タイメックスから発売された「ジョルジオ・ガリ S2 Ti」は、ブランドの既成イメージを覆す1本だった。そのデザインを手掛けたのが、ジョルジオ・ガリだ。グラフィックデザインを出発点とする彼は、スウォッチやモバードなど数々のブランドを渡り歩いたのち、タイメックスに現在進行形で革新をもたらしている。そのキャリアと哲学、そして「S」シリーズに込められた思いに迫る。

Text by Yosuke Ohashi (Chronos-Japan)
[2026年3月14日公開記事]
「ジョルジオ・ガリ S2 Ti」を生み出したデザイナー
2025年の登場時に「この腕時計、格好良くない?」と編集部の先輩と大いに盛り上がった腕時計があった。それはタイメックスから発表されていた「ジョルジオ・ガリ S2 Ti」だ。

自動巻き(セリタ Cal.SW200-1)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約41時間。Tiケース(直径38mm、厚さ12mm)。50m防水。完売モデル。
この腕時計のデザインの良さは、何よりもタイメックスのデザインディレクター、ジョルジオ・ガリの手腕によるものだ。彼はスウォッチでデザイナーとして活躍し、その後はフリーランスとして数々の腕時計ブランドに関わった後に、タイメックスのデザインディレクターを務めている。
そして「ジョルジオ・ガリ S2 Ti」を含む、タイメックスの「S」シリーズは、彼主導のプロジェクトである。「こんな表現をしてみたい」という、デザイナーとしての意向を存分に反映したシリーズだ。これまでの経験と美意識をすべて注ぎ込んだ、まさに入魂の1本なのである。

では、その人物像に迫ってみよう。今回、特別にインタビューの機会を得ることができた。
グラフィックデザインから時計へ。異色のキャリア
ジョルジオ・ガリ:僕のキャリアは、グラフィックデザインからスタートしました。デザインオフィスを立ち上げる前は、アメリカでいくつかのプロジェクトを手掛けていて、それが僕のキャリアの初期段階でした。
最初のオフィスはミラノで1986年か1987年、あるいは1988年頃に開きました。最初の頃のプロジェクトは、主に企業のブランドアイデンティティーに関するもので、ロゴやブランディング全体の設計など、デザインを通したブランド構築を行っていました。
そして1990年に初めて時計業界に関わることになります。それまで腕時計の仕事は一切やったことがなかったのですが、最初のクライアントはスウォッチで、デザインコンサルタントとして関わりました。とはいえ、そのコンサルティング業務は、実質フルタイムのようなかたちで、最終的にはスウォッチのクリエイティブディレクターになりました。期間は1990年から1992年までです。
その間も自分のデザインオフィスでは、ブランドアイデンティティーの構築やグラフィック、プロダクトデザインなどを続けていて、スキーブーツからシャンプーボトル、スキー板まで、非常に幅広いものをデザインしていました。
その後、スウォッチを離れ、他の時計ブランドへと活動の場を広げていきました。例えばモバード、セイコーグループ、シチズン、エベルなどですね。

同時に、僕はふたつの異なるビジネスを並行して展開していて、ひとつはウェブエージェンシーです。インターネットの黎明期に立ち上げたものでした。
――それはロサンゼルスにあったんですか?
ジョルジオ・ガリ:はい。かなり冒険的な取り組みでしたね。最盛期には社員が240〜250人いて、オフィスはミラノだけでなく、ベルギー・ブリュッセル、スペイン・マドリード、モナコ・モンテカルロにもありました。
タイメックスとの本格的な関係へ
それらのビジネスのいくつかは最終的に売却し、一部は閉じていきました。ちょうどタイミングよく売却できてよかったと思っています。デザインの仕事は独立して続けていて、時計分野にも本格的に集中していきました。
そして最終的にはタイメックス グループがブランドからライセンスを得て製造する腕時計全般を手掛けるようになり、自分のデザインオフィスもタイメックスに売却しました。他のビジネスは並行して進めていたので、すべて説明するのは少し複雑ですが……。
いずれにせよ、ある時点から腕時計に完全にフォーカスするようになり、タイメックスに活動を売却してからも、オフィスの運営には引き続き関わりつつ、ライセンスブランドだけでなく、タイメックス本体のクリエイティブ全体にも深く関与するようになっていきました。
「最新作こそがベスト」変わり続けるデザイン哲学

――ジョルジオさんの時計デザインのキャリアの中で、特に思い入れのあるモデル、もしくは「これは自分にとって象徴的なプロジェクトだ」と言えるような時計があれば教えてください。
ジョルジオ・ガリ:いやあ、それはね、毎回変わるんですよ。新しいプロジェクトが始まるたびに、それがいつも「お気に入り」になるんです。だから、過去のプロジェクトにそこまで執着することはあまりないんですよね。「あれが最高だった」と振り返ることは、あまりないかな。だから言えるとすれば、常に“最新作”が自分のお気に入りです。
――なるほど。
ジョルジオ・ガリ:デザインって、常に進化していくものですし、自分の好みや感性も変わっていきます。だから過去を振り返ると、「ああ、これはもう好きじゃないな」と思うものもあります。なので「これは特別」って簡単には言えないですね。
ただ、いくつかの節目となったデザインはあります。他ブランドのためにデザインした時計や、スウォッチのコレクションの中にも、今でも愛着のあるものはありますよ。実際、スウォッチが1990年代に僕がデザインしたネオンカラーのモデルを最近再発売しました。
――ネオンカラーの?
ジョルジオ・ガリ:そう、「ネオン」コレクションです。去年それを再発売して、同じグラフィックを使って腕時計以外のシリーズにも展開してくれました。
とにかく、今でも気に入っているデザインはいくつかあります。そして、実際にそれらはもう“ヴィンテージ”扱いになってきています。それが良いことか悪いことかはさておき。

ジョルジオ・ガリの名を初めて冠した「S」シリーズの第1作「ジョルジオ・ガリ S1 オートマチック」。文字盤上の6時位置付近に、ひとつだけルビーがセッティングされている。自動巻き。2万8800振動/時。パワーリザーブ約41時間。SSケース(直径38mm、厚さ11mm)。50m防水。完売モデル。
あと、初期に手掛けたモバードのプロジェクトの中にも、今見ても力強いデザインがいくつかあって、それらにも愛着があります。キャリアの節目となるようなプロジェクトでしたね。そしてもちろん、S1やSシリーズも、僕のキャリアにとっては重要な節目になりました。

「S」シリーズ2作目の「ジョルジオ・ガリ S2 オートマチック」。「ジョルジオ・ガリ S2 Ti」はケース素材の異なる、この腕時計の派生モデルだ。リング状のパーツを用いたアワーリングといったデザインコードは同じだが、ケース素材はステンレススティールを採用し、風防のサファイアクリスタルはドーム状ではなく平らなものが採用されていた。自動巻き。2万8800振動/時。パワーリザーブ約41時間。SSケース(直径38mm、厚さ11mm)。50m防水。完売モデル。
でもやっぱり、デザイン力も自分のテイストも、日々進化していきます。常に学び続けているので、一番新しい作品が、いつも「最高傑作」だと思っているんです。
ブランドイメージを変えていくことは容易ではない
――では次の質問です。タイメックス グループに関わるようになってからSシリーズを発表するまでの間に、何か特別な進化や改革、新たなインスピレーションや技術、デザインコンセプトを取り入れた経験はありますか? タイメックスに加わって以降、自身が取り組んできたことについて教えてください。
アーカイブから始まった変革
ジョルジオ・ガリ:タイメックスは、実は僕にとってずっとお気に入りのブランドのひとつだったんです。80年代後半からね。実際、アメリカにいた頃に買った最初の腕時計のひとつがタイメックスでした。

だからこそ、僕は「タイメックスに集中させてほしい」と強く主張したんです。なぜなら、ブランドの“ほこりを払う”必要があると感じたから。僕がタイメックスに関わった当時、ブランドは完全にマスマーケット向けにとどまっていました。そこから脱却するには、とても長いプロセスが必要でした。
というのも、たとえ素晴らしい歴史があったとしても、ブランドのイメージを変えるのは本当に難しいんです。だからこそ、僕が最初に取り組んだのは、アーカイブを徹底的に調べてインスピレーションを得ることでした。そして、いくつかのオリジナルモデルを復刻しましたが、それらは非常に成功しました。
信頼の構築と価格帯の引き上げ
でも、それはすぐにできることではなくて、ひと晩で変わることは絶対にない。どんなに優れたプロジェクトであっても、消費者の頭の中で信頼を得るには時間がかかります。
だから僕たちは、毎年少しずつ、ほんの少しずつ“進化”を示すプロジェクトを出していくことで、ブランドを成長させる道筋をつくってきました。一歩一歩、前に進む、それが大事だったんです。
そしていくつかのコラボレーションは非常に成功して、ブランドの評価を大きく押し上げてくれました。実は日本でも、オリジナルモデルの復刻などで素晴らしい仕事をしてくれて、それが大きな後押しになりました。
その結果として、僕たちは今や「S2を2000ユーロで販売できる」までに至った。タイメックスは、かつては50ドル、25ドルといった価格帯のブランドと見なされていたし、80年代や90年代には100ドルを超えるだけでも大きな挑戦だった。でも今では500、700、800ドルといった価格帯の腕時計が販売できるようになっています。例えば最近の「ディープウォーター」も非常に好調で、価格帯も高い。

クォーツ式ムーブメント搭載のダイバーズウォッチ。スーパールミノバが塗布された時分針とインデックス、そして波模様を表した文字盤が特徴的だ。風防はサファイアクリスタル製。200m防水と潜水時に実用的な防水性能を備える。クォーツ。SSケース(直径44mm、厚さ11mm)。200m防水。5万2800円(税込み)。
成功と失敗、そして次のステップへ
つまり、僕たちが成し遂げた最大の成果は、タイメックスでは前例のなかった高品質・高価格帯の製品を生み出すことができた点にあると思います。つまり、特定のデザインというよりも、ブランド全体のレベルを押し上げたことが最大の功績だと考えています。
2011年に発売された「ウィークエンダー」は、今ではちょっと古く見えるかもしれませんが、当時としては革新的でした。それまでのタイメックスにはなかったスタイルだったので、非常に大きな一歩でした。

カラフルなファブリック製ストラップが特徴的な「ウィークエンダー」は、世界的なヒット作となった。高級腕時計ブランドでもファブリック製ストラップを採用する例が近年よく見受けられる。ウィークエンダーがその下地を作ったからかもしれない。クォーツ。SSケース(直径37mm、厚さ9mm)。50m防水。1万6500円(税込み)。
――他にもいろいろなプロジェクトがありましたが、「TX」を覚えてますか?
TXは高価格帯・高い技術を備えていたモデルでしたが、当時はブランドとしての信頼性がまだ足りなかったので、市場には浸透しませんでした。つまり、いくら良いものを作っても、タイミングとブランドの土台がなければうまくいかないんです。
だから、そこで僕たちはすべてをやり直しました。ゼロからやり直して、今の状況まで築き上げたんです。そして今では、それが「機能する」ようになりました。

「TX」の面影を現行モデルの中で最も残しているのがこのモデルだろう。4時位置、10時位置のレトログラード表示が往年のTXコレクションの特徴を残す。なお、TXコレクションのレトログラード表示部分はモデルによって異なり、同じくクロノグラフ機能を搭載した「TX 700」と同じものだと思われる。「TX 500」はワールドタイムと夏時間、冬時間の切り替え表示が可能であった。クォーツ。SSケース(直径43mm、厚さ12mm)。10m防水。4万1250円(税込み)。
これから登場予定の新作も、タイメックスにとっての新たなステップになるでしょう。タイメックスは、これからまったく新しい次元に足を踏み入れることになるはずです。
クリーン、そして力強く。S2の文字盤に込めた意図
――ジョルジオさんが腕時計に込めた細かなディテールについて、これまでもいろいろお話しいただきましたが、それ以外に特に強調したいポイントや、実現するのに苦労したディテールはありますか? 例えば、ベゼルレス形状の風防や、フリーアジャスタブルなブレスレット、インナーケースへのカーボンの使用など、この腕時計の目立った特徴以外であるでしょうか?

ジョルジオ・ガリ:そうですね、やはり文字盤のデザインだと思います。このデザインは非常にクリーンなのですが、シンプルでありながら多くの要素が込められているんです。時計において、文字盤はまさに“顔”であり、その時計の個性を決定付けるものです。だから僕としては、この文字盤が非常に強い個性を放っていると思いますね。
「写真より実物の方が良い」。S2への反響
――このS2のチタンバージョンについて、販売数量や売上ではなく、消費者やメディアからの反応例えば称賛やディテールへの評価など、どのような反響がありましたか?

ジョルジオ・ガリ:まず、アメリカのメディアでは非常に好意的なレビューをいただきました。
購入者の多くはオンラインで注文していたので、実物を手にしたときの印象がまったく違ったようです。届いたときの感動がすごく大きかったと、多くのメッセージをもらいました。「写真でも良かったけど、実物はさらに素晴らしかった」といった声ですね。
デザインはとてもクリーンですが、細部には見るべき要素が詰まっていて、隠れた「ラグジュアリー」を感じさせる。そうした点が評価されています。
特に多く言及されたのは、ブレスレットの調整機構の完成度です。全体の見た目も非常に好評で、多くのコメントをいただきました。それから、軽さやモノクロームの色味も非常に好意的に受け入れられました。なので、特定の1点というより、さまざまな要素が複合的に評価されたという印象ですね。
Sシリーズは終了。だが新たなシリーズが始まる
――Sシリーズは今後も継続するのでしょうか?
ジョルジオ・ガリ:Sは、そう、ひとつの終わりなんです。でも、ここから新しい章が始まります。そうですね、Sシリーズの進化形と言えるものです。価格が上がるわけではなく、あくまで進化。

そして、タイメックスをこれまで足を踏み入れたことのないカテゴリーへと導くものになります。つまり、SシリーズはSシリーズとしては継続しませんが、その進化形として、新たに重要な存在として展開されていくことになります。
腕時計というプロダクトを再編した知性が、次に描く未来
グラフィックデザイナーという、一見異質な業界から時計の世界に足を踏み入れたジョルジオ・ガリ。クォーツ式時計の台頭後に、時計業界が求めていたもののひとつが、ファッショナブルで個性的な腕時計だった。その変革を彼のグラフィカルな才能が支えたのだ。腕時計の歴史において、進化のひとつの方向性を決定付けた重要な人物と言えないだろうか?
そんなジョルジオ・ガリがタイメックスで手がける今後のコレクションに注目したい。そして、それこそが現在発売中の「タイメックス アトリエ」なのだ。



