自らが職人であるミシェル・パルミジャーニは、職人技の継承に力を注いできた。そのひとつは、言うまでもなくフルリエのレストレーション工房だ。しかし彼は、他のアルチザンに対しても、同様のスタンスを貫いてきた。パルミジャーニへの敬愛を隠さないのは、屈指のエナメル職人であるバネッサ・レッチだ。

Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2026年11月号掲載記事]
芸術作品の生まれる場所

イタリア・レッチェ出身。パラビータの美術工芸学校でエナメルを、レッチェの美術アカデミーで彫刻を学ぶ。プロのバレーボール選手としてスイスに渡り、2002年に工芸へ転じた。カルティエとジラール・ペルゴでエナメル工房の立ち上げを担い、パテック フィリップの専属を経て独立。現在はプゾーの工房を拠点に、クロワゾネを軸としたグランフー エナメルを手掛ける。
「パルミジャーニ・フルリエと仕事ができて本当に光栄です」。そう語るのはエナメル職人のバネッサ・レッチである。イタリアのレッチェに生まれた彼女は、美術工芸学校でエナメル、ジュエリー、彫金などを学んだ後、国立美術アカデミーで舞台美術と彫刻を修め、職人の道に転じた。著名なブランドやメゾンで経験を積み、やがてプゾーに自らの工房を構え、高度なエナメルを時計に施すようになった。名前は出せないが、いずれも歴史に残るような大作ばかりだ。

「ある日、ミシェル・パルミジャーニが工房に来て、懐中時計用にエナメルを施してほしいと言いました。その際『ラ ローズ カレ』のアイデアを語り、こう尋ねたのです。『君には何ができるんだい?』と」。エナメル作りとは瞑想の旅に出るようなもの、と語るレッチと、自身が傑出した職人であり、職人技に敬意を払うパルミジャーニはよほど気が合ったらしい。彼女はエナメルの下にレリーフを埋め込むだけでなく、立体感を色で出し、しかも普通の2倍の厚みを持つエナメルを、ローズ カレに与えたのである。


パルミジャーニ自身が指名しただけあって、レッチのエナメルは極めて「職人的」に作られる。例えば素材に載せる釉薬。レッチはメノウの鉢にガラスを入れ、半日以上を掛けて粉に挽いていく。潰しては濁った水を替え、粒子の粗さを確認してはまた潰していく。曰く「この作業により、9種類から10種類の粗さを得る」とのこと。また「時間は掛かるが、丁寧に洗うことで18KWGやYGに載せても色が変わらないエナメルになる」と彼女は語る。そうやって出来上がった釉薬は、粒子の大きさと色に応じて盛られ、土台が800度になる環境で焼成される。「エナメルは何色から焼くかで色が変わってしまうんですよ。大事なのは火と喧嘩しないこと」。何層にもエナメルを重ねた後、最後に艶を出す工程を経て完成となる。「艶を出すためにエナメルを研ぐのは好きじゃないんです。ガラスをいじめるようなものですからね」。

エナメルとは経験と感性が織りなす化学、と語るレッチ。ではそんな彼女は、なぜパルミジャーニと仕事をするのか?
「ミシェルはアルチザンなんです。だから、今までにやったことのないことでもリスクを取れる」。なるほど、かのレッチがその代表作を、パルミジャーニ・フルリエに捧げてきたのも納得ではないか。





