職人技の継承に力を注ぐパルミジャーニ・フルリエ。エナメル職人、バネッサ・レッチを訪ねて

2026.10.11

自らが職人であるミシェル・パルミジャーニは、職人技の継承に力を注いできた。そのひとつは、言うまでもなくフルリエのレストレーション工房だ。しかし彼は、他のアルチザンに対しても、同様のスタンスを貫いてきた。パルミジャーニへの敬愛を隠さないのは、屈指のエナメル職人であるバネッサ・レッチだ。

レッチの工房で目を引くのが、大量に置かれたガラスのパウダーである。原料となるガラス自体は購入するが、彼女は入念な手作業で、9から10種類の荒さに挽いていく。ここまで種類を分ける理由は、隙間を埋めるように釉薬を重ねる、彼女独自の手法にある。ラベルに記された「Nihon」「Nihon Shippo」の通り、レッチは日本製を好む。
三田村優:写真
Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2026年11月号掲載記事]


芸術作品の生まれる場所

バネッサ・レッチ

バネッサ・レッチ
イタリア・レッチェ出身。パラビータの美術工芸学校でエナメルを、レッチェの美術アカデミーで彫刻を学ぶ。プロのバレーボール選手としてスイスに渡り、2002年に工芸へ転じた。カルティエとジラール・ペルゴでエナメル工房の立ち上げを担い、パテック フィリップの専属を経て独立。現在はプゾーの工房を拠点に、クロワゾネを軸としたグランフー エナメルを手掛ける。

「パルミジャーニ・フルリエと仕事ができて本当に光栄です」。そう語るのはエナメル職人のバネッサ・レッチである。イタリアのレッチェに生まれた彼女は、美術工芸学校でエナメル、ジュエリー、彫金などを学んだ後、国立美術アカデミーで舞台美術と彫刻を修め、職人の道に転じた。著名なブランドやメゾンで経験を積み、やがてプゾーに自らの工房を構え、高度なエナメルを時計に施すようになった。名前は出せないが、いずれも歴史に残るような大作ばかりだ。

メノウの鉢で、釉薬に使うガラスをすり潰す工程

レッチが名声を得た、そしてパルミジャーニが指名した理由は作業の入念さにある。これはメノウの鉢で、釉薬に使うガラスをすり潰す工程。素材となるガラスはスイスだけでなく、日本などから求めるとのこと。「重要なのはメノウを使い、ガラスを入念に潰して、粉をよく洗うことですね。酸を使うとより良い発色が得られます。でも1日や2日掛かってしまいますね」。

「ある日、ミシェル・パルミジャーニが工房に来て、懐中時計用にエナメルを施してほしいと言いました。その際『ラ ローズ カレ』のアイデアを語り、こう尋ねたのです。『君には何ができるんだい?』と」。エナメル作りとは瞑想の旅に出るようなもの、と語るレッチと、自身が傑出した職人であり、職人技に敬意を払うパルミジャーニはよほど気が合ったらしい。彼女はエナメルの下にレリーフを埋め込むだけでなく、立体感を色で出し、しかも普通の2倍の厚みを持つエナメルを、ローズ カレに与えたのである。

エナメルのカラーサンプル

レッチのエナメルは色のバリエーションと発色の鮮やかさに特徴がある。写真はカラーサンプル。もっとも、「3種類の色を使うと言っても、実際は3×9パターンなのです。つまり、粒子の大きさを変えた釉薬を埋め込んで焼いていくから」。

釉薬を載せる工程

釉薬を載せる工程。「釉薬を溶かした水の量が少し増えるだけでも仕上がりは変わるのです」。

 パルミジャーニ自身が指名しただけあって、レッチのエナメルは極めて「職人的」に作られる。例えば素材に載せる釉薬。レッチはメノウの鉢にガラスを入れ、半日以上を掛けて粉に挽いていく。潰しては濁った水を替え、粒子の粗さを確認してはまた潰していく。曰く「この作業により、9種類から10種類の粗さを得る」とのこと。また「時間は掛かるが、丁寧に洗うことで18KWGやYGに載せても色が変わらないエナメルになる」と彼女は語る。そうやって出来上がった釉薬は、粒子の大きさと色に応じて盛られ、土台が800度になる環境で焼成される。「エナメルは何色から焼くかで色が変わってしまうんですよ。大事なのは火と喧嘩しないこと」。何層にもエナメルを重ねた後、最後に艶を出す工程を経て完成となる。「艶を出すためにエナメルを研ぐのは好きじゃないんです。ガラスをいじめるようなものですからね」。

ラ ローズ カレ

レッチが手掛けた「ラ ローズ カレ」。以降、彼女はパルミジャーニ・フルリエと仕事をするようになった。

 エナメルとは経験と感性が織りなす化学、と語るレッチ。ではそんな彼女は、なぜパルミジャーニと仕事をするのか?

「ミシェルはアルチザンなんです。だから、今までにやったことのないことでもリスクを取れる」。なるほど、かのレッチがその代表作を、パルミジャーニ・フルリエに捧げてきたのも納得ではないか。

炉で釉薬を焼き付けていく工程

炉で釉薬を焼き付けていく工程。「エナメルでメインの工具は火です。火は把握できないから、仲間になってもらうのですよ。熱する土台が800℃でないといけないのです。というのも素材の厚みはひとつひとつ違うから。火と喧嘩すると、失敗しますね」。レッチ曰く「理想のエナメルは表面が研がれておらず、エナメルの奥の光が出てくるようなもの。エナメルは、自然な艶を持つべきなんです」。

レッチの自製によるエナメルパウダー

レッチの自製によるエナメルパウダー。「昔ジュネーブにはエナメル屋さんがあり、銀用、金用、プラチナ用の良質なガラスがあったんですよ。今好んでいるのは、日本の広沢七宝化学研究所と日本七宝化学研究所ですね」。もっとも、これらの素材を入念に挽いてパウダーにしていくのは、レッチの作業である。



Contact info:パルミジャーニ・フルリエ pfd.japan@parmigiani.com


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