なぜ、ゼニス「デファイ インベンター」は革新的なのか?

FEATUREその他
2019.10.04

「デファイ インベンター」ついに量産化

2017年に発表されたゼニスの「デファイ ラボ」は、機械式時計の精度を改善するために、シリシウムで一体成形されたゼニス オシレーターを搭載していた。それから2年、ゼニスは満を持して、その量産型をリリースした。多くのメーカーが望んだ、機械式時計の弱点をクリアにした時計。現時点で、最もその理想に近いのが、ゼニスの「デファイ インベンター」ではないか。

ゼニス, デファイ インベンター

吉江正倫:写真
Photographs by Masanori Yoshie
広田雅将(クロノス日本版):文
Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)

“ホイヘンス以来の発明”発言に込めた思い

 数年前、現在LVMH グループで開発の責任者を務めるギィ・セモンは筆者に対してこう語った。「現在、LVMHはまったく新しい調速脱進機を開発中だ。それは、(ヒゲゼンマイを開発した)クリスチャン・ホイヘンス以来のものになるだろう」。

オシレーター

調速脱進機を一体化した「ゼニス オシレーター」。理論上は時計の姿勢が変わったり、ゼンマイがほどけたり、また寒暖の差が激しい場所であっても精度への影響はほとんどない。ムーブメントのスペックは以下の通り。自動巻き(Cal.9100)。18石。12万9600振動/時。パワーリザーブ約50時間。

 2017年、ゼニスは「ホイヘンス以来の発明」となる、新しいゼニス オシレーターを発表した。なるほど、確かにこれは、ホイヘンス以来の発明だろう。ヒゲゼンマイがなくなっただけ、と思いきや、テンワ、ヒゲゼンマイ、緩急針、ヒゲ持ち、アンクルに相当する部品がすべて一体になっているのだ。

 ギィ・セモンが、テンプに当たる調速機ではなく、ガンギなどを含む「調速脱進機」と述べたはずである。素材はシリシウム。

 これ以前も、ヒゲゼンマイを省いた新しい調速機や、より等時性の高い脱進機は存在した。しかし、筆者の見た限り、調速脱進機を物理的に一体化したムーブメントは、数えるほどしかない。ただし、ガンギ車だけはシリシウムであるものの、別部品である。かつ、他社のものに比べて量産しやすいという点で、はるかに勝っている。

 2001年に腕時計で初めてシリコン素材が使用されて以来、各社は軽くて部品精度の高いシリシウムを機械式時計に採用してきた。その中で各社は、シリシウムには弾性があることと、複雑な形状でも一体成形できることを知った。今回のゼニス オシレーターとは、そういったシリシウムの特性から生まれた、まったく新しい調速脱進機といえる。

ギィ・セモン

Photograph by Eiichi Okuyama
ギィ・セモン
1963年フランス生まれ。フランシュコンテ大学でエネルギー物理学研究所を設立した後、民間の工学研究所で核融合実験炉などのプロジェクトに従事。後にフライトシュミレーションの会社を設立し、ダッソーやロッキード・マーティンなどとビジネスを行う。99年に独立した後、2004年にタグ・ホイヤーに入社。「モナコ V4」「カレラ マイクログラフ」「コネクテッド」などの傑作を設計する。いわば「時計業界のアインシュタイン」。