タグ・ホイヤー/カレラ

FEATUREアイコニックピースの肖像
2020.09.03

デザインコードなきアイコニックピース
カレラデザインの多様性

1963年の発表以降、ホイヤーのベストセラーとなったカレラ。しかし同社の急成長は、やがてカレラのデザインを拡散させていくことになる。ドレスウォッチとスポーツウォッチの狭間に揺れた往年のカレラデザインを、ジャック・ホイヤーのコメントとともに、振り返ることにしたい。

カレラ

カレラ[1966]
1966年に登場した、デイト表示付きの“カレラ 45 ダト”(Ref. 3147S)。ドレスウォッチを意識した試みか、搭載ムーブメントも多く用いられたバルジューではなく、ランデロン189であった。手巻き。17石。1万8000振動/時。SS(直径36mm)。参考商品。

 本誌のインタビューに対しジャック・ホイヤーは、視認性がいかに重要であるかを、再三にわたって強調している。そして氏がカレラの文字盤をシンプルに仕上げたかった理由は、前述の自伝を読めば理解できる。1958年に氏は、スイス国内で開催されたラリーに参加。ゴールの直前まで1位であった。しかし彼はラリーカーに据え付けられていたダッシュボードストップウォッチの表示を読み間違い、3位でゴールすることになった。

「このミスは私を激怒させた。また同時に、当時のオウタヴィア ストップウォッチは、見にくく、混乱を招き、またスピードを出しているラリーカーの中では正しく読み取ることが極めて難しいと知った」

 社に戻るなり、氏はデュボア・デプラに新しいストップウォッチの設計を依頼。完成したムーブメントは、6時位置に大きなデジタル式の12時間積算計を持つものとなった。これが伝説のダッシュボードストップウォッチ「モンテカルロ」の起こりである。

カレラ

カレラ [Mid 1960’s]
1960年代半ばに発表された第2世代。左は通称“カレラ 45 ダト”(Ref.3147S)、右は12時間積算計とデシマルメーター付きの“カレラ 12”(Ref. 2447DN)である。第2世代でインデックスは太くなったが、Ref.3147は従来通り細いものを採用。参考商品。
カレラ

カレラ [Mid 1970’s]
1970年代半ばには、クォーツムーブメントを搭載した3針のカレラがリリースされた。クロノグラフがスポーティなデザインに傾倒する一方、3針モデルはドレッシーさを強調している。おそらくは1975年製。クォーツ(ETA944.111)。7石。SS。参考商品。

 この視認性に優れるストップウォッチがジャック・ホイヤー初のプロジェクトと考えれば、氏が新しいクロノグラフにも視認性を求めたのは納得だ。また氏はおそらく、プロフェッショナル向けの「オウタヴィア」(オートモービルとアヴィエーションの造語)と性格を分けるべく、ドレスウォッチの要素をカレラに盛り込んだのではないか。

 しかしカレラのデザインは、60年代の後半以降、多方面に拡散することになる。理由のひとつはマーケティングによるものだろう。ジャック・ホイヤーはこう記している。「ブライトリングはイタリアとフランスで強かった(それはホイヤーの弱いマーケットである)のに対して、ホイヤーはドイツ、イギリス、そして何よりもアメリカで強かった」。

 当時の市場傾向を言えば、ドイツは大振りな時計を好み、アメリカは目新しい時計を歓迎した。こういった傾向が、ホイヤーのデザインにも影響を与えたと思われる。少なくとも、68年に発表された「カマロ」は、アメリカンマッスルカーの代表車種、シボレー カマロに由来する名を持ち、しかもマッシブなケースを持っていた。カレラも例外ではなく、この時代になると、ほとんどのカレラが大振りな〝Cライン風〟のケースを持つようになったのである。

カレラ

カレラ [1969]
クロノマティックを搭載した“カレラ オートマティック”(Ref.1153S)。タキメーターの表記を見る限り、1970年以降のモデルだろう。最初期型は“TACHY”の表記が9時位置にある。自動巻き(Cal.11)。SS(直径38mm)。17石。1万8000振動/時。参考商品。
カレラ

カレラ [1975]
通称“バレルケース”を持つ自動巻きのカレラ。1974〜84年の期間、カレラはすべてこのケースとなった。写真は75年に発表された、外装にPVDコーティングを施したモデル(Ref.110.571 NC)である。SS(直径39mm)。参考商品。
カレラ 40周年記念モデル

カレラ 40周年記念モデル [2004]
2004年に発表された記念モデル。1996年の“リエディション”は初作に忠実な意匠と手巻きムーブメントを持っていたが、こちらは現代風にモディファイされた。以降「タグ・ホイヤー カレラ」は、この路線でデザインを拡充させる。自動巻き(Cal.17)。SS(直径36mm)。参考商品。

 もうひとつの理由が、70年から始まったモータースポーツへの大々的な進出であった。映画「栄光のル・マン」への協力を皮切りに、ホイヤーはモータースポーツ、とりわけF1との関わりを強めていった。これは大きな成功を収め、同時にホイヤーのデザインは、スポーティなものへと変わっていく。その結果、70年代以降のカレラは、表記を加えた見返し以外に、デザイン的な繋がりを持たなくなっていくのである。

 しかし96年、タグ・ホイヤーはカレラの復活に際し、初作そっくりの意匠を与えた。「Watch time」誌のインタビューでジャック・ホイヤーは、初作と比較しながら、96年以降のカレラを次のように評している。

「オリジナルのカレラは良いモデルだった。その理由は、以降の私たちが、それをさらに改良できたからだ。カレラのデザインにあたって私たちはいくつかのルールとデザインコードに固執したし、少なくとも私はそれに携わっていたが、カレラはそれ自身をアップデートできるデザインを持っていたわけだ」

 以降、カレラのデザインはオリジナル性を踏まえたものへと進化を遂げ、カレラは再び、タグ・ホイヤーのベストセラーへと返り咲くことになる。