブルーに込められている。

MRG-D5000

MRG-D5000
日本のウォッチメイキングがたどり着いた新たな到達点。強い衝撃で割れやすいサファイアクリスタル製の外装にもかかわらず、G-SHOCKの耐衝撃性をクリアしている。マルチバンド6を採用するが、長期のメンテナンスを考慮してBluetoothは省かれている。タフソーラー。サファイアクリスタル×Ti+DLCケース(縦51.3×横43.2mm、厚さ16.5mm)。20気圧防水。世界限定20本。1100万円(税込)。

 現在、多くの高級時計に使われるサファイアクリスタル。しばしば「サファイアガラス」と呼ばれるこの素材は、正しくはガラスではなく、酸化アルミニウムの単結晶である。高い透明度を持つほか、傷が付きにくく、耐熱、耐薬品性が高く、汗や紫外線、経年変化にも強いこの素材は、腕時計の風防にはうってつけの素材だ。今や、サファイアクリスタルを風防に使わない高級時計は稀だろう。

 もっともこの素材には、ふたつの弱点があった。ひとつは屈折率が高いこと。この課題に対して各社は、1990年代以降、サファイアクリスタル製の風防に無反射コーティングを施すようになった。そしてもうひとつが、強い衝撃で割れる可能性があること。各社が、立体的なドーム型風防の採用に懐疑的だった一因である。とはいえ、透明度が高く、傷が付きにくいこの素材は、やがて風防以外の用途を拓くことになった。同じような性質のセラミックスが使えるなら、なぜサファイアクリスタルをケースに転用できないのか? 現在、先進的なブランドがサファイアクリスタルをケースに用いた、中身の見える時計をリリースするようになった理由である。

MRG-D5000

硬い素材で固めるという、今までとは真逆のアプローチから生まれたMRG-D5000の外装パーツ。ベースとなったのは、外装部品を組子のように組み上げるMRG-B5000のマルチガードストラクチャー。しかし部品点数が減らされたほか、部品を支えるための板バネも省かれた。また、外装の固定には、G-SHOCKでは当たり前のネジが全く使われていない。

 ちなみにカシオが、サファイアクリスタル製の風防を採用したのは1990年代後半のことだ。2000年代に球体サファイアや無反射コーティングを取り入れた同社は、2016年にダイバーズウォッチである「FROGMAN」に厚さ2.8mmのサファイアを用い、その技術を転用して、18年にはベゼルに分厚いサファイアをあしらった「オシアナス マンタ」を発表した。今や、サファイア製のベゼルは、オシアナスのアイコンと言ってよい。

 G-SHOCKは、2018年に外装をサファイアクリスタルで仕立てたプロトタイプを完成させた。だが、これは耐衝撃性を伴わないモックアップでしかなかった。強い衝撃で割れる可能性のあるサファイアを、耐衝撃性を売りにするG-SHOCKに与えることは、理論上不可能だったのである。事実、このモデルは、製造の時点でさえ、外装に用いたサファイアが割れるという問題がつきまとった。

MRG-D5000

64チタン製のベースに、サファイアクリスタル製の外装を被せるMRG-D5000。写真が示す通り、そのケース構造は既存のG-SHOCKとは別物だ。注目すべきはサファイアクリスタル製の部品。サファイアクリスタルの塊から部品を削り出すが、わずかに色が違うため、複数のインゴットから作られた部品を選択して、ひとつのモデルに組み込んでいる。理論上はひとつの塊から10個の部品が取れるが、実際使えるのは数個程度とのこと。

 それから8年、MR-Gは外装にサファイアクリスタルをあしらった「MRG-D5000」を完成させた。そのプロジェクト名は「ブルーローズ」。バラには青色色素を作る遺伝子が存在しないため、交配による開発は不可能とされていた。しかし1990年に始まった青いバラの研究開発は紆余曲折の末、2004年に「SUNTORY blue rose APPLAUSE(アプローズ)」に結実した(2009年発売)。かつてブルーローズの花言葉は「不可能」であった。今やそれは「夢がかなう」「奇跡」「喝采」となったのだ。割れやすいサファイアクリスタルを外装に使い、しかもG-SHOCKの高い耐衝撃性能をクリアした本作は、不可能を可能に変えた、ブルーローズそのものと言えるだろう。

 2018年のプロトタイプは、あくまで樹脂製の外装をサファイアクリスタル製に置き換えたものだった。しかし先述した通り、これは試作の時点でさえ、サファイアが割れるという問題があった。不可能を可能にする解は、2022年のMRG-B5000がもたらした。外装部品を細かく分割し、組み木のように組み込んでいく「マルチガードストラクチャー」は、ケース細部の磨きを可能にしたほか、金属製外装の耐衝撃性も劇的に改善したのである。

 一体成形ではなく、部品を分割することで耐衝撃性を上げるという新しいアプローチ。しかしMRG-B5000のマルチガードストラクチャーが、サファイアクリスタルという素材にそのまま転用できるはずもなかった。そこでMR-Gの設計陣は、外装部品の分割を減らし、部品を固定するTバネを省き、加えて固定用のネジ穴を省いたインターロッキング構造を採用することで、サファイア製の外装に高い耐衝撃性を与えることに成功した。ただし、ここに至る歩みは長かった。

MRG-D5000

外装に製造コストの高いサファイアクリスタルをあしらったとはいえ、あくまでこれは超実用時計のG-SHOCKだ。ムーブメントを固定するインナーケースにはDLCコーティングした軽くて硬い64チタンを、プッシュボタンにはDLC処理を施したステンレススティールを採用する。プッシュボタンを硬くして摩耗しにくくするというアプローチが、本作の性格を物語っている。

 2016年に始まったサファイアクリスタル製G-SHOCKのプロジェクトは、純チタン製インナーケースの上にサファイア製の外装を被せるという設計から始まった。しかし強いショックを与えるとたわみが発生し、サファイアが割れるという問題が起こった。対して設計陣は、あえて硬いもので構成するという今までのG-SHOCKとは真逆のアプローチに挑戦した。サファイアを被せるベースを軟らかいラバーから硬い64チタンに変更し、さらに部品の公差を詰め、マルチガードストラクチャーの特徴である、部品を支えるための板バネさえも省いたのである。硬いもので外装を固めるというアイデアは、今までのG-SHOCKとは全く逆のものだ。しかし発想の転換が、サファイア製外装の道を拓くことになったのである。

 解決の糸口は見つかったものの、課題は山積していた。まずは、MRG-B5000のデザインを転用すると、求められる耐衝撃性能を得られなかったこと。外装部品の寸法を詰め過ぎたり、素材が薄くなったりすると、サファイアは簡単に割れてしまったのである。また、耐衝撃性を改善するはずの分割ケースも、サファイアのカット回数が増えるほど、そして細長いパーツが加わるほど割れやすくなった。しかも1回のテストでは割れず、複数回の耐衝撃テストで割れるのだからやっかいだ。この問題に対してMR-Gは、ベゼルの厚みを変えたり、アウターケースの構造を変えたりと、20種類ものプロトタイプを製作することになった。

 もっとも、設計と製造だけが良くても、MRG-D5000は完成しなかった。本作を製品としてまとめ上げたのが、山形カシオの菊地佑輔である。彼は高級品を製造するPremium Production Line(PPL)で、MR-Gなどの組み立てに従事するメダリストの試験官である。本来ならば生産ラインの整備を担う人物が、ひとりでMRG-D5000の組み立てを行っているのだ。

MRG-D5000

MRG-D5000に命を吹き込むのが、山形カシオの菊地佑輔だ。メダリストの試験官である彼がひとりで、MRG-D5000の組み立てを担当している。「組み立てをお願いしますと頼まれて、試作1号機からこのプロジェクトに携わっています」。さまざまなモデルを製品として生産化するのを担ってきた彼は、MRG-D5000の製品化に対しても、設計変更などを求めた。

「これはブルーローズプロジェクトです。PPLのメダリストを集めて組み立てても良かったのですが、企画に関わった人がやるべきと思ったのです。MRG-D5000の設計思想なども分かっていましたからね」

 菊地は事もなげに語るが、実際のところ、彼以外には組み立ては不可能だっただろう。というのも、求められる水準は既存のMR-Gはもちろん、18Kゴールドケースモデルとも全く違っていたのである。

MRG-D5000

MRG-D5000の製造と組み立てを行うのは、山形・東根の山形カシオだ。MR-Gなどの高級品製造で知られる同社は、樹脂成形の技術にも非凡なノウハウを持っている。これは樹脂を成形するための金型。こういう精密な金型を、同社はひと月に複数台製造している。

「ゴールドモデルの時は、組み立ての際に特別なことはしませんでした。対してMRG-D5000の組み立てプロセスは一から考えたようなものでした」

 MRG-D5000の月1〜2本という生産本数も「外装部品の寸法にばらつきがあるのに、求められる品質が一番高いから」という説明を聞けば納得だ。

 基本的にMRG-D5000の外装部品は一点もの。そのため、部品の寸法公差はどうしても大きくなってしまう。対して菊地は調整を加えながら組み立てることで、ばらつきのない製品にまとめ上げていく。「加工精度の追求をシステムで行ってきた山形カシオが、一点ものを手作業で組むのが面白い」と菊地は語るが、超高価格帯だけあって、求められる水準はスイスの超高級時計に比肩する。そのひとつが、ケースと文字盤の中心軸の合わせ込みだ。通常は0.3度程度のズレが生じるが、MRG-D5000のそれは0度だという。しかもサファイアクリスタルを圧入した裏蓋も、一度ケースにねじ込んで位置を決めたうえで外し、ロゴが水平に収まるよう裏蓋にサファイアを圧入した後、再度組み付けるとのこと。

MRG-D5000

裏蓋を組み付ける工程。あえて標準的なねじ込み式にしたのは、長期的なメンテナンスを考慮してのこと。加えて、ロゴが完璧に水平な位置で固定されるよう、位置を一度合わせて、最終的に決め込んでいく。ムーブメントはケースに対して遊びを伴って固定されるが、その遊びを生かして、微妙な調整を加えていく。組み立てるのに2週間かかるのも納得だ。

「普通は裏蓋を締めるトルクには基準がありますが、このモデルにはそれが当てはまらない。均一のトルクで締めると個体ごとにロゴの位置がずれてしまいますからね」。しかも組み木のようなケース構成を持つMRG-D5000は、部品を組み付ける方向まで決まっている。

MRG-D5000

裏蓋を構成するパーツ。ケースにねじ込んで、適切な位置を確認した後、サファイアクリスタル製の部品をはめ込んでいく。

MRG-D5000

サファイアクリスタル製のパーツをはめ込んだガード。写真が示す通り、MRG-D5000のすべての外装部品はネジを使わず、組み木のように固定されている。基本的な構造はMRG-B5000に倣っているが、クリアランスをギリギリまで詰めることで、G-SHOCKに求められる耐衝撃性をクリアした。

 外装部品が一点ものの集合体になった大きな理由は、色を揃えるためである。カシオの説明によると、理論上はひとつのサファイアブロックから、10個分の外装部品が得られるとのこと。しかし同じブロックから部品を削り出しても、場所によって色が変わってしまう。そこでMR-Gは5つのサファイアの塊から複数の部品を削り出し、同じ色の部品を選別することで対処した。すべての外装部品を揃えるのに最低数カ月が必要なうえ、部品ごとに寸法公差が変わってしまう理由だ。仮に色が透明や明るい色ならば、製造や組み立ては多少は楽になっただろう。しかしMR-Gはあえて、色の揃えにくい濃いブルーを選択した。菊地たちが「生産性は考えていない」と語った理由である。

 組み立てを担当する菊地は、設計にも注文を付けた。そのひとつが文字盤の枠である。受光部にガリウムソーラーを使うMRG-D5000は、文字盤の枠から基材が見えてしまっていた。そこで菊地は枠を太くし、ソーラーを隠すよう要望した。また搭載するムーブメントからは、カシオのお家芸であるBluetoothが省かれた。ベースは18Kゴールドモデルのムーブメントだが、「何十年先でも修理ができるよう、あえてそこからBluetoothを撤廃しました」と菊地は説明する。

 サファイアクリスタル以外の外装にも、山形カシオの総力が注がれた。変色、汚れ、経年劣化に強いデュラソフトバンドは2024年以降、MR-Gのレギュラーモデルに使われてきたもの。素材であるフルオロエラストマーは、天然ゴムに近いソフトさを持つが、半面、精密な模様を与えにくい。対してMR-Gは、今までにない精密なパターンを施した特注品を完成させた。不快にならない程度に切り立ったエッジは、樹脂の成形を得意とする山形カシオの最高峰だろう。また、ストラップを留めるバックルやケース、ボタンなどにも皮膜が剥がれにくく、耐傷性の高いDLC処理が施された。

MRG-D5000

MRG-D5000のために新造されたストラップ。バンドはMR-Gではお馴染みのデュラソフトバンドだが、表面の模様は量産品とは比較にならないほど精緻だ。ソフトな素材にクリアな模様を型押しできるのも、MR-Gの樹脂加工技術があればこそ。

MRG-D5000

MRG-D5000のバックル。既存のMR-Gと同じように見えるが、より丁寧に面取りが施されるなど、高級時計らしい仕立てになっている。

 強い衝撃で割れやすいサファイアクリスタルを外装に採用し、そのうえでG-SHOCKの圧倒的な耐衝撃性をクリアしたMRG-D5000とは、不可能を可能に変えてきたG-SHOCKそのものと言えるモデルだ。と考えれば、開発陣が本作に鮮やかなブルーを与えたのも理解できる。ブルーローズを思わせるその澄み切った青とは、「不可能」を「夢がかなう」に塗り替えた証しそのものなのである。



Contact info:カシオ計算機お客様相談室 Tel.0120-088925


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