【88点】A.ランゲ&ゾーネ/ランゲ 1

FEATUREスペックテスト
2015.10.03

左:風光明媚。トランスパレントバックを通じて、繊細に装飾されたムーブメントを堪能することができる。
右:斑の入り方が美しいアリゲーター・ストラップとポリッシュ仕上げが施された完成度の高い尾錠は相性が抜群である。

ドイツのアイコン

A.ランゲ&ゾーネは、ドイツで最も高い名声を誇るマニュファクチュールである。その理由のひとつが、ブランドの歩んだ歴史にある。創始者のフェルディナント・アドルフ・ランゲは、ザクセンの小さな村、グラスヒュッテに時計工房を開き、青年たちが自立できるように鼓舞し、技術指導を行った。こうして、ひとつの貧しかった村に、後にその名を世界に轟かせることとなるドイツ高級時計産業の中心地が生まれたのである。

 旧東ドイツ時代、グラスヒュッテではどちらかと言えば簡素な時計が大量生産されていた。だが、1960年代の終わり頃になると、西ドイツでももはや機械式時計は作られなくなった。それだけに、ドイツ再統一後、かつての国営企業、GUB(グラスヒュッテ国営時計会社)が民営化されてグラスヒュッテ ・オリジナルとなり、機械式時計の自社製造を開始したばかりか、ノモスやミューレ・グラスヒュッテ、そして、A.ランゲ&ゾーネがグラスヒュッテで時計作りを再興したことは、時計の専門家や愛好家の間で大きな関心を喚起したのである。再興した数あるブランドの中で、A.ランゲ&ゾーネは、ムーブメントの装飾、時計とムーブメントの設計において、群を抜く存在だった。
 ランゲ1は、A.ランゲ&ゾーネが復興後、1994年に初めてリリースした4つのモデルのひとつである。また、ランゲ1は、今日までその姿をほぼ変えず、同じデザインで作られている唯一のモデルであり、クラシカルな気品を備えながらも、アシンメトリカルにデザインされたオフセンターのダイアルデザインによってその個性と主体性を顕示していることから、今ではA.ランゲ&ゾーネのアイコン的存在となっている。オフセットされたレイアウトだが、時と分、スモールセコンド、アウトサイズデイトの3つの表示要素の中心点を結ぶと二等辺三角形が形成されるように計算し尽くされており、極めて調和した印象を与える。どの表示も他と重なったり、あるいは他の表示を隠してしまったりすることはない。さらに、パワーリザーブ表示の目盛りが12時位置のブランドロゴと7時位置に配された文字をつなぎ、ケースの丸いフォルムを再現するようなラインを描いていることから、文字盤は空虚に見えることがなく、整然とした一体感が表現されている。当時まだ珍しかったアウトサイズデイトは、今日まで続くトレンドを生んだ。アイコニックピースは美しいだけではなく、比類なきデザインを備えていなければならない。A.ランゲ&ゾーネは、ランゲ1で見事にそれを実現したのである。
 A.ランゲ&ゾーネを成功に導いたランゲ1は、年月とともに独自のコレクションへと拡大を遂げた。これまで、ムーンフェイズをはじめ、タイムゾーン搭載モデル、トゥールビヨン・パーペチュアルカレンダーなど、15ものモデルがランゲ1ファミリーから巣立っている。
 最初に発表されてから約20年を経て、今、ランゲ1に新しいムーブメントが与えられることになった。これまで搭載されていたキャリバーL901.0は、再興したA.ランゲ&ゾーネが手掛けた初めてのムーブメントである。今日まで数多くの魅力的なムーブメントが開発されてきたが、新型キャリバー L121.1は、マニュファクチュール、A.ランゲ&ゾーネが開発した50機目のムーブメントとなる。キャリバー名の最初のふたつの数字は開発が始まった年を示す。つまり、1990年に開発が始まった初代キャリバーと2012年に始まった新型キャリバーの間には、22年もの年月が流れているのである。
 初代モデルではクローズドバックだったランゲ1だが、1年後にはトランスパレントバックとなり、A.ランゲ&ゾーネが提供するあらゆる特徴を余すところなく堪能できるようになった。4分の3プレート、独特なストライプ模様、ルビーの受け石を支えるビス留め式ゴールドシャトン、青焼きされたブルースクリュー、スワンネック型緩急調整装置、そして、ハンドエングレービングを施したテンプ受けなど、トランスパレントバックから見える光景も当時、時計愛好家に深い感銘を与える現象だった。
 新型ムーブメントのデザインですぐに目に留まるのは、旧型の4分の3プレートで島のように見えていたふたつのブリッジが廃止され、4分の3プレートが一枚になったことである。すでに装飾がこの上なく美しいムーブメントだったが、今回の変更によってその美しさにより一層、磨きがかかった。ただ、巻き上げ車を見せる設計であったなら、伝統的な懐中時計により忠実であり、より多くを見ることができるという点で、我々にとっても喜ばしい外観に仕上がっていただろう。A.ランゲ&ゾーネはこの手法を、1815アップ/ダウンとサクソニア・フラッハのムーブメントで採用している。

  次に気づくのは、チラネジ付きのテンプが調整用偏心錘を備えたフリースプラングテンプに変わった点である。旧型ムーブメントでは、スワンネック型スプリングの緩急針で実際に緩急調整が行われていた。緩急針を動かすことでヒゲゼンマイの有効長が規制される仕組みである。そのため、ヒゲゼンマイは自由に振動することができず、高級時計に不可欠な重要な特徴が欠けていた。A.ランゲ&ゾーネは今回、ここにメスを入れたのだ。新型ムーブメントでもスワンネック型スプリングが見えるが、これはテンプの片振り(ビートエラー)をなくし、テンプの左右の振り角が均等になるように調整するためのものである。精度の微調整は、テンワに取り付けられた6個の調整用偏心錘で行う。これらを回すとテンプの重心が変化し、極めて高い精度で歩度を調整することができるのだ。
 新型ムーブメントでは、ヒゲゼンマイもグラスヒュッテにあるA.ランゲ&ゾーネの工房で自社製造されたものが採用されている。これにより、ランゲ1には、ごく限られたマニュファクチュールだけが提供しうる特徴が与えられることになった。ヒゲゼンマイの製造において、材料のみならず技術的なノウハウも持っているのは、数少ないブランドのみだからである。