ヴァシュロン・コンスタンタン “ラ・ミュージック・デュ・タン” レ・キャビノティエ・グラン・ソヌリ -交響曲第6番

FEATURE本誌記事
2020.05.17

ヴァシュロン・コンスタンタンが擁する、ユニークピースとビスポークの専門工房「レ・キャビノティエ」。世界中から最重要顧客だけが招かれる完全クローズドの展示会が、シンガポールで開催された。2019-2020年のテーマとなったのはストライキングウォッチ。“ラ・ミュージック・デュ・タン”と題された作品群の中で、ひときわ大きな注目を集めたのが同社初の腕時計用グラン・プチソヌリ・ミニッツリピーターとなったCal.1860を搭載する“交響曲第6番”。ケースサイドに施された荘厳な細密彫金と、アビーロード・スタジオが新たに手掛けたソニックプリントが話題を呼んだ。

奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
鈴木裕之:取材・文 Text by Hiroyuki Suzuki

史上2本目となったCal.1860のソニックプリントは新たにアビーロード・スタジオが手掛けた

 数ある超複雑時計の中でも、いわゆる〝鳴り物〞は最も難易度が高い機構に数えられるだろう。ケース内に設けられたゴングをハンマーで打ち、鐘を鳴らす機構の総称を「ストライキングウォッチ」と呼び、オンデマンドで時刻を読み取って打鐘する機構を「リピーター」、決まった時間に打鐘する機構を「ソヌリ」と分類する。リピーターのほうは、時+15分単位+1分単位を打つ「ミニッツリピーター」が一般的だが、ソヌリはさらに、毎正時と15分単位を打つ「グランソヌリ」と、毎正時だけを打つ「プチソヌリ」に分けられる。リピーターとソヌリのどちらが難しいのかについては、大いに意見の分かれるところだが、グランドコンプリケーション級の大作ともなれば、そのすべてを搭載するという例も見られるようになってくる。ヴァシュロン・コンスタンタンの「〝ラ・ミュージック・デュ・タン〞 レ・キャビノティエ・グラン・ソヌリ- 交響曲第6番」も、そうしたユニークピースの1本だ。

ラ・ミュージック・デュ・タン レ・キャビノティエ・グラン・ソヌリ-交響曲第6番

 同社の鳴り物への取り組みは19世紀初頭から始まっており、創業者の孫にあたるジャック・バルテルミー・ヴァシュロンが記した1806年の台帳に、ミニッツリピーター懐中時計に関する最初の記録が残されている。グラン・プチソヌリ懐中時計に関しては1827年、グラン・プチソヌリ・ミニッツリピーター懐中時計については1908年に最初の販売記録がある。90年代初頭からこうした〝鳴り物〞の腕時計化が試みられはじめ、ひと握りの独立時計師たちがこれを実現。同社では92年の「キャリバー1755」で、初のミニッツリピーター搭載腕時計用ムーブメントを完成させている。2013年にはリピーター機構の超薄型化に取り組んだ「キャリバー1731」を発表。17年に同社ビスポーク工房であるレ・キャビノティエ製作のユニークピースに搭載された「キャリバー1860」で、同社初となるグラン・プチソヌリ・ミニッツリピーター搭載の腕時計用ムーブメントを完成させる。これが今回の〝グラン・ソヌリ- 交響曲第6番〞にも搭載されているのだ。

ラ・ミュージック・デュ・タン レ・キャビノティエ・グラン・ソヌリ-交響曲第6番

 ベゼルの回転でグランソヌリ、プチソヌリ、サイレントを切り替えるこのムーブメントは、ひとつのリュウズで打鐘用の専用香箱と運針用の通常香箱の巻き上げが可能。専用香箱のパワーリザーブは、1日で96回作動(合計912回打鐘)するグランソヌリモードで約20時間となっているが、当然プチソヌリモードではさらに長くなり、逆にミニッツリピーターを作動させた場合はもっと短くなる。リピーターのトリガーはリュウズ同軸に配置されており、2時位置に設けられたト音記号のインジケーターで、打鐘専用香箱の残量が確認できる。基本設計はグルーベル フォルセイとの共同開発だが、部品の生産から仕上げなどはすべてレ・キャビノティエで行われる他、ファントムクォーター(15分単位の鐘を打たない時刻で起こる空白状態)を発生させない独自の調整も盛り込まれている。

 公式発表されている中では、2本目のキャリバー1860搭載モデルとなった〝グラン・ソヌリ- 交響曲第6番〞。前作と大きく変わったのはケースの造作である。大胆なステップが設けられたケースサイドには、モデル名の由来となった「田園」ヘ長調の楽譜、ラグにはバスレリーフ(極めて浅い浮き彫りを意味する彫金技法)を用いたオリーブの葉が彫り込まれている。ミドルケースの一段落とされた部分のオリーブ彫金は深彫りされているため、明確なコントラストが美しい。なおこのモチーフは、同社が1923年に製作した懐中時計「アルカディアの牧人たち」から着想を得ている。また、2018年にパートナーシップを結んだ英ロンドンのアビーロード・スタジオが、今回の〝ラ・ミュージック・デュ・タン〞から本格的な技術提携を開始。近年のヴァシュロン・コンスタンタンは、リピーターの打音を記録して、ソニックプリントとしてアーカイブに保管しているが、その録音と証明書発行の任を、新たにアビーロード・スタジオが受け持つことになったのだ。

ラ・ミュージック・デュ・タン レ・キャビノティエ・グラン・ソヌリ-交響曲第6番

ヴァシュロン・コンスタンタン/“ラ・ミュージック・デュ・タン” レ・キャビノティエ・グラン・ソヌリ-交響曲第6番
ユニークピースとビスポークを専門的に手掛ける「レ・キャビノティエ」で製作されたミニッツリピーター付きグランソヌリ。独特なギヨシェが施されたダイアル上には、運針用と打鐘用の香箱別に、2本のパワーリザーブインジケーターが備えられる。手巻き(Cal.1860)。74石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間(打鐘用の専用香箱はグランソヌリモードで約20時間)。18KPG(直径45.0mm、厚さ15.1mm)。非防水。世界限定1本。参考商品。