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タグ・ホイヤー/カレラ 1887 クロノグラフ(1/1) 2011年05月号(No.34)

TAG HEUER CARRERA 1887 CHRONOGRAPH

モータースポーツへの熱狂から生まれたカレラは、その50年近い歴史の中で古典的名作へと成長した。昨年、マイナーチェンジを遂げたカレラに、コラムホイールを搭載した新型クロノグラフキャリバーが与えられた。

イェンス・コッホ:文 Text by Jens Koch
ニック・シェルツェル:写真 Photographs by Nik Schölzel
岡本美枝:翻訳 Translation by Yoshie Okamoto

point
・押し心地の非常に軽いプッシュボタン
・良好な精度
・美しいムーブメント

point
・視認性にやや難がある

新型エンジン

グ・ホイヤーは昨年、創立150周年を迎えた。50歳の記念すべき誕生日まであと3年を待つばかりのカレラは、タグ・ホイヤーにとって最も重要なモデルであり、1964年の発表以来、古典的名作へと発展を遂げてきた。当時のマネージングディレクターであり、現名誉会長であるジャック・ウィリアム・エドワード・ホイヤー氏は、この時計のためにシンプルな文字盤をデザインした。風防にはプレキシガラス(訳注:強化プラスチックガラス)を採用、これを内側からケースに押しつけるテンションリングをデザインの要素として利用した。ジャック・ホイヤー氏はここに、クロノグラフ用の秒目盛りをプリントさせたのである。

視認性に優れた慎ましやかな時計は、こうして誕生した。モータースポーツの熱狂的なファンだったジャック・ホイヤー氏は、このモデルを過酷なロードレースにちなんで命名する。メキシコを縦断する全長3520km.に及ぶコースを舞台に、50年代初頭に行われた自動車レース“ラ・カレラ・パンアメリカーナ・メキシコ"である。パンアメリカンハイウェイの開通を記念し、出来上がったばかりのメキシコ国内のルートで開催されたのが始まりだ。アラスカからフエゴ島まで続くこの伝説的なハイウェイは、いまだに完成していない。ポルシェのカレラもまた、このレースにちなんで名付けられたモデルである。
当初はバルジュー社製の手巻きキャリバー92が搭載されていたカレラだが、後にはキャリバー11で駆動されるようになる。キャリバー11は、69年にホイヤー社がブライトリング、ビューレン、デュボア・デプラと共同開発した、世界最初期の自動巻きクロノグラフのひとつである。70年代に入り、カレラのデザインは時代ならではの変化を遂げたものの、クォーツ危機の波には勝つことができず、表舞台から消えてしまう。

96年に再起を果たしてから、カレラはタグ・ホイヤーで最も人気のあるモデルに成長した。再登場した当初はオリジナルモデルに忠実な風貌だったが、2004年以降はタキメータースケールのための幅の広いブラックベゼルを備え、はるかに時宜にかなったデザインになった。以来、グランドカレラによって新しいラインも登場している。
今日のカレラはよりシンプルさが増している。ベゼルのタキメーター表示と文字盤上の細かい目盛りを廃止したのだ。ただ、秒目盛りは初代カレラのように、文字盤外周の薄いメタルリングに再び配されるようになっている。そのほか、針やインデックス、そして、クロノグラフカウンターに施された控えめな溝模様は、オリジナルモデルを想起させるものである。 時間積算計と30分積算計を囲むシルバーのリングは、02年以降、ブラックダイアルのモデルで採用されるようになったものだが、今ではすっかりカレラ特有の要素となっている。デイト表示は現在、6時位置にある 時間積算計内に配置されている。デザインは、これほどの古典的名作から期待されるほど独創的ではなく、ひと目でカレラと認識するのはむしろ難しいくらいである。賛否が分かれるデザインではないが、万人に受け入れられるデザインというわけでもない。スモールセコンドには、照準合わせに用いる十字線に似た4つのインデックスしかない。水平方向のふたつのインデックスには、この時計を象徴する“CAL.1887"が使用されている。

タグ・ホイヤーは、時計産業では他に類を見ない手法で、独自のムーブメントを手掛けている。完成ムーブメントの使用権利を開発した他メーカーから取得し、これに技術的な改良と大幅なデザインの変更を社内で加えた上で、時計に搭載するという方法だ。このムーブメントが発表された当時、多くの専門誌で混乱が生じたのはそのためだろう。また、当時、やや尊大に聞こえた“マニュファクチュールキャリバー"というタイトルにも問題があったのかもしれない。

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キャリバー1887は、プッシュボタンの軽やかな押し心地を実現する
コラムホイール、信頼性の高いスイングピニオン、ダブルキャッチレバーによる
高効率巻き上げ機構を備え、機能的に説得力がある。

タグ・ホイヤー独自のクロノグラフムーブメント。創業者のエドワード・ホイヤーが1887年に特許を取得したスイングピニオンを採用し、さらに、コラムホイールを搭載したキャリバー1887。

日本の開発支援

セイコーインスツルがクロノグラフキャリバー6S74を1998年に完成させ、それ以来、主にクレドールに搭載しているのは周知の事実である。日本でしか手に入らないこの高級時計は、換算すると約4000ユーロと、決して安価ではない。
自社製クロノグラフムーブメントを欲しがっていたタグ・ホイヤーは、このキャリバーがタグ・ホイヤーの求める多くの要求をクリアしていることに気がついた。キャリバー6S系はETA7750よりも薄く、コラムホイールを搭載しており、何と言ってもスイングピニオンが採用されているのが特徴だった。クロノグラフのクラッチにスイングピニオンを使用する手法は、創業者であるエドワード・ホイヤーが発明し、1887年に特許を取得した技術だったため、タグ・ホイヤーというブランドにはまさにうってつけの機構だったのである。

タグ・ホイヤーとセイコーインスツルは、スイス側がキャリバー6S系の設計を利用することで合意した。この合意により、タグ・ホイヤーは少なく見積もっても2年の開発期間を節約することができた。しかし、このムーブメントは量産のために工業化し直す必要があった。タグ・ホイヤーは中長期的に、年間5万個のムーブメントを生産したいと考えていたからである。こうして完成したムーブメントには、エドワード・ホイヤーがスイングピニオンの特許を取得した1887年にちなんで“キャリバー1887"という名称が与えられた。

タグ・ホイヤーは、設計の大部分をオリジナルのまま転用し、スイングピニオンの微調整に使用する調整用偏心ネジなど、わずかなディテールを加えるにとどめている。テンワ、ヒゲゼンマイ、緩急調整装置、そして、耐震軸受けを含めた調速脱進機構全体は、スイスのメーカー、ニヴァロックス社とキフ社のものに変更された。また、地板や受け、ローターの形状も変更されたが、タグ・ホイヤーはこれらの部品を、ジュラ州ポラントリュイ近郊のコノールにある子会社のコーテック社で製造している。地板と受けなどの真鍮部品はフリュリー社製のフライス盤で乾式成形されているが、この工法は時計産業ではこれまであまり採用されたことのない、珍しいものである。乾式成形では冷却用のオイルが必要ないことから、工程ごとに部品を洗浄する必要がなく、その結果、各プロセスに掛かる時間を短くすることができる。コノールの工場ではさらに、39個の受け石を地板と受けに自動ではめ込むためのロボットも導入されている。最終組み立ては、ラ・ショー・ド・フォンにあるタグ・ホイヤーの新工場で行われている。この工場の組み立てラインは、手動と自動の工程が混在したセミオート式である。

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隆起したベゼルがケースの厚みを巧みに隠している。
キャリバー1887は、プッシュボタンの軽やかな押し心地を実現するコラムホイール、信頼性の高いスイングピニオン、ダブルキャッチレバーによる高効率巻き上げ機構を備え、機能的に説得力がある。

コラムホイールとスイングピニオン

キャリバー1887の構成部品を供給する合計22社のメーカーの中では、セイコーインスツルが唯一、非スイス系企業である。タグ・ホイヤーはセイコーインスツルから、数種類の打ち抜き部品を購入しているのだ。もちろん、セイコーインスツル製の部品が“SWISS MADE"の文字を裏付けるスイスの品質基準をクリアしていることは言うまでもない。
つまり、タグ・ホイヤーは、別のブランドが開発し、わずかな違いはあるものの、他社のモデルにすでに搭載されているムーブメントを自社で製造していることになる。これは、そのメーカーが日本のブランドであり、ドイツではどちらかといえば廉価時計の製造社として知られている現状と同様に、かなり珍しい状況ではないだろうか? だが、開発元が明確にされている限り、この技術移転について異議を申し立てる理由はどこにも見つからない。

この技術提携はむしろ、大きなメリットをもたらしている。ベースとなったセイコーインスツルのムーブメントは、信頼性が高いことと迅速に巻き上がることで定評がある。これは、名高い“マジックレバー"と呼ばれる爪で巻き上げる自動巻き機構の貢献によるものである。連結されたふたつの爪が伝え車に偏心させて取り付けられており、伝え車が回転すると片方の爪が巻き上げ車を引き、その間、もう一方の爪がこれを押すという仕組みである。従来の自動巻き機構に比べ、巻き上げ効率は約30%も向上している。

だが、このムーブメントの最大の強みは、タグ・ホイヤーではブルーにPVD加工されたコラムホイールだろう。トランスパレントバックから存分に鑑賞できるコラムホイールは、スタート/ストップボタンの非常に軽い押し心地に貢献している。また、リセットボタンの操作にも、あまり大きな力は必要ない。

タグ・ホイヤーにとってはスイングピニオンも重要であった。エドワード・ホイヤーが発明したスイングピニオンでは、上下にふたつの歯車を備えた軸(ピニオン)によってクロノグラフ秒針のスタート/ストップが制御される。下部の歯車が4番車と常に噛み合っていることから、ピニオンも常時、回転しているが、上部の歯車はクロノグラフのスタート時になってからレバーで押されて傾き、秒クロノグラフ車と噛み合うようになっている。このスイングピニオンによってクロノグラフクラッチは簡素化され、歯車同士が厳密に平行に配置されていなくても、極めて高い信頼性が約束される。伝統的な水平クラッチがよりエレガントな機構とみなされている一方で、最新式の垂直クラッチは技術上、最善の解決策とされ、クロノグラフ秒針のスタート時の針飛びを最低限に抑えることができる。だが、キャリバー1887のスイングピニオンも、上部に取り付けられた歯数の多い大きな歯車と改良された歯形によって、クロノグラフを迅速に始動できるのだ。
時刻合わせにはストップセコンド機能と日付早送り調整機能が役に立つ。ストップセコンド機能の恩恵により、秒針を正確に合わせることが可能で、日付も素早く、かつ、正しく設定できる。その上、リュウズはねじ込み式ではないので、引き出しやすく、簡単に回すことができる。ただ、日付の切り替わりがやや遅く、完全に切り替わるには午後11時少し前から午後12時少し前まで、約1時間掛かった。

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ソリッドな設計のバックル。
実用的で操作が簡単、かつ、堅牢なセーフティープッシュボタンバックル。

装飾と精度

ムーブメントは320点の部品で構成されており、魅力的な装飾が施されている。トランスパレントバックからは、受けとローターに施されたコート・ド・ジュネーブやペルラージュ模様、ポリッシュ仕上げのネジ、また、T字型の部品と半円を描く分銅で出来た多分割型ローターを鑑賞することができる。ポリッシュされたレバーの中には、ルーペを使わないと仕事の跡を確認できないものもあるが、ムーブメントは全体的にETA7750よりもはるかに美しく仕上げられている。
精度もなかなか優秀である。着用テストでは、プラス0・5秒/日というごくわずかなプラス値が観察されただけである。クロノスドイツ版編集部にある最新式の歩度測定機、ウィッチ製クロノスコープX1で行ったテストでは、平常時の平均日差がプラス2秒/日、最大姿勢差は5秒と、優秀な数値を見せてくれた。クロノグラフを作動させた場合は、平均日差がプラス1・8秒/日だったのに対して、最大姿勢差は8秒と、平常時に比べても遜色ない結果であった。テンプの振り落ちは垂直姿勢でかなり顕著に見られ、この傾向はクロノグラフ作動時も同様だった。だが、313度(水平姿勢、平常時)から250度(垂直姿勢、クロノグラフ作動時)という結果に比べ、ETA7750の振り落ちが特別に小さいというわけではない。

良好な精度と同時に求められるのは、最良の視認性である。この点で、カレラ 1887 クロノグラフはオリジナルモデルには及ばない。時・分針がクロノグラフカウンターを囲むリングと同じくらいの幅で、色も同じシルバーであることから、しっかりと確認しないと時刻を把握するのが難しく、夜光塗料の塗布量が少ないために、暗所での読み取りもやや困難である。針はまだ認識できるものの、インデックスの先端に配された発光ポイントはよく探さないと見えず、12時位置の夜光インデックスが他の時間とあまり変わらない形をしているため、瞬時に時計の向きを確認することが難しい場合がある。他方、計測時間は読み取りやすい。夜間は何も見えないが、日中はシルバーカラーの針とブラックダイアルのコントラストが良好である。積算分針は持続的に運針するのではなく、1分刻みにステップしながら進む。
大型の文字盤と大きな風防も視認性に貢献しており、直径41mmのケースを実際よりも大きく見せる効果がある。一方、ケースの厚さは15・55mmという堂々たるものだが、下方に伸びたラグや、ケースサイドに向かって傾斜をつけたケースバック、そして、隆起したベゼルなどで、この厚さは巧みに隠されている。先代モデルと同様にタキメーター表示が与えられるはずだったベゼルは、発売の直前になって変更された。タキメーター表示が配されていたならば、時計はもっと厚く見えていたことだろう。実際の販売モデルでは、サテン仕上げのタキメーターベゼルがなくなったため、ケースには全体的にポリッシュが掛けられることになった。だが、ファセットされたラグやプッシュボタン、そして、上からかぶせたベゼルによって、ケースの面は十分に分割されている。また、プッシュボタンは頭部がフラットになり、ボタンガードが装備された。さらに、プッシュボタンは堅牢な仕上がりで、ケースとの遊びも少なくなった。これは、ねじ込み式ではないリュウズにも当てはまる。

バックルも非常に頑丈に作られており、ソリッドな設計ながらも、ふたつのセーフティープッシュボタンで簡単に開くことができる。ダブルフォールディングバックルとは異なり、このバックルにはヒンジがひとつしかないことから、閉じるのも非常に楽である。デザイン的には特に精巧な印象は与えないが、加工は入念である。ブレスレットは加工品質が高いものの、どちらかと言えばシンプルな構造で、ネジではなくピンでコマが留められている。5連ブレスレットは、サテンとポリッシュのコンビ仕上げが美麗だが、ケースとの関連性が見当たらない。また、着用時に手首の毛が少し挟まるのが気になったが、この点を除けば装着感はいたって良好である。ブレスレットとケースには一部、鋭いエッジがあるが、装着感を損なうほどではなかった。
新型のカレラは、ステンレススティールブレスレットのモデルで43万500円である。品質を考慮すれば適正な価格であり、コラムホイールを備えた独自のクロノグラフムーブメントを搭載した時計となれば、むしろ手頃なほうではないだろうか? カレラ 1887 クロノグラフの最大の武器はもちろん、搭載キャリバーと押し心地の軽いプッシュボタンである。そればかりか、非の打ち所のない操作性、良好な精度、また、快適な装着感によって、ユーザーの期待に十分応える時計であり、大きな弱点は特に見当たらない。新型エンジンを搭載して好スタートを切った新型カレラ。その前に立ちはだかるものは何もないのだ。

技術仕様
タグ・ホイヤー/カレラ 1887 クロノグラフ

製造者: タグ・ホイヤー
モデル: Ref.CAR2110
機能: 時、分、秒(ストップセコンド仕様)、日付、12時間・30分・60秒積算計を備えたクロノグラフ
ムーブメント: キャリバー1887、自動巻き、2万8800振動/時、39石、耐震軸受け(キフ使用)、グリュシデュール製テンワ、偏心ネジによる緩急調整、パワーリザーブ約50時間、直径29.3mm、厚さ7.13mm
ケース: SS製、ドーム型サファイアクリスタル(両面無反射コーティング)、ねじ込み式トランスパレントバック、100m防水
ストラップとバックル: SS製ブレスレットおよびSS製セーフティープッシュボタンバックル
サイズ: 直径41mm、厚さ15.55mm、総重量160g
バリエーション: アリゲーターストラップおよびSS製セーフティープッシュボタンバックル(43万500円)
価格: 43万500円

*価格は記事掲載時のものです。記事はクロノス ドイツ版の翻訳記事です。

精度安定試験 (日差 秒/日、振り角)

平常時 クロノグラフ作動時
文字盤上 +4 +4
文字盤下 +4 +4
3時上 +1 0
3時下 +2 +3
3時左 -1 -4
3時右 +2 +4
最大姿勢差: 5 8
平均日差: -2 -1.8
平均振り角:
水平姿勢 313° 284°
垂直姿勢 279° 250°

評価

ストラップとバックル(最大10pt.) 7pt.
操作性(5pt.) 5pt.
ケース(10pt.) 8pt.
デザイン(15pt.) 12pt.
視認性(5pt.) 3pt.
装着性(10pt.) 8pt.
ムーブメント(20pt.) 16pt.
精度安定性(10pt.) 8pt.
コストパフォーマンス(15pt.) 13pt.
合計 80pt.

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