【84点】H.モーザー/エンデバー パーペチュアル・カレンダー

FEATUREスペックテスト
2014.10.03

一見すると永久カレンダーとは思えないほどシンプルな表情だが、加工は細やか。ケースはサテン仕上げと鏡面研磨が交互に施され、メリハリのある仕上がり。

切り替わりはスピーディー

この洗練された大型日付表示には、もうひとつ見せ場がある。月末最終日から翌月初めに移行する時の切り替わりが速いのだが、それが31日でも30日でも、あるいは2月の29日や28日からでも瞬時に翌月1日に切り替わる。この一瞬は、なかなかの緊張ものだ。これは実用的であるうえ、なんと言ってもほかの多くの永久カレンダーが2月末から3月1日に移る際に、切り替え完了まで1時間以上も耐え忍ぶことを考えると、驚嘆すべきことだろう。
しかし、この日付表示の方式は、H.モーザーの新発明というわけではない。クロックではすでに存在していたし、ドイツ人の独立時計師ライナー・ニーナバーも腕時計に応用して採り入れている。さらには現在、ETA社から出ているキャリバー2826も同じスタイルだ。もっとも、H.モーザーはこれを永久カレンダーと結合させたというのが重要な点で、そこに同社の潜在能力がすべて表れていると言っていい。しかも、大型日付表示機構を搭載したこの永久カレンダームーブメントは、直径が34㎜。直径25・6㎜のETAのキャリバー2826に比べてひとまわり以上も大きい。
月末の切り替わりに続く、永久カレンダーにおけるふたつ目の問題は操作性だ。一般的な永久カレンダーでは、カレンダー修正ボタンがいくつもケースに埋め込まれ、探し出すのさえ大変なうえに、修正する際にケース側面に傷を付けやすい。加えて、カレンダー修正には、文字盤上にタブーの時間帯が存在する。その時間帯を外して操作しなければ故障を引き起こしかねないだけに、ヒヤヒヤものである。
しかし、エンデバー パーペチュアル・カレンダーはエレガントでありながら機能性にも優れ、リュウズを回せば1日単位で先送りのみならず、さかのぼることも可能だ。これはユリス・ナルダンしか製品化していなかった方式だ。さらに、ダブル・プル・クラウンと呼ばれるリュウズは、針合わせミスを防いでくれる。リュウズはコツンと手応えを感じる1段目まで引いた状態ではカレンダー修正しか行えない。2段目まで引き出したポジションで針合わせができるのだが、ストップセコンド機構によりテンワが止まり、秒単位まで正確に時刻を合わせることが可能だ。つまり、時刻だけでなくカレンダーまでも、うかつにいじって壊したりしないだろうかとびくつくことなく、自分で合わせることができるわけだ。仮に半年間以上長く主ゼンマイを巻き上げていないようなことがあったとしても、ケース側面の9時位置に埋め込まれた修正ボタンで、ケース裏側に置かれた閏年表示を動かせるので、容易に調整できるようになっているのは役に立つ機構だ。
役に立つと言えば、このモデルには約7日間ものパワーリザーブがあることだろう。腕時計を週末に着けるためだけに主ゼンマイを巻き上げても、日付表示がずれることなく合っているのだ。

バックルの位置に改良の余地あり

しかし、そんなに長く腕時計を外しておく必要はあるのだろうか? エンデバー パーペチュアル・カレンダーの着け心地のよさには注目すべきだろう。ありがたいことに裏蓋のサファイアクリスタルには緩やかな窪みがあり、腕のカーブに沿うようになっているので収まりがいい。セーフティーロック付きのフォールディングバックルは心地よいほどにフラットで、滑らかな仕上がりが目を引く。レザーストラップも硬すぎない。難を言うならば、バックルの位置がベストポジションではないことか。テスト用に借りたモデルのストラップは尾錠用のものだったので、取り付けられたバックルはちょうど手首の真ん中に来るようにセットされており、バックルを開いて腕を通すと蝶番部分がかなり外側に来てしまい、フラップを倒してバックルを閉じる時に時計の位置が必然的にずれやすくなってしまう。フォールディングバックルの場合、バックルを留め付けて固定している側のストラップは短めになっていないといけない。これはストラップを変更すればあっさり解決できることなので、H.モーザーには改良を期待したい。レザーストラップ自体は丁寧に手縫いされている良品。プラチナ製バックルはすっきりと加工されており、整った形状をしている。サテンの装飾研磨と鏡面に磨き上げた面取りの縁が目に心地よい。

プラチナ製ケースを見ると、加工の良さをよりはっきり感じるだろう。バックル同様、側面はサテン仕上げ。膨らみを帯びた裏蓋の枠部分と研磨の手法を変えてメリハリを持たせてある。
同じように特に見事なのはスレートグレーカラーの文字盤だ。中心から放射状に細かなサンレイ装飾が入り、インデックスには面取りが施されている。スモールセコンドは一段低く設けられ、インデックスプリント付きのグレーカラーのリングを置き、中心の同心円状の筋目も細やかだ。縁にごくわずかな傾きを持たせた針は、ふっくらさせないフラット仕上げ。文字盤と長短2本の針の平行感が表れた格好だ。文字盤に張り付いたかのように同化せず、際立って存在感があり、即座にはっきりと時間が分かる。針にもインデックスにも夜光塗料は使われていないが、このようなエレガントな腕時計では惜しいとは感じないだろう。まとめると、気品があり現在に見合った独自のデザインを、優れた視認性に結びつけている。これは当たり前のようにできることではないのだ。

このモデルを耳に近付けてみると、穏やかな刻音が聞こえてくる。ムーブメントの振動数は、まるで懐中時計のごとく毎時1万8000振動。トランスパレントされた裏蓋から、チラネジ付きの大きなテンワがゆったりと動くのが見える。ゴールドのシャトンと鏡面に磨かれたネジ頭も目に楽しい。レバーや細長いバネ類はサテン仕上げされ、ブリッジにはストライプ装飾が施されている。ただし、コート・ド・ジュネーブのように等間隔のストライプ装飾ではなく、細いラインと太いラインが交互になっているのだ。ブリッジの下からのぞく大きな歯車はスケルトナイズされている。このように、ムーブメントにはハイレベルな仕上げ加工がなされているのだが、いかんせんパテック フィリップやA.ランゲ&ゾーネには及ばないといったところか。例えば、レバーやバネ類のエッジには面取りを施し、ブリッジは面取りしただけで済まさず、その部分を鏡面に磨くべきだろう。
緩急針のない優美なフリースプラングのテンプとゴールド製のアンクルとガンギ車も、はっきりと観賞できる。そのほかに特筆すべきところは、脱進機がユニット式で交換可能なことだ。両持ちのテンプ受けとテンワ、ヒゲゼンマイ、アンクル、ガンギ車のワンセットは容易に取り外して新しいものに取り替えることができる。姉妹関係にあるプレシジョン・エンジニアリング社とともに歩むH.モーザーは、ヒゲゼンマイを自社製造している数少ないメーカーのひとつである。2012年に、株式の大半をメイラン・ファミリーが取得し、モーザー ウォッチ ホールディング グループのCEOにエドゥアルド・メイラン氏が就任。さらなる飛躍を目指して生産方法の最適化および訴訟関連に辣腕を振るうことになった。ドイツのハーナウにある金属加工の老舗企業バキュームシュメルツ社に、ヒゲゼンマイ用の新しい合金を作らせたのもその一環だ。同社からは桁違いなレベルの最高品質の製品が納品されている。安定供給を実現するには取り組むべきことがたくさんあるが、それに伴い、ネックとなることも生じてしまう。プレシジョン・エンジニアリングはバキュームシュメルツ社から350kgもの大量ロットで特製合金を購入せざるを得なかったのだ。H.モーザーではヒゲゼンマイを年間1000個ほどしか自社製造の腕時計に必要としないのだが、仕入れた合金の量はヒゲゼンマイ約3500万個分の製造量に相当するため、かなりの長期間、大量の資材を抱えることになる。しかし、プレシジョン・エンジニアリングが自社製造したヒゲゼンマイをグループ外のメーカーに納品すれば、量がさばけて戦略的先行投資となるだろう。昨年、メイラン氏は、2006年に製造された永久カレンダー機構用のパーツの正確さをコンピューターで計算し直している。その結果、基準値と一致するものが出来上がり、許容値を縮めるための修正の手をほとんど加えなくてもよくなった。これにより、組み立て時間は従来の約50時間から約25時間に半減したうえ、より良い品質へと変化している。このように、以前は赤字経営だったH.モーザーは、再び黒字へと成長を遂げたのだ。

ところで、同社のムーブメントと永久カレンダー機構の開発は、独立時計師のアンドレアス・ストレーラー氏が行った。その中にはダブル・プル・クラウン機構も含まれ、エンデバーの大型日付表示と同様に特許を取得している。