2026年、初出展となるウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブでクレドールが発表した「ゴールドフェザー トゥールビヨン 彫金 限定モデル」Ref.GBCF997を、時計愛好家であり、ライターでもある堀内俊が深掘り。堀内が本作の文字盤、ムーブメントに施された彫金から見たのは、日本発ドレスウォッチブランドとして示した“価値”、そしてクレドールの底力だ。

Photographs & Text by Shun Horiuchi
[2026年6月30日公開記事]
クレドールがW&WGで示した“価値”
セイコーウオッチが展開しているブランドのうち、グランドセイコーが2022年よりウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ(以下W&WG)に参加してきた。同社は例年、多数の新製品を発表する中、W&WGではおもに少数精鋭のモデルに絞って発表を継続してきたと言える。そして2026年、本見本市に初めてクレドールが参加したメモリアルイヤーとなり、同じ日本発の高級時計ブランドでありながら、グランドセイコーとは異なる価値を表現した。それはすなわち“日本発のドレスウォッチブランドとして、品質と美の頂点を極めるという信念を象徴する”というものであり、そのトップモデルとして「ゴールドフェザー トゥールビヨン 彫金 限定モデル」がリリースされた。
今回このモデルをハンズオンできる機会に恵まれたことから、ディテールを深掘りする。

手作業でエングレービングされた文字盤とムーブメントを持つ、トゥールビヨンを搭載した限定モデル。手巻き(Cal.6850)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。Ptケース(直径38.6mm、厚さ8.6mm)。3気圧防水。世界限定25本(うち国内18本)。2860万円(税込み)。2026年8月7日(金)発売予定。
ディテールの中の彫金
本作最大のトピックは、「彫金」である。この彫金はクレドール独自のもので、滑らかで繊細な彫りを実現する洋彫りをベースにしつつ、和彫りのように彫面がシャープに輝くことを特徴とする。
通常の和彫りはタガネを槌でたたいて彫金するものであり、力強くきらびやかな表現ができる。一方の洋彫りは、刃先の細い工具を用いて刃面で切り出していく彫刻方法であり、繊細な表現が可能である。クレドールには、両者の特徴を併せ持つような独特の技法が用いられている。この目的は、非常に薄いパーツに繊細に彫り込むことには洋彫りがふさわしいが、同時にきらびやかに反射する彫刻面を備えることにある。クレドールの彫金師らは彫りたい模様、あるいは自らの手の形状に合わせた独自の彫刻刀(バイト)を自作するとともに、長年にわたって鍛練を重ねることで、この技法を実現しているのだ。クレドール独自の彫金技法は1996年に確立したとされ、本年はその30周年に当たる。本モデルは現時点で、この特徴的な彫金の集大成と言えよう。

そんな本作の、まず文字盤を見てみよう。
文字盤はツーピース構造で、素材は真鍮だろう。インデックスを備えた外周面に対し、中央のディスクは一段高いものとなっている。両方ともに放射状の極めて繊細な筋模様が彫られており、単純な梨地などではない。これも手作業によるものだ。
そして本作の彫金における真骨頂のひとつが、外周のローマンインデックスである。細く繊細であり、この直線をフリーハンドで正確に彫れるというのはおよそ人間業とも思われない。またドットのミニッツインデックスは、「魚々子(ななこ)」模様と呼ばれる細かな円をひとつひとつ彫り込んだものである。筆者が見せてもらった個体は、今年初めに話題をさらった「時の技巧展」に参加し、妙技を披露したクレドールのエングレービング・マイスターである小川恒(ひさし)氏の作とのことだ。
ムーブメント側の彫金も息を呑む出来栄えだ。驚くべきは、最薄部で0.25mmしかないCal.6850の受けに、最深部で0.15mmに達する放射状の彫金がなされていることだ。
0.25mmという受けの薄さも驚愕であるが(量産機のムーブメントでは、薄い部分でもせいぜい0.4mm程度はあるのが筆者の感覚)、ここに0.15mmの深さまで彫ったら、誰もが分かる算数で、それは首の皮一枚の0.1mmとなる。彫金前の0.25mmの厚さでさえ、わずかでも力を加えると、簡単に曲がってしまうだろう。受けは彫金のストレスに耐えるよう適切に保持されており、また、そのストレスは極めて鋭い切れ味を持つ工具により最小限に抑えられたうえで彫られていることは間違いないが、これを実現してしまう彫金師はやはり“ゴッドハンド”だ。見た目は双眼顕微鏡で確認できるとしても、彫金そのものはほぼ手の感覚だけの世界であろう。

Cal.6850も深掘りしよう
本作に搭載されるムーブメントCal.6850は、ちょうど10年前にあたる2016年に発表されたトゥールビヨン彫金限定モデルの「FUGAKU」Ref.GBCC999に搭載された、Cal.6830が元となっている。本機は当時、世界最小体積を実現したトゥールビヨンとされ、ベースムーブメントの厚さ1.98㎜、キャリッジを含めた厚さは3.98㎜、直径は25.6㎜というスペックで、パワーリザーブは約37時間であった。ただしロングパワーリザーブを備えた時計が標準化してきた現代において、37時間では短いと捉えたのであろう。香箱周りを中心として再設計され、Cal.6850は約60時間のパワーリザーブを獲得した。
Cal.6830、Cal.6850ともに、2番車はセンターからトゥールビヨンキャリッジによって押し出された格好となり、時分針の軸はムーブメント中央ではなく若干3時側に偏心している。FUGAKUはムーブメントを時計の中央に据えたため、時分針の軸の偏心は、インデックスの位置をずらして対応した。
本機では、表から見ると時分針のセンターは偏心していない。ケースバックを見るとその理由が分かる。三日月型のスペーサーの存在によって位置を是正してあるのだ。彫金は、3分割されたムーブメントの受けだけでなく、このスペーサーもうまく活用された一体感のあるデザインとなっており、一般的に言われる「小さいムーブメントを大きな時計に入れるためのスペーサー」というようなネガティブな要素はない印象である。
なおムーブメントの地板や受けは真鍮製で、そのうえにロジウムメッキがかかっているものと思われるがそれは極めて薄く、各ディテールを全くダルにしてはいない。
このCal.68系の存在をベースに成り立つクレドール「ゴールドフェザー」は、時計愛好家の間では同じセイコーウオッチが手掛ける高級時計として、グランドセイコーとの比較の引き合いに出されることも多い。しかし、現代的な実用性や高精度を追求してきたグランドセイコーと、古典的な薄型手巻きムーブメントの価値そのものを再解釈しようとするゴールドフェザーとでは、その成り立ちの思想が決定的に異なるのである。

話はムーブメントのディテールに移る。文字盤側から見ることのできるトゥールビヨンキャリッジの受けはダブルアーム形状で、表面は青焼きされており、繊細な文字盤の意匠にアクセントを与えている。誰が見てもトゥールビヨンの特別なモデルだと感じることができるだろう。FUGAKUのキャリッジ受けの形状とは異なっており、同じパーツの流用ではない。
おなじくケースバック側のネジ類も青焼きされており、ロジウムメッキ面と良いコントラストを得ている。ただしこのような超高額モデルとして一点だけ(本当にここだけだ)気になったのは、コハゼネジの頭が完全な平面でなかったことだ。そのほかが最高級な仕上げなのに対して、最高水準にわずかに達していないと思う。ここで言う「最高水準」は一般的なスイス時計様式を指し、いわく、最高水準のネジはステンレススティール製で、表面が完全な平面にブラックポリッシュされていること、マイナスのスリ割に45度のベベルが鏡面にて施され、かつネジ頭の外周にCまたはRが取られ鏡面に磨かれていることとされている。青焼きネジかどうかは無関係である。
ディテールのバランスはとても重要と筆者は常々表現してきたし、これがグランドセイコーだったらあえて指摘はしない。もちろんサンプルの本個体だけの可能性もあるため、今後の量産版に期待したい。

外装のディテール
続いて話は外装に移る。ケースはプラチナ950製で、あえてエッジを立ててパキパキにしてはいないが、形状精度および磨きのレベルは極めて高いものである。ケースバックの曲面などは肌あたりが非常に良い。これはケースバックのサファイアクリスタルに曲面のものを採用していることも大いに貢献していると思われる。ケース厚は8.6mmと薄く、まさにゴールドフェザー、羽根のような装着感である。ラグ間やラグ裏など磨きにくい部分も子細に確認したが、十二分に高級時計の水準を満たしていると感じた。
針はゴールドフェザーコレクション共通の形状で、本作では青焼き針が使われており、視認性も高い。
サファイアクリスタル製風防は薄めのボックス形状で、ケースバック、ケースサイドからつながるなだらかな曲面とも一体感があり、繊細なラグ形状と併せてケース全体は優美なものである。なおCREDORおよびGoldfeatherロゴは風防内側に印刷されている。筆者は基本的にロゴは文字盤側にあったほうが良いと感じるが、この彫金を生かすための判断とすれば、それは十分に理解できる。

ストラップは表裏とも無双仕立てのクロコダイルが標準で、最高級なものと言える。バックルはケース同様プラチナ製のフォールディングバックルで、形状は標準的で使いやすく、表面の磨きも美しい。クレドールロゴが誇らしく、質感、操作感ともに高いレベルのものと感じた。また本作のような高価格時計に対して、フォールディングバックルの装備は安全上も好ましい。
まとめ
クレドールの彫金モデルである本作は、匠が持つ彫金の技術を存分に味わえる特別な1本である。
筆者は前回、同じくW&WG2026で発表された、グランドセイコーの彫金モデルである「マスターピースコレクション 手巻スプリングドライブ 彫金 限定モデル」Ref.SBGZ011を原稿の中で深掘りしたが、本作はそのグランドセイコーの彫金とは明らかに一線を画すものであったことを最後に伝えておく(参考:https://www.webchronos.net/features/161605/)。
同じ彫金と言っても、グランドセイコーの塊のようなプラチナケースにびっしりと彫金するのとは、求められる技術が異なることは想像に難くない。半面、本作のハイライトは、まったく歪むことなく平面が維持され、精巧かつ大胆に彫金されたブリッジ類が調和し、ひとつのムーブメント、それもトゥールビヨン機構を備えて組み上げられていることだろう。
端的に言えば、グランドセイコーの彫金が、膨大な作業量を根気強く最後まで貫徹することで成立する美だとすれば、本作の彫金は一刀一刀に込められた精度と緊張感によって成立する美である。グランドセイコー「マスターピースコレクション」に対し、クレドール「ゴールドフェザー」の底力を見た思いだ。
本作はわずか世界限定25本の販売で、うち国内割り当ては18本となる。実機を手に取ることのできるチャンスは少ないかもしれないが、店頭にあるうちにぜひ一度訪れ、見ていただくことをお勧めする。




