多彩な時刻表示形式から見えてくる各社のコンセプト

FEATUREその他
2021.01.03

時計とは、時を刻み、使用者に対して時刻を表示する機能を有する機器である。文字盤は使用者が時刻を読み取る際のインターフェイスであり、その最適解を探るべくさまざまな試行錯誤が行われてきたことは想像に難くない。表示形式が変われば内部の機構に対する要求が変わり、文字盤デザインにも大きな影響を及ぼす。言い換えると、表示形式の選択は時計のデザインやコンセプトを大きく定めるものである。そこで今回は近年に発表されたモデルの中から、表示形式に着目してピックアップし、その特徴について解説する。

佐藤心一:文
Text by Shinichi Sato
2021年1月3日掲載記事


主流派である回転する針による時間表示

 ほとんどの時計が採用するのは、ダイアル中心を回転軸とする時分針を備えるものである。秒針は、センターに備えられるものや、サブダイアルに配置されるものだけでなく、そもそも備わっていないものある。針が1周すると元の位置に戻るため、例えば分針ならば59分を超えると60分=次の時間の0分となる。歯車の回転で時計の動きを作り出していることを考えると、最も自然な表示形式と言える。

IWC「ポルトギーゼ・オートマティック 40」
自動巻き(Cal.82220)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SS(直径40.4mm、厚さ12.3mm)。3気圧防水。72万5000円(税別)。問/IWC Tel.0120-05-1868

 また、針の向く方向によって時間を示すため、直感的に時間を読み取りやすいというメリットもある。IWCの「ポルトギーゼ・オートマティック 40」のように、大きなスモールセコンドダイヤルを配することで、“6”のインデックスが隠れてしまったとしても、時分の読み取りに支障はないはずだ。


レトログラードによる時間表示

 レトログラードは、多くは360°以下の扇型の表示部を備え、円弧の中心に回転軸を持つ針が動き、円弧の端に針が到達すると逆側の端まで針が戻ってゼロ位置から再スタートするものである。曜日表示やパワーリザーブ表示に用いられることの多い機構であるが、時間表示として採用したものも存在する。

 レトログラードを採用すると、円形のインダイアルが不要となるため、デザインに自由度が増し、針のスタート位置や文字盤上の配置の工夫が可能となる。レトログラードの動きをブランドの世界観を表現するのに上手く取り入れているのが、ヴァン クリーフ&アーペルの「ミッドナイト ポン デ ザムルー」だ。

ヴァン クリーフ&アーペル「ミッドナイト ポン デ ザムルー」
自動巻き。(Cal.Valfleurier Q020)。パワーリザーブ約36時間。2万8800振動/時。18KWG(直径42mm)。3気圧防水。1178万1819円(税別)。問/ヴァン クリーフ&アーペル ル デスク Tel.0120-10-1906
分を表示するのが男性で、12時になるまでに何度も橋の上に男が駆け寄る様子は、男女の関係性を良く表していると感じるのは筆者だけだろうか?

 9時側に時間を表示する女性が、3時側に分を表示する男性が配置され、それぞれが文字盤上を往復する機構を持つ。文字盤にパリの夜景をグリザイユエナメルで描くことで、12時ちょうどに橋の上で待ち合わせする恋人たちがキスをする様子が表現されている。アルフレッド・ヴァン クリーフとエステル・アーペル夫妻が、家族愛を不変性のあるジュエリーで表現すべく創業したヴァン クリーフ&アーペルらしいモチーフだ。


7セグメント表示器を用いたデジタル表示

 デジタルとは、1、2、3、といった整数のように、途切れ途切れで間に数値が存在しない数で表すことを指す。時計の場合は、3時10分3秒であれば“03:10:03”といったように明確に数字で時間を表示し、3秒の次は4秒と途中の時間を取り扱わない(ここでは表示部について述べていることに注意。内部処理は、より短い時間間隔でカウントしている)。

 この数字を表示する方式で現在最もメジャーなのが、7セグメントと呼ばれる“日”の形に配置された7本の棒に明暗差を与えて十進法のアラビア数字を表すものである。この方式であれば、単純化されたアラビア数字の表示を、7つの棒がそれぞれ明か暗か(ビット値が"1"か"0"か)の組み合わせで管理できる。この点が、デジタルウォッチが登場した当時では、性能と小型化が望めなかったロジック回路やマイコンとの相性が良く、好都合であったのだ。

ハミルトン「ハミルトン PSR」Ref.H52424130
クォーツ。SS+イエローゴールドPVD(縦34.7mm、横40.8mm)。10気圧防水。12万円(税別)。世界限定1970本。限定BOX付き。問/ハミルトン/スウォッチ グループ ジャパン Tel.03-6254-7371
時計ファンの中には「フォント好き」も多い。デジタルウォッチの普及が、7セグメント表示に適した角ばったフォントの活躍範囲を広げたとも言える。

 そんなデジタルウォッチ黎明期に登場した世界初のLED式デジタルウォッチ、ハミルトン「ハミルトン パルサー」を復刻したのが、ハミルトン「ハミルトン PSR」である。ハミルトン PSRは、液晶ディスプレイとOLED(有機EL)テクノロジーを組み合わせたハイブリッドディスプレイを採用し、時分を常時表示する。3時位置のボタンを押すとLEDが点灯して時刻が明るく表示される。

 デジタル表示は指し示す時間が明確であるため、ストップウォッチとの相性が良い点が特徴だ。また、制御次第で任意の数字を表示可能で、表示部の工夫でアルファベットも表示できるため、マイコンを搭載した多機能ウォッチを発展させる土壌となった。

 多機能ウォッチの世界を切り開くのに、最も貢献したもののひとつがカシオだろう。1980年代に電話帳機能を搭載したデータバンクを発表している。そんなカシオは2020年、G-SHOCKのワークアウト向けコレクション「G-SQUAD」に「GBD-H1000」を追加した。本作では、心拍数測定用の光学式センサー、方位・気圧/高度・温度を計測するトリプルセンサー、加速度センサー、GPSを搭載する。そこから得られたデータからワークアウトの進捗を解析し、液晶画面に必要な各種情報を表示する。ワークアウト中に瞬時に読み取るためには表示の視認性が重要となるため、これまでのデジタル表示のノウハウが活かされていることは間違いない。

G-SHOCK「G-SQUAD GBD-H1000」
クォーツ。パワーリザーブ約14時間(トレーニングモード時。時刻モードでは約12カ月)。樹脂(縦63×横55.0mm、厚さ20.4mm)。20気圧防水。5万円(税別)。問/カシオ計算機お客様相談室 Tel.03-5334-4869


7セグメント表示だけではないデジタル表示

 先にも示したように、デジタルとは途切れ途切れで途中の数字を扱わないことを指すため、7セグメント以外の方法でもデジタル表示は可能だ。日付が0時に瞬時に切り替わるのも、デジタルな表示を採用していると言える。これと同様のアプローチを取っているのが、ジャンピングアワーである。

 シャネル「ムッシュー ドゥ シャネル ブルーエディション」では、オフセンターに配された分表示のレトログラード、その6時位置にスモールセコンド、文字盤6時位置に枠で囲まれたジャンピングアワーを備える。

シャネル「ムッシュー ドゥ シャネル ブルーエディション」
手巻き(Cal.1)。30石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KWG(直径40mm)。30m防水。世界限定55本。427万円(税別)。問/シャネル(カスタマーケア) Tel.0120-525-519

 また、近年は休止状態にあった「ジェラルド ジェンタ」ブランドを復活させる際に、ブルガリが選んだモデルが分表示のレトログラードを備える「アリーナ バイ レトロ」だ。その20年発表モデルが「アリーナ バイ レトロ スポーツ」である。文字盤中央を回転軸とする分表示のレトログラード針、文字盤12時位置に配置されたジャンピングアワー、6時位置に日付表示のレトログラードを備える。

 ジャンピングアワーは、レトログラード同様に時計デザインの自由度を高める。デザインに対する明確な理念を持つシャネル、ジェラルド ジェンタ、そしてブルガリがジャンピングアワーを選択し、文字盤上で最も目立つ位置とサイズで分表示のレトログラードを配している点は非常に興味深い。

ジェラルド ジェンタ「アリーナ バイ レトロ スポーツ」
自動巻き(cal.BVL 300 バイ レトロ)。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Ti(直径43mm)。100m防水。161万円(税別)。問/ブルガリ ジャパン Tel.03-6362-0100


回転する針を用いても多彩なバリエーションがある

 針が1秒毎に明確に切り替わるステップ運針をするもの、秒針が途切れなくスムーズに回転するスイープ運針をするもの等、針の動き方はさまざまだ。

 秒針のスイープ運針を実現するスプリングドライブを採用したのが、クレドール「叡智Ⅱ」の瑠璃色磁器ダイアルモデルである。スプリングドライブは、針の駆動力を主ゼンマイから取り、そのゆるむ速度を電磁ブレーキによって制限するため、太く、重い針を動かすことが可能である。途切れなく流れる時を表現するには、滑らかな秒針の動きが必要であるとの美学を感じるモデルである。

 また、針を1本しか備えず、時分をそこから読み取るモデルも存在する。ここまでに示した各形式は、時分秒を別個の要素で示すものであったが、引き算のデザインを突き詰めて、単一の要素で時刻を表示するのがこの方式だ。シングルハンド(1本針)の時計のみを製造する「マイスタージンガー」はその代表例であり、最近ではモンブランが「1858 オートマティック 24H」をコレクションに追加している。

モンブラン「モンブラン 1858 オートマティック 24H」
自動巻き(Cal.MB 24.20)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。10気圧防水。SS×ブロンズ(直径42mm、厚さ11.2mm)。33万円(税別)。問/モンブラン コンタクトセンター Tel.0120-99-8291

 24時間で1周する単一針が、インデックスとインデックスの間のどの位置を指し示しているかから、1時間のうちで何分頃かを読み取る。1周24時間の場合は、1時間に相当する角度が15°であるため、読み取りを容易にするために先端が細い針が用いられることが多い。また、単一針でも5分、あるいは10分単位の時間を読み取りやすくする文字盤デザインも必須となる。機能とデザインの結びつきの純度が高い表示形式であると言えるだろう。

 デザインや機能、機構、あるいは構成部品の改良に着目されることの多い時計であるが、時刻を伝えるインターフェイスの仕様を決める表示形式について考察することは、各社のコンセプトを読み取る一助となるだろう。時計の選択に当たってこれを考えることは、より深くそのモデルを理解することにつながるのではないだろうか。


特別な時計を求める人のために、ジェラルド ジェンタ「アリーナ バイ レトロ スポーツ」

https://www.webchronos.net/news/51941/
【2020新作時計】ハミルトン「ハミルトン PSR」

https://www.webchronos.net/news/43911/
ヴァン クリーフ&アーペルに男性用「ミッドナイト ポン デ ザムルー」が登場

https://www.webchronos.net/news/49683/