古典を革新する力 ブレゲ「クラシック」(後編)

FEATURE本誌記事
2022.12.07

アントワーヌ・レピーヌから薄いキャリバーを引き継いだアブラアン-ルイ・ブレゲは、1780年代以降、時計のスタイルをまったく新しいものに進化させていった。文字盤全面に施されたギヨシェ彫り、視認性に優れるローマ数字のインデックス、そしてひと目で分かる通称「ブレゲ針」などなど……。その集大成とも言えるのが、今のブレゲの「クラシック」コレクションだ。優れた意匠を踏まえつつ、丁寧にアップデートするという営みは200年前にブレゲ本人が目指したものと、何ひとつ変わっていない。

奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
菅原茂、広田雅将(本誌):文 Text by Shigeru Sugawara, Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年1月号掲載記事]


エナメル文字盤
ENAMEL DIAL

ブレゲのアイコニックなダイアルは、ギヨシェ彫りにとどまらない。エナメルダイアルもそうだ。創業者ブレゲの時代に多用されたエナメルダイアルは、現代の「クラシック」コレクションにも生かされている。ピュアで美しい伝統的なグラン・フー・エナメルが、ブレゲの腕時計に高貴で格別な味わいをもたらす。

クラシック トゥールビヨン エクストラフラット オートマティック 5367

クラシック トゥールビヨン エクストラフラット オートマティック 5367
11時方向に微妙にオフセットしたダイアルはグラン・フー・エナメル。ブレゲの懐中時計を思わせるデザインの中で5時位置のトゥールビヨンが存在感を主張する。伝統的なエナメルに対し、超薄型のトゥールビヨンムーブメントにはブレゲの最先端技術が駆使されている。自動巻き(Cal.581)。33石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約80時間。Pt(直径41mm、厚さ7.45mm)。3気圧防水。2223万1000円(税込み)。

 歴史的なブレゲ時計のダイアルには、ギヨシェ彫りとエナメルの2種類がある。ローマ数字を配したチャプターリングや各種の付加機能が備わるモデルにはギヨシェ彫りダイアルが多用され、斜体アラビア数字の「ブレゲ数字」を用い、機能が比較的シンプルな初期のモデルではエナメルダイアルが目立つ。

 ヘリテージを色濃く反映する現在の「クラシック」コレクションにも、そうした2系統のダイアルがほぼ受け継がれている。現代ではエナメルそのものに稀少価値があり、その魅力を堪能するにはシンプルなデザインに勝るものはない。見事な例がこの「5367」である。ブレゲのグランドコンプリケーションでは初のグラン・フー・エナメルダイアルを採用したこのモデルは、超薄型自動巻きトゥールビヨンムーブメントを搭載し、美観と機構というブレゲの貴重なふたつの遺産を現代の腕時計に表現した逸品だ。

クラシック トゥールビヨン エクストラフラット オートマティック 5367

1780年代から1800年頃のブレゲの懐中時計に用いられていたエナメルダイアルとその特徴的なデザインを現代の腕時計に再現するのも「クラシック」コレクションならではの魅力。グラン・フー・エナメルをはじめ、ブレゲ数字のアワーマーカー、星とダイヤモンド、百合のモチーフを組み合わせたミニッツマーカー、ブルースティールのブレゲ針、すべてが歴史的なモデルに由来するシグネチャーだ。

 複雑で精巧なギヨシェ彫りに対して、エナメルは至ってシンプルに見えるが、実際は同じように高度な職人技が求められる。ダイアルとなる金属板にガラス質の釉薬を塗り、炉に入れて高温で焼き上げ、表面に艶やかなエナメルを作り出すのが基本的な製法だが、ブレゲが「クラシック」のダイアルに用いるグラン・フー・エナメルはとりわけ難度が高い。

 通常のエナメルとグラン・フー・エナメルとの違いは焼成温度にある。一般的にグラン・フーでは炉焼きの温度が通常の摂氏800度を上回り、摂氏1000度に達する。そのため直訳すれば「大きな炎」という言葉でこの伝統技法が呼ばれているが、このように超高温で焼成する場合、炉の温度管理はもとより、炉入れの回数、1回ごとの時間の見極めは難しく、そのパラメーターはまさに熟練職人のみが知る一種の秘術だ。こうして生まれるのが極上の艶と滑らかさ、そして均一で純粋な色である。ブレゲは高品質のホールマークのように「EMAILLEGRAND FEU(グラン・フー・エナメル)」の文字をダイアルに記している。

 さらにダイアルの魅力を増すディテールは、シルバーのパウダーで精密に描かれたブレゲ数字や目盛り、そしてブルースティールの針だ。ダイアルに投入された絶妙な職人技を考えれば、これもまた芸術作品と呼べる。

クラシック 5177 グラン・フー・ブルーエナメル

クラシック 5177 グラン・フー・ブルーエナメル
2019年発表のこのモデルではグラン・フー・エナメルに初めてブレゲ・ブルーを採用。ロジウム仕上げスティールのブレゲ針、シルバーのパウダーでかたどられたブレゲ数字、星・ダイヤモンド・百合のモチーフによるミニッツマーカーがブルーに美しく映える。自動巻き(Cal.777Q)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。18KWG(直径38mm、厚さ8.8mm)。3気圧防水。325万6000円(税込み)。