エクストリームウォッチ最前線(後編)

FEATURE本誌記事
2020.09.01

過酷な環境への挑戦

大深度で掛かる想像を絶する水圧や氷点下をはるかに下回る低温度など、装着者の生命活動すら困難な環境下においても計時という任務の遂行を求められるエクストリームウォッチ。今回はそんな、尖ったスペックを持つ特別な時計たちをクロノスドイツ版の記事からピックアップし、再編集してお届けする。また、本特集ではエクストリームウォッチの紹介だけではなく、これら圧倒的スペックが実際に必要とされる環境に身を投じる冒険家へのスポンサー活動や、冒険家が挑戦するためのステージである「大自然」を保全していくブランドの取り組みも併せて取り上げたい。

イェンス・コッホ、アレクサンダー・クルップ:文 Text by Jens Koch(p.92-96), Alexander Krupp(p.90-91, 97-99)
岡本美枝:翻訳 Translation by Yoshie Okamoto


すべてのタフガイへ過酷な環境のための時計

本パートで紹介するツールウォッチは、臆病者のための時計ではない。これらモデルを使いこなすこと。それはすなわち、限界に挑むタフガイの証しである。

防水性能 WATERPROOF

シーマスター プロプロフ

オメガ「シーマスター プロプロフ」
自動巻き(Cal.8912)。38石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約60時間。T(i 縦48×横55mm)。1200m防水。126万円。問/オメガお客様センター Tel.03-5952-4400

 オメガといえば、プロフェッショナル仕様のダイバーズウォッチで知られる時計ブランドである。ラインナップを牽引するモデルはなんといっても「シーマスター プロプロフ」だろう。プロプロフとは、フランス語で職業ダイバーを意味する「plongeur professionnel」の略語である。一際目を引くこの計器はまさに、究極の要件に耐える時計として、1960年代の終盤に職業ダイバーと共同で開発された。プロプロフは技術の発展が著しい今日においても、最高のスペックを備えている。巨大なケースの防水性能は初代の600mから1200mに引き上げられ、軽くて海水に強いチタン製となった。ブレスレットには賢く設計されたふたつのクイックエクステンションを備え、ケースに備えられた2時位置側のボタンで両方向に回転するベゼルのロックを解除することができる。動力の伝達効率の高いコーアクシャル脱進機を備えた自社製ムーブメントも秀逸で、構成部品が非磁性材料で出来ていることから、耐磁性能を維持しつつトランスパレントバック化が実現している。

耐衝撃性能 SHOCK RESISTANCE

RM 27-03 トゥールビヨン ラファエル・ナダル

リシャール・ミル「RM 27-03 トゥールビヨン ラファエル・ナダル」
手巻き(Cal.RM27-03)。19石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約70時間。クォーツTPT®×カーボンTPT®(縦47.77×横40.30mm)。50m防水。世界限定50本。生産終了。問/リシャールミルジャパン Tel.03-5511-1555

 ラファエル・ナダルの手首で世界最高峰のトーナメントに持ちこたえた時計は、テニス以外の過酷な活動においてもそつなくこなすに違いない。これは、概してデリケートと言われる複雑なトゥールビヨンを備えたモデルであっても変わらない。リシャール・ミルは卓越した耐衝撃性能を、衝撃と破断に強い素材、カーボンTPT®製スケルトン地板とミドルケースを一体化することで実現した。ベゼルと裏蓋は打撃や熱に強い素材、クオーツTPT®で出来ている。これらの素材は、分離積層、加熱といった複雑な工程を経て製造される。積層構造になっていることから、フライス加工を行うと個体独自の模様が表面に現れる。つまり同モデルは50本販売されたが、ひとつひとつが世界で唯一無二の時計となる。

耐傷性能 SCRATCH RESISTANCE

アベンジャー クロノグラフ 45 ナイトミッション

ブライトリング「アベンジャー クロノグラフ 45 ナイトミッション」
自動巻き(Cal.13)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。Ti +DLC(直径45mm、厚さ16.46mm)。300m防水。62万4000円。問/ブライトリング・ジャパン Tel.03-3436-0011

 ステンレススティールやチタン製ケースに耐傷性を与える手法で好まれるのがDLCコーティングである。DLCはダイヤモンドライクカーボンの略で、ダイヤモンドに似た組成を持つ炭素を意味する。この表面処理により、高い硬度が可能になるばかりか、その外観にはブラックカラーによってよりスポーティーな印象が与えられる。成功例のひとつがブライトリングの「アベンジャー クロノグラフ 45 ナイトミッション」である。パイロットウォッチのデザインだが、逆回転防止ベゼルや300m防水など、ダイバーズウォッチの特性も併せ持つ。

パイロット・ウォッチ・オートマティック・トップガン

IWC「パイロット・ウォッチ・オートマティック・トップガン」
自動巻き(Cal.32110)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。セラミックス(直径41mm、厚さ11.4mm)。6気圧防水。68万円。問/IWC Tel.0120-05-1868

 純粋に耐傷性の観点から言えば、時計のケースに用いられる素材でセラミックスに勝る材料はない。ただし、注意しなければならない点もある。表面に傷が付きにくいこのハイテク素材は強い衝撃に対してもろいため、硬い床に落とすと欠けてしまう可能性がある。しかし、高級時計の扱いに慣れているユーザーなら、IWC「パイロット・ウォッチ・オートマティック・トップガン」のようなセラミックス製モデルを傷ひとつない状態で長い間、楽しむことができるだろう。また、軟鉄製インナーケースでムーブメントを包んでいるため耐磁性能を備えており、内部機構の耐久性も向上している。

温度耐性 TEMPERATURE RESISTANCE

シーマスター プラネットオーシャン マスター クロノメーター

オメガ「シーマスター プラネットオーシャン マスター クロノメーター」
自動巻き(Cal.8900)。39石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約60時間。SS(直径43.5mm)。600m防水。72万円。問/オメガお客様センター Tel.03-5952-4400

 あまり知られていないが、オメガの一部モデルでは-55~-40℃でも凍結しない特殊なオイル(凝固点-30℃)をムーブメントに使用している。なお、オメガが発行する機関誌「OMEGA LIFETIME」では、同オイルを使用したモデルにおける温度耐性の高さを証明すべく、「シーマスター プラネットオーシャン マスター クロノメーター」を冷凍室に入れ、-70℃の状態で4時間置くというテストを行ったことがある。さすがに-70℃においてはオイルが凝固してしまったため、動作することはなかったが、自然解凍ののち、時計は問題なく動作を再開した。また、一度凝固したオイルにも劣化は見られなかったという。

EZM9.TESTAF

ジン「EZM9.TESTAF」
自動巻き(Cal.SW200-1)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。T(i 直径44mm、厚さ12mm)。20気圧防水。64万5000円。問/ホッタ Tel.03-6226-4715

 高張力チタン製ケースの恩恵により、このインストゥルメントウォッチは軽い上に丈夫で、「テギメント」と呼ばれる表面加工技術によって傷にも極めて強い。同作で表面の耐傷性と同じように利用価値が高い特徴が、温度変化にも強いことである。ジンは、耐久テストを環境試験装置の中で長時間行い、温度変化が-45~+80℃という過酷な環境下でもムーブメントが問題なく機能することを実証している。また、ジン独自のArドライテクノロジーにより、極端な温度変化の際も風防が曇ることなく、いかなる環境下でも時刻を判読できる。20気圧の防水性能と高高度飛行に不可欠な負圧耐性は、パイロットウォッチのための技術基準、TESTAF認証において重要なテスト項目である。TESTAFは、ジンが中心となって制定されたパイロットウォッチ標準規格である。

 カウントダウン式のパイロットベゼルもこの時計の特徴のひとつである。回転ベゼルは、外れてなくしてしまわないように特殊結合方式で固定されている。使用頻度が高く、危険に最もさらされることの多いこのパーツはサファイアクリスタルがベゼルリングをカバーすることで、傷から守られている。ケース構造にメリットをもたらす数多くのテクノロジーにより、ジンはコックピットの中だけでなく、地上の寒冷地や発熱体の近く、また、硬い装備品や岩盤に接触する危険のある場所での利用に最適な時計を作り上げた。厚さ12mmと極端に厚くなく、カーフレザー製やシリコン製ストラップ、テギメント加工されたチタン製ブレスレットなど、さまざまなブレスレットが用意されていることから、あらゆる場所での使用にふさわしい。