ショパール/L.U.C

FEATUREアイコニックピースの肖像
2020.10.01

「ハッピーダイヤモンド」などの成功を経て、一躍名門ジュエラーの仲間入りを果たしたショパール。同社の次なる狙いは、本格的な高級腕時計の世界でも、同様の地位を得ることだった。同社初の試みとなった自社製ムーブメントは、その初作から“超高級機”としての設計が盛り込まれ、1996年にデビューを飾ることになる。それが創業者の頭文字を頂く「L.U.C」の始まりであった。

広田雅将:取材・文 吉江正倫:写真
[連載第27回/クロノス日本版 2015年5月号初出]


L.U.Cの黎明を飾る初期ジュネーブ・シール機
L.U.C 1860

L.U.C 16/1860/2
この20年間でリリースされた量産自動巻きのベスト。極めて完成度の高いムーブメントを、オーソドックスな外装で包む。1996年初出。自動巻き。32石(後に29石)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KYG(直径36.5mm)。30m防水。世界限定1860本。参考商品。個人蔵。

 ショパール初の自社製ムーブメントが、LUCの1.96である。完成は1996年のこと。これはダブルバレルにマイクロローター、そしてラチェット式の自動巻きを搭載するという野心的な設計を持っていたが、巧みなパッケージングにより、全体の完成度は往年の傑作自動巻きに比肩している。

 このムーブメントをいっそう魅力的に見せたのが、入念な仕上げであった。地板に施された密なペルラージュや、手作業ならではの深い面取りなどは、いわゆる高級機の水準をはるかに超えていた。とりわけ初期型1.96に関して言えば、独立時計師の多くでさえも及ばないだろう。後にフィリップ・デュフォー氏が、現行品で選ぶならA.ランゲ&ゾーネかショパール、と賞賛したはずである。

 もっとも初作故の弱点はいくつかあった。ひとつは針飛び。2番車をオフセットした輪列のため、このマイクロローターは、しばしば針合わせの際に分針が飛んだ。また針合わせの感触も、必ずしも高級機に相応しいものとはいえなかった。現在は完全に解決しているが、入念に設計された日付表示も、その精密さ故に不具合を起こした。

 にもかかわらず、こういった弱点を覆ってしまうほど、LUCは魅力的なムーブメントであった。筆者は今なおLUCの96系(とりわけ1.96、6.96、9.96)を、オーデマ ピゲの2120系、パテック フィリップの27-460Mなどに並ぶ、量産自動巻きのベストと考えている。しかもマイクロローターのジャンルに限るなら、これに比肩するものは、より高価なローラン フェリエの「ガレ・マイクロローター」しかないだろう。

 第1作から最良を目指し、しかも非凡な完成度を伴ってそれを実現した1.96。以降のショパールは、この傑作を足がかりに時計メーカーとしての名声を得ていくことになる。

(左上)“1980年代風”のケースサイド。エッジを立てず、サイドを膨らませる手法は今や古典的だ。またベゼルも、ダイヤカットで仕上げていない丸い造形を持つ。なおケースはすべてジュネーブの社内工場で作られたものだ。(右上)ショイフレ氏は、細部にまで最良であることを要求した。それを示すのが、ギョーシェ彫りが施された文字盤。繊細なパターンと、外周部のわずかなめくれが示すように、これはプレスではなく本物の機械彫りだ。(中)ケースサイド。ケースが薄いこともあってか、今の時計ほど立体的な造形を持ち合わせていないことが分かる。またケースの磨きも、現行品に比べてやや甘い。終端を裁ち落としたラグは、その後10年ほど、L.U.Cのアイコンとして受け継がれた。(左下)ケースバックからのぞくのが名機1.96。ラチェット機構や、丸穴車と角穴車の間に加わった“眼鏡型”の巻き上げスライディングバーなどは、すべて耐久性を重視したもの。なおオリジナルには、当時のパテック フィリップやロジェ・デュブイ同様、18K製のソリッドバックが付属する。また仕様違いとして、ハンターケースのモデルが18KYG、RG、WG、Ptのそれぞれ100本ずつ製作された。(右下)文字盤の拡大写真。くさび形のインデックスは、2005年までほとんどのL.U.Cで用いられた。質は申し分なし。