A.ランゲ&ゾーネ/ダトグラフ

FEATUREアイコニックピースの肖像
2018.01.18
広田雅将:取材・文 奥山栄一:写真
[連載第14回/クロノス日本版 2013年3月号初出]

機械式時計がブームとなった1990年代末、その後の時計業界の在り方を決めるような傑作機がリリースされた。
A.ランゲ&ゾーネ「ダトグラフ」。
独創的な意匠と、ムーブメントの造形美という組み合わせは、多くの追随者を生んだ現在でもなお、無二の存在感を放ち続けている。

DATOGRAPH
バーゼル発表機に小改良を加えた初期型ダトグラフ

ダトグラフ
1999年初出。この個体は、2001年に販売された初期型(本誌の区分では“第2世代”)である。ムーブメントの一部部品が異なる他は、バーゼルフェアで発表されたプロトタイプにほぼ同じ。装着感が良いとはいえないし、磁気帯びしやすいという弱点もあるが、十分実用に足る。ブリュームラインがこだわったという操作感はかなり秀逸だ。手巻き(Cal.L951.1)。40石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約36時間。Pt(直径39mm)。30m防水。個人蔵。

 1999年に発表されたダトグラフは、そういって差し支えないならば、機械式時計の歴史を変えた時計である。〝今や機械式時計に求められるものは、機能でも性能でもなく、審美性である〟。ダトグラフほど、この事実を体現した時計はなかっただろう。以降、多くの時計師や時計メーカーがダトグラフに触発され、かつこの時計をベンチマークとするようになった。

 この時計に明確な個性を与えたのが、大胆なダイアルレイアウトである。文字盤側から見ると、8時位置に4番車が、4時位置に30分積算計が置かれているのが分かる。普通のクロノグラフは、それぞれ9時位置と3時位置にあるが、A.ランゲ&ゾーネは両者の位置を下げることで、アウトサイズデイトと、ふたつのインダイアルを、正三角形で結んでみせた。デザインとしては、かつてなかったものだ。A.ランゲ&ゾーネ自身も「伝統的ではない、まったく新しい意匠」(99年のプレスリリースより)と記している。しかし、決して奇異に見えないのは、6時方向を重く見せるという超高級時計のルール(往年のパテック フィリップ 永久カレンダーがそうであった)を忠実にトレースしているためだろう。

 積算計と4番車をオフセットするレイアウトは、そのクロノグラフ機構をムーブメントの中心から6時方向に押しやった。しかしA.ランゲ&ゾーネは、積算機構が重なるという制約を、部品が幾重にも重なった、立体的な造形に昇華してみせた。できるだけ部品配置を散らして重ねないことがムーブメント設計の定石である。だがA.ランゲ&ゾーネは、普通の設計者が好まない〝奇手〟を選び、意匠上の個性へと変えてしまったのだ。

 斬新だがセオリーに忠実な外装と、構造上のハンデを造形美へと転換させたムーブメント。ダトグラフの存在感は、発表から時を経た現在もなお、色褪せることはない。

(左上)表面をわずかに荒らした黒文字盤。第2世代機の特徴であるタキメーター部の「METER」表記と、秒インダイアルの太い印字が見て取れる。(右上)1994年のスケッチ画によると、ダトグラフは当初から、アウトサイズデイトを備えた手巻きクロノグラフとして企画されていた。そのアイデアは、5年後の製品版に結実する。なお搭載するアウトサイズデイトは、ジャガー・ルクルトの名設計者、ロジャー・ギニャールが手がけたもの。(中)ダトグラフをデザインしたのは、主にA.ランゲ&ゾーネでデザイナーを務めた、時計史家のラインハルト・マイス。バックケースを高く成形して、ミドルケースを薄く絞るのが“マイス流”。彼が手掛けたとされるIWCの「ポルトギーゼ・クロノグラフ」も、ケースサイドは同様の処理を持つ。時計が薄く見える反面、重心は高くなってしまう。今なお、ダトグラフの装着感が良いとはいえない理由である。(左下)この時計のハイライトが、搭載する手巻きクロノグラフのL951.1。写真が示す通り、積算計関連の部品が一カ所に集中していることが分かる。しかしラインハルト・マイスはその制約を逆手にとり、このムーブメントに部品が幾層にも重なるという意匠を与えてみせた。(右下)A.ランゲ&ゾーネの“アイコン”が、ボクシーなラグ。モデルを問わず、同様のラグが備わっている。