ジュネーブ最後の〝キャビノチェ〟フランク ミュラー3つの美徳

FEATURE本誌記事
2023.06.04
PR:FRANCK MULLER

1979年に時計作りを始めた時計師、フランク・ミュラー。95年以降、彼が本社兼工房として発展させてきたのが、ジュネーブ郊外のウォッチランドである。92年に創業された時計ブランド、フランク ミュラーは2005年に一貫生産体制を整えたが、一通りの完成を見たのは18年のこと。ついに全貌が明らかになったウォッチランドは、想像以上の〝キャビノチェ〟であったーー。

フランク ミュラーの本社兼工房

フランク ミュラーの本社兼工房であるウォッチランドは、ジュネーブ郊外のジャントゥにある。中央奥に見えるのは、1905年に建てられた邸宅。約四半世紀をかけて、4つの棟が増設された。一見、時計工房に見えないのは、厳しい建築規制があるため。現在、500名のスタッフが在籍する。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年7月号掲載記事]


Inside the Latest FRANCK MULLER WATCHLAND

 時計師としてのフランク・ミュラーが傑出した存在であることは言をまたない。彼は〝独立時計師〞という職業を打ち立てただけでなく、独自のスタイルを築き、やがてフランク ミュラーを高級時計ブランドへと昇華させた。支えてきたのは、本社兼工房のウォッチランドである。

ウォッチランドにスタッフの多くが長く定着する一因が、周囲の優れた環境である。ジュネーブの市街地から車でわずか15分。しかも、工房からはレマン湖が一望できる。

 1992年創業のフランク ミュラーは、95年に設けたウォッチランドを、一大マニュファクチュールとして整備してきた。しかし、フランク・ミュラー自身も、ブランドとしてのフランク ミュラーも、その内実を積極的に明かしてこなかった。半端な状態での公開を望まなかったためだろう。しかし、一部のメディア関係者が「永遠に終わらない」と評していた工事は2018年に一段落し、ようやくウォッチランドの全容がお披露目された。

ケースの磨き工程。ジュウ渓谷にある自社工場で製作されたケースは、ウォッチランドで研磨される。責任者のマルタン・マニュエル氏曰く「ケースを磨くには、最低6年の経験が必要です」。

ウォッチランドで最も驚かされたのが、ネジの製造工程だった。これは、ムーブメントをケースに固定するネジ。歯車はもちろん、リュウズなど、ほぼすべての部品を内製している。

 ウォッチメーカーとしてのフランク ミュラーの個性、換言すれば、美徳は3つある。トゥールビヨンをはじめとする自社製ムーブメント、トノウ カーベックスが象徴するユニークなデザイン、そして両者の高度な融合だ。ウォッチランドの生産体制を見ると、なるほど、このメゾンが他にはない時計を作り続けられてきたことがよく分かる。1992年にわずか3名で始まったウォッチランドは、現在500名のスタッフを擁するまでになった。

自社製ムーブメントの大きな特徴であるチラネジ付きのテンワ。チラネジを取り付け、片重りを取る作業もウォッチランドで行われる。ひとつ組むのに最長30分かかるのも納得だ。

フェルトを使用した面取り作業の最終段階。2枚の革、ブナの木、そしてフェルトなどを使って、エッジに鏡面を与えていく。場合によっては、ヤスリを併用して、角を整えていく。

 これほど拡大した理由は、デザインから自社製ムーブメントの製造・組み立て、そしてプロトタイプの外装製造までを行うためだ。しかも、その「純度」は極めて高い。例えばネジ。多くのメーカーはサプライヤーから購入しているが、フランク ミュラーは自製している。テンワもチラネジも内製、ヒゲゼンマイを巻く作業も社内で行うというから、ウォッチランドはスイスでも稀有なマニュファクチュールと言えるだろう。

巻き上げヒゲゼンマイの立ち上げカーブのクセ付け工程。作業をするのは、ジュネーブの有名メゾンでヒゲゼンマイに携わってきた調整師だ。今や、専門教育を受けた調整師は稀になった。

非常に珍しい工程。自社製のヒゲゼンマイを取り付けたあと、テンワとのマッチングを踏まえて、終端をカットしていく。15種類ものテンワがあるのは、この生産体制があればこそ。

 さらに自社製ムーブメントが使うヒゲゼンマイもフランク ミュラー製なのである(ただし、ヒゲゼンマイの製造部門は別の場所にある)。その作業を見ると、ヒゲゼンマイを巻くだけでなく、ひとつひとつカットしている。しかも、テンプを組む際は、部品を組むだけでなく、仕上げも加えている。ヒゲゼンマイの作業に15分、テンプの組み立てに30分かかるという。他社から購入した方が時間は短縮できるだろうが、フランク ミュラーには15種類ものテンプがある。自社製造を選んだのも納得がいく。

グランド セントラル トゥールビヨン

グランド セントラル トゥールビヨン
新しいグランド カーベックスケースにセントラル トゥールビヨンを組み合わせた野心作。2006年にトゥールビヨンの一貫生産体制を整えたフランク ミュラーは、21年に初のセントラル トゥールビヨンを完成させた。時分針はセラミックス製ベアリングで保持され、脱進機はエレクトロフォームで成形されている。自動巻き。1万8000振動/時。パワーリザーブ約84時間。18KPGケース(縦58.6×横40mm、厚さ20.6mm)。日常生活防水。2200万円(税込み)。

 設備も充実しており、部品を製造する棟には、18台のCNC工作機械と、6台の放電加工機がある。しかし、ここで見るべきは、スタッフの質と、昔ながらの手法だろう。部品製造部門では、機械のプログラミングから切削までをひとりのスタッフが担当する。分業の進む時計業界にあって、ひとりのスタッフが、これほどさまざまな仕事を担うメーカーは珍しい。

2023年の新作に採用されたグランド カーベックスケースは、風防を支えるベゼルをケースから独立させ、風防とケースの内側に組み込むことで、サファイアクリスタル風防を12時と6時方向のケースエンドまで延長させ、立体感を強調した試みである。デザインを手掛けたのは、在籍13年のジョンルー・グレナ氏。「ヴァンガードが強調したアヴァンギャルドに、アールデコやバロックを加えた試み」と説明する。「フランク ミュラーの要素のひとつはカーブ」と語るグレナ氏。文字盤の渦巻き状のクル・ド・パリのギヨシェ模様は、流れる時をイメージしたものだという。

 結果として、ウォッチランドには、優れたスタッフが長期間留まるようになった。10年や20年籍を置くスタッフは珍しくないし、外装研磨部門の責任者であるマルタン・マニュエル氏に至っては、長いキャリアをフランク ミュラーのみで過ごしているという。しかも、彼らスタッフの多くは、スイスの一流ウォッチメーカー出身なのだ。なぜウォッチランドへ転職したのかと尋ねたところ「さまざまな仕事ができるし、環境が良いから」とのことであった。

「グランド セントラル トゥールビヨン」のケース構造。ケースにムーブメントを直付けする構造が見て取れる。

トゥールビヨンを支える枠のスケッチ。

 いっそう昔ながらの時計作りを感じさせるのは、仕上げ部門である。研磨に使われるディスクは、ふたつが革、ひとつがブナの木、そしてもうひとつが仕上げ用のフェルトである。こういうツールを使って、例えばトゥールビヨンの受けならば、約4時間をかけてエッジを整えていく。面取りだけで13名のスタッフがいるというから、規模はかなり大きい。

パトリス・クストン

ウォッチランドのトゥールビヨン専門工房。同工房を率いるのは、2002年からトゥールビヨンに携わるパトリス・クストン氏。独学で設計を学んだという彼は、「グランド セントラル トゥールビヨン」を設計した。「やりたいと言えば何でもできるのがフランク ミュラーの魅力」と語る。

同工房に在籍するのは10名の時計師。キャリッジの組み立てからケーシングまで、すべての作業をひとりの時計師が担当する。「組み立てに必要な時間は最低1週間」という。

 質の高いスタッフと古典的な時計作り。このふたつを強く感じさせるのが、トゥールビヨンの組み立て工房だ。他社との違いはふたつ。時計師は基本的に生え抜きで、サブアッセンブリーの工程が存在しないことだ。トゥールビヨン部門の責任者はこう語った。「普通のモデルを組み立てる時計師の中から、優秀な人材を選抜しています。モチベーションは上がりますよね」。

(左)「グランド セントラル トゥールビヨン」のキャリッジ。ホゾの磨きも時計師が担当するというから、まるで昔の時計工房だ。
(右)組み立て中の「グランド セントラル トゥールビヨン」。主ゼンマイを巻く角穴車を仕上げる作業は、時計師の担当である。

 そして、その時計師たちがキャリッジの組み立てからケーシング、場合によっては追加仕上げまで行っているのである。時計師たちがヤスリを手にキャリッジを組み上げる様は、分業が当たり前となった21世紀の光景とは思えない。しかも複雑時計を組み立てる時計師たちの工房は、社屋の最上階に設けられている。まさに〝キャビノチェ〞なのだ。

フローリアン・グレイフィエ

古典的なムーブメントをスケルトン化し、モディファイした「ヴァンガード 7デイズ パワーリザーブ スケルトン」。設計したのは、フローリアン・グレイフィエ氏だ。「このムーブメントはスケルトン化で生き返った」と語る。

 もっとも、フランク ミュラーの面白さは、古典的な手法でモダンな表現を行う点にある。例えば、新しい「グランド カーベックス」。立体的なケース形状は従来に同じだが、ケースが2層構造になり、サファイアクリスタルは上下方向に延長された。このケースにトゥールビヨンを載せた「グランド セントラル トゥールビヨン」は、内外装を高度に融合させた試みである。フランク ミュラーのムーブメントは、2000年代半ばからスペーサーを介さず、ケースに直接固定されるようになった。ケースとのクリアランスはわずか100分の6㎜。ムーブメントとケースの設計を1カ所で行うことで、厳密な管理が可能になったのだ。

(左)スティールパーツの面取り。ワイヤ放電加工機で抜かれた部品は、スティールのヤスリで面が整えられる。スティール専門の磨き職人が在籍している。
(中)地板を磨く工程。エッジはある程度成形されているが、丸みを持った鏡面を与えるのはあくまで手作業だ。木にダイヤモンドパウダーを付けて、丁寧に角を丸めていく。
(右)加工された地板。「切削する際の音や振動で機械を微調整する」というノウハウにより、部品の加工精度は±2ミクロン(!)に収まる。

「ヴァンガード 7デイズ パワーリザーブ スケルトン」もウォッチランドならではのタイムピースだ。これはかのピエール・ミシェル・ゴレイ氏が設計した古典的な7日巻きムーブメントをモダンに再解釈したもの。デザイン担当は、「グランド セントラル トゥールビヨン」と同じジョンルー・グレナ氏。ムーブメントを仕立て直したのは複雑時計の設計を行うフローリアン・グレイフィエ氏。

「本来は他の部門で設計をするのだが、非常に難しいので複雑時計部門で担当した。私たちは今までにないものを作ろうと考えている。その点、他の部門とコミュニケーションを取りやすいフランク ミュラーはやりやすい」とグレイフィエ氏は語る。確かに、歩いてすぐのところにデザイン部門や製造部門があれば、コミュニケーションはやりやすいに違いない。

ヴァンガード 7デイズ パワーリザーブ スケルトン

ヴァンガード 7デイズ パワーリザーブ スケルトン
手巻きの傑作であるCal.1702をスケルトン化し、ヴァンガードに搭載したモデル。香箱をふたつ重ねたほか、主ゼンマイの素材を見直すことで、約168時間ものパワーリザーブを実現している。巻き上げヒゲゼンマイやチラネジ付きのテンワといった、今では珍しいディテールも魅力的だ。手巻き(Cal.1740VS)。1万8000振動/時。パワーリザーブ約7日間。18KPGケース(縦53.7×横44mm、厚さ12.8mm)。日常生活防水。759万円(税込み)。

 アヴァンギャルドなイメージからは想像がつかないほど、古典的な時計作りが残るフランク ミュラーのウォッチランド。自社製ムーブメント、ユニークなデザイン、そして両者の高度な融合を可能にしたのは、ジュネーブ最後の〝キャビノチェ〞だったのである。


Contact info: フランク ミュラー ウォッチランド東京 Tel.03-3549-1949


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