ユリス・ナルダン フリーク Part.2

FEATUREアイコニックピースの肖像
2020.02.11

前例のないメカニズムに盛り込まれた革新と挑戦の系譜

2001年にリリースされたフリークは、毎年のように改良を加えられた。理由は、脱進機、設計、そしてシリシウム製の部品といった、かつてない試みを盛り込んだためである。その成り立ちと、進化の歴史を振り返ることにしたい。

>フリーク

2001年 フリーク
キャロル・フォレスティエ = カザピのプロトタイプから生まれた、ムーブメント自体が時間を示すセントラルカルーセル。シリシウム製のデュアル ダイレクト脱進機を搭載する。最初期のプロトタイプは緩急針付きだったが、後に省略された。18KWG(直径 45mm)。

 現在を代表するムーブメント設計者のひとりが、カルティエのキャロル・フォレスティエ=カザピである。本誌でも再三取り上げてきたように、彼女は設計者として、多様な傑作を作り上げてきた。その代表作は次の通りだ。ゼニス「エリート」、ピアジェ「トゥールビヨン・ルラティフ」、パネライ「トゥールビヨン」、ジャガー・ ルクルト「キャリバー750系」、カルティエの「アストロ・トゥールビヨン「」トゥールビヨン・ミステリューズ」、「キャリバー1904M C」など。そんな彼女の事実上の初作が、後にフリークの原型となる「センターカルーセル」だった。

時計師の一族に生まれ、長らくトゥールビヨンに魅せられていたカザピは、1軸のトゥールビヨン、またはカルーセルを作るというアイデアを思いついた。ちなみにカルーセルもトゥールビヨンも、重力の影響をキャンセルするメカニズムだが、厳密に言うと、構造は多少異なる。4番車を固定しないのがカルーセルで、固定したものがトゥールビヨンだ。彼女は、それがカルーセルになるかトゥールビヨンになるかはさておき、重力の影響をキャンセルする1軸のムーブメントを作りたかったのである。彼女が後に「トゥールビヨンの女王」と称されるのも納得ではないか。

フリーク 28’000V/h

2005年 フリーク 28’000V/h
脱進機をデュアル インダイレクト(後のデュアル ユリス)に改めたモデル。併せて振動数も2万8800振動/時に向上した。しかし、小さな拘束角と高い等時性という特徴は変わらない。以降、この脱進機はフリークの標準装備となった。18KWG(直径 45mm)。
フリーク ダイヤモンドハート

2005年 フリーク ダイヤモンドハート
シリシウム素材よりも安定しているダイヤモンドは、脱進機に向く。シリシウムをやめ、DRIEプロセスで成形されたダイヤモンド製脱進機を搭載したのが本作。しかし、製造コストが高すぎたため、わずか99本の限定生産に留まった。Pt(直径 45mm)。

 彼女はコンピュータで設計を起こし、続いて家族の協力を得てプロトタイプを完成させた。これは、ムーブメントの外周に置いたゼンマイで、ムーブメントを格納したチタン製 キャリッジを60分で1回転させるというものだった。ちなみにこの時計にリュウズはなかったが、キャリッジの外枠に設けられたスライダーを動かすことで、巻き上げと時刻合わせが可能だった。カザピはこのセンターカルーセルでブレゲ賞を獲得し、気鋭の設計者として注目されるようになる。後に彼女はこう語った。「すべてのスーパートゥールビヨンの始まりは、ここからでしょうね」。事実、彼女はこのアイデアを熟成させ、複雑なトゥールビヨンを作るようになる。

 1983年にユリス・ナルダンを買収したロルフ・シュニーダーは、いわゆる「天文三部作」や「パーペチュアル・ルードヴィヒ」といった野心的なモデルで、同社に名声をもたらしつつあった。続いて彼は、技術力はあるもののエタブリスールに留まっていた同社を、完全なマニュファクチュールにしようと考えた。シュニーダーは「センターカルーセル」のアイデアを買い取り、ルードヴィヒ・エクスリンとピエール・ギガックスに製品化を命じた。

2007年 フリーク ダイヤモンシル
生産性と耐久性を両立させる試み。脱進機の素材に、シリシウムではなく、シリシウムの上にダイヤモンドを生成したダイヤモンシル(DIAMonSIL)を採用したモデルである。脱進機は従来に同じく、デュアル インダイレクト。世界限定28本。Pt(直径 45mm)。
イノヴィジョン

2007年 イノヴィジョン
完全な無注油を目指した、フリークのプロトタイプ。ボールベアリングで保持された香箱や、シリシウム製のヒゲゼンマイや耐震装置などが用いられている。以降、ユリス・ナルダンは改めてシリシウム技術に注力することとなる。未発売。Ti(直径 45mm)。

 カザピのプロトタイプを手にしたエクスリンは、出来は良いと評したものの、パワーリザーブが短く、時針がないため商品にならないと考えた。しかし、アイデアを気に入ったロルフ・シュニーダーは、すでに販売の約束をしてしまっていた。エクスリンは駆動時間を延ばすためムーブメントの中心に主ゼンマイを置こうと考えたが、サイズが大きくなってしまう。そこで7日巻き(当初は8日巻きだった)の長いゼンマイの上に、時間を示すためのキャリッジと一体化したムーブメントを載せることを思いついた。回転するムーブメント自体が時間を示すというフリークの骨子は、ここに完成を見たのである。

 同時期に、エクスリン博士は新しい脱進機 のアイデアを持っていた。これは、アンクルを持たず、ガンギ車がブロッカーを介してテンプを叩くというものだった。ブレゲが設計したナチュラル脱進機のように見えるが、エクスリンは「むしろ、ふたつのデテント脱進機を組み合わせたようなもの」と説明をする。 彼は手持ちのクロックにこの脱進機を搭載して、満足できる性能を得た。それを、腕時計に採用しようと考えたのである。

フリーク ディアボロ

2010年 フリーク ディアボロ
カルーセルではなく60秒トゥールビヨンを搭載した初のフリーク。秒針を持つ初めてのフリークでもある。脱進機はデュアル ユリスではなく標準的なレバーに改められたが、素材は従来に同じシリシウムだ。 パワーリザーブは約8日間に延長された。18KWG(直径 45mm)。

 アンクルを持たないこの脱進機は、理論上の駆動効率が高いうえ、完全にシンメトリーなデザインを持っていた。ムーブメントを見せるフリークにはうってつけだろう。

 センターカルーセルに「デュアル ダイレクト脱進機」を載せたいというエクスリンの要望に、シュニーダーはゴーサインを出した。 しかし、この脱進機はエクスリンの期待通りには動かなかった。初期のコーアクシャル脱進機と同様に、脱進機が重く、テンプの振幅に追随できなかったのである。製品化を担当したピエール・ギガックスのチームは、脱進機の素材をニッケルやアルミニウムに替えたものの問題は解決できなかった。対して、時計学校で教授を務めていたミシェル・ベルモーは、ギガックスにマイクロエンジニアリングの世界で使われているシリシウム素材はどうかと勧めたのである。幸いにも、ギガックスは精密機器の基板を作った経験があり、シリシウムは未知の素材ではなかった。彼はCSEMにシリシウム製部品の製作を依頼し、それはすぐに、製作中のフリークに載せられた。その結果は、驚くべきものだった。

フリーク ラボ

2015年 フリーク ラボ
日付表示と新しい耐震装置のユリショックを加えたモデル。輪列を小さくまとめることで、テンプを文字盤の中心に移動させている。重量が分針側に偏っているが、受けを極限まで軽くすることで、回転体の偏心をうまく抑えている。限定99本。18KWG(直径 45mm)。

 こうして完成したフリークは、7日間の長いパワーリザーブに、シリシウム製のデュアル ダイレクト脱進機を合わせた、唯一無二のセンターカルーセルとなった。このモデルが 2001年のバーゼル・フェアの話題をさらったのは当然だろう。しかしギガックスはこうも述べている。「脱進機も素材もテクノロジーも新しいフリークは、リスキーな時計だった」。

 2001年以降、フリークは毎年のように 改良を加えられた。理由は、性能と信頼性を改善するため。ちなみにユリス・ナルダンは 必ずしもシリシウムという新素材に固執していたわけではない。しかし、07年の「イノヴィジョン」でシリシウム製の部品を大々的に採用して以降、フリークの性能と信頼性は別モノと言えるほどに改善された。以降のフリークは、ナルダンの技術力を示すためのテストヘッドへと進化を遂げることとなる。

イノヴィジョン2

2017年 イノヴィジョン2
10の技術革新を投入したプロトタイプ。シリシウム製のデュアル・コンスタント脱進機や、ふたつの部品を結合するダイレクト・シリシウム・ボンディング、グラインダー自動巻きなどを採用。輪列はLIGAで成形された24Kゴールド製。未発売。Ti(直径 45mm)。