ミステリークロックはどのような時計か。仕組みや主なモデルを紹介

FEATUREその他
2020.12.14

時計の針が空中に浮いているように見えるミステリークロックは、時計の専門知識がなくても、その美しさと摩訶不思議な雰囲気に心を動かされることだろう。動作の仕組みの基本的な知識、主なモデルなどを紹介する。


ミステリークロックについて知ろう

ミステリークロックとはどのような時計なのだろうか。概要や仕組みについて理解を深めよう。

ミステリークロックとは

Nils Herrmann, Collection Cartier © Cartier

ミステリークロックとは、針がまるで空中に浮いているかのような印象を与える時計のこと。この不思議から「ミステリー」の名称が生まれた。

時計師が長い時間をかけてつくり上げるミステリークロックは、時計メーカーのモデルのなかでも、高い製作技術を要する時計として位置付けられている。

クロックと名付けられているように、開発された当時は置き時計だったが、近年はミステリークロックの機構を応用した腕時計も多く発表されている。

ミステリークロックの仕組み

ミステリークロックは、時計の針などを動作させる動力機構が見えないところに隠されている。

その仕組みは2枚の透明のディスクに針が取り付けられており、これらのディスクが台座内部に組み込まれたムーブメントによって動作するというもの。

懐中時計や腕時計の場合は、ケース側面やベゼルの下などにムーブメントが収められている。目の錯覚を利用した“仕掛け”時計なのである。


ミステリークロックの歴史

100年を超える歴史を持つミステリークロックは、メーカーの歴史における、技術と美の賜物といえるだろう。誕生から現在までの歴史を紹介する。

近代マジックの父が考案

ミステリークロック誕生の祖となったのが、時計師から奇術師に転身し、“近代マジックの父”とも呼ばれたジャン・ウジェーヌ・ロベール=ウーダンである。

ジャン・ウジェーヌ・ロベール=ウーダンは1805年、フランスのブロアに生まれる。若いころは時計職人の見習いをしていたが、時計作りの本と間違えてマジックの本を購入したことをきっかけにマジシャンを目指す。元時計職人の技術を活かした機械仕掛けの精密な道具を使い、独自のマジックを確立。また明るい場内で燕尾服を着用した演出は、現在のスタイルの基本となっている。

ウーダンが考案した作品に着想を得て、フランスの名門メゾンであるカルティエの創業者ルイ=フランソワ・カルティエと天才時計職人モーリス・クーエが考案。1912年にこの不思議なメカニズムを置き時計に搭載したのが、ミステリークロックの始まりだ。

当時、多くのセレブリティーたちが注文したとされ、その際に世に送り出されたミステリークロックは現在でも美術工芸品の逸品として、時計や美術品コレクターの間で垂涎の的となっている。


ミステリークロックの種類

現在、ミステリークロックは芸術作品として高い人気を集めている。多くの歴史的な著名人も所有した主なモデルを紹介しよう。

モデルA

Nils Herrmann, Collection Cartier © Cartier
カルティエ初のミステリークロック「モデルA」。写真はカルティエ パリが1914年にプラチナ、ゴールド、ロック クリスタル、ホワイトアゲート(白メノウ)、サファイア、ダイヤモンド、ホワイトエナメルを使い製造したもの。このモデルはグレフュール伯爵が購入している。グレフュール伯爵夫人(1860-1952)はパリ社交界でもっとも美しいと言われた人物で、プルーストの小説「失われた時を求めて」の登場人物、ゲルマント侯爵夫人のモデルとしても知られている。

「モデルA」は、1912年、カルティエが最初に手掛けたミステリークロックだ。

ケースの左右に時針と分針のディスクを動作させるための回転軸を内蔵しており、そのためスクエア型を特徴とする。駆動方法はその構造から「ダブル アクシル システム」と称された。

中空の美を際立たせる透明のケースをハードストーンの台座に据えたデザインは、洗練を極めた先駆的な作品として高い評価を得た。

外観からはアールデコを彷彿とさせるが、アールデコ誕生より前に創出されており、その先進性にも注目したい。

発表直後から国際的な名声を集め、世界中の名だたる著名人が複数の「モデルA」を購入した。

シングル アクシル

シングル アクシル

Nick Welsh © Cartier
1921年製作のシトリンを大胆に使ったモデル。素材にはシトリンの他に、オニキス、ダイヤモンド、ゴールド、プラチナ、ホワイトとブラックのエナメルを使用する。

「ダブル アクシル システム」を改良し、1920年に誕生したのが「シングル アクシル」 システムだ。これはひとつの回転軸で時と分を表示するディスクの回転を制御する構造を持つ。

回転軸がひとつとなったことで、支柱を1本にすることが可能になり、デザインの可能性を大いに広げることとなった。これ以降のミステリークロックの基本的な構造として採用されている。

写真のモデルは1921年につくられたもの。デザインはアールデコを基調とし、文字盤に大胆にシトリン(黄水晶)を使用。シングル アクシル システムにより、シトリンの黄金色が際立ち、ブラックエナメルとのコントラストも美しい。

シングル アクシル

Nils Herrmann, Collection Cartier © Cartier
1927年製作。スイスレバー式脱進機を備えたパワーリザーブ約8日間のレクタンギュラー型ムーブメントを搭載する。スペインのアルフォンソ13世の妃、ビクトリア・エウヘニア王妃(1887₋1969)が所有していた。ゴールド、プラチナ、ロック クリスタル、オブシディアン、エボナイト、ローズカット ダイヤモンド、オニキス、コーラル、ブラック エナメルを使用。

ポルティコ

ポルティコ

Marian Gérard, Collection Cartier © Cartier
「ポルティコ」シリーズは、ミステリークロックのなかでもサイズが大きく、写真のモデルは高さ35×横23×奥行13cmとなっている。1923年製作。ゴールド、プラチナ、ロッククリスタル、ローズカットダイヤモンド、オニキス、コーラルカボション、ブラックエナメルを使った贅沢な逸品だ。ツインバレル、ブレゲヒゲゼンマイ、スイスレバー式脱進機を備えたパワーリザーブ約8日間のスクエア型ムーブメントを搭載する。

「ポルティコ」は、1923~25年にかけて制作された、6点からなるシリーズである。

当時、カルティエのクリエーションは東洋のテイストが強烈な存在感を放っており、ポルティコでは日本の鳥居やビリケン、狛犬や仏像がデザインに採用されている。

写真のモデルはポルティコシリーズの第1作で、鳥居をモチーフとしたクロックホルダーの上に鎮座する微笑みを浮かべたビリケンの姿はミステリークロックの神秘性とマッチし、神聖な場所にたたずむ穏やかな神々を彷彿とさせる。

ポーランド出身のオペラ歌手で、園芸家としても有名なガナ・ワルスカ(1887-1984)が購入したことでも知られている。

東洋趣味のミステークロック

エレファント ミステリークロック

東洋趣味を採り入れたシリーズ第9作の「エレファント ミステリークロック」。ナワナガル(現グジャラート州ジャームナガル)のマハラジャが所有。プラチナ、ゴールド、ヒスイ、オニキス、ダイヤモンド、パール、コーラル、マザー・オブ・パール、クリスタル、ブラックエナメルを使用。

実際の動物や想像上の生物、天女などの神々をモチーフとして1922年~31年にかけて制作されたのが、13点からなる東洋趣味を採り入れたシリーズだ。ルイ15世とルイ16世の時代に見られた、動物の背にムーブメントを載せた置き時計にインスピレーションを得ている。「ポルティコ」シリーズ同様、当時のカルティエが得意としたオリエンタルな意匠が施されている。

モチーフにはゾウ、キメラ、天女などが選ばれ、ヒスイやメノウ、ダイヤモンドやエメラルドなどをふんだんに使い、その造形の見事さから美術品としての価値も高い。

ゾウがモチーフの「エレファント ミステリークロック」はシリーズ第9作、1928年に製作されたもの。ゾウにヒスイが使われたこのモデルは、イギリス領インド帝国ナワナガル藩王国のマハラジャが購入した。

Nils Herrmann, Collection Cartier © Cartier
シリーズ第6作、1926年に製作された「キメラ ミステリークロック」。波の上に立つキメラをデザインし、キメラはメノウ、波はネフライトでつくられている。ダイアルにはシトリンを採用する。高さは17.0cm。