皆さんはOrbray株式会社(オーブレー)という日本企業をご存じだろうか? アダマンド並木精密宝石株式会社という旧社名なら、聞いたことがある人もいるかもしれない。しかし時計好きなら、この会社の名前はぜひ知っておきたい。日本で初めて腕時計用の軸受け(ベアリング)宝石、いわゆる「穴石」を製造したのが同社だからだ。今回、秋田県湯沢市に位置する同社の生産拠点を訪問して取材。前編、後編に分けて、オーブレーの世界に誇るものづくりについてひもといていく。

Photographs & Text by Yasuhito Shibuya
[2025年8月25日掲載記事]
スイスで聞いた“NAMIKI”という名前
時計、中でも高級機械式時計に欠かせないのが軸受け(ベアリング)宝石だ。主ゼンマイからいつも大きな力を受けている機械式時計の歯車輪列。この輪列を滑らかに回転させるには、回転する歯車の軸と、その軸を支持する軸受けの摩擦を減らすことが大切になる。そして、この歯車の軸受けに使われているのが、中央に穴を持つ人工ルビーで出来た「穴石」である。なお、石に開けられた穴の上に蓋をする「受け石」やアンクルの先端に取り付けられた「アンクル石(爪石)」、そしてテンプの振り座に取り付けられる「振り石」と、穴石以外にも機械式時計には人工ルビーが使われている。時計のスペックに書かれている「〇〇石」というのは、この人工ルビーの総数を指す。普通の3針時計の場合は17石がスタンダードになっている。
この穴石が時計に採用されたのは18世紀初頭のこと。1704年に「ルビーを歯車輪列の軸受けに使うための技術」特許が成立したという記録がある。当初は天然のルビーやサファイアを加工して、穴石として使っていた。当時は現在のような加工技術はないから、加工はすべて手作業。そのため超高級な時計にしか使われない技術だった。しかし19世紀に入ると、人工宝石の製造技術が開発され、次第に普及していくことになる。

もっとも、日本製の軸受け宝石が普及したのは第2次世界大戦後。1949年(昭和24年)、Orbray株式会社(以下オーブレー)のルーツである「並木製作所」がルビー製の腕時計用軸受け宝石を日本で初めて製造してからだ。なぜかこのことは、時計愛好家の間でもほとんど知られていない。筆者がオーブレーのことを知ったのは2019年頃。まだ社名が「アダマンド並木精密宝石」のときだった。
かく言う筆者も同社のことを知ったのは、実は時計からではない。最初に目にしたのはパワー半導体の一種であるダイヤモンド半導体開発の最先端企業として、であった。こうした時計関係以外の同社の事業については、後編で触れることにする。
そんなオーブレーの工場を取材したいと思ったきっかけは2019年の春、この年が最後の開催となったスイス・バーゼルワールドの会場で、出展していた独立時計師とカタコトの英語でやりとりしているときだったと思う。「日本にとても良い時計部品メーカーがある」という話になり、“NAMIKI”という名前が出たのだ。最初は「万年筆のことか?」(パイロットの万年筆は海外ではNAMIKIとして、昭和初期から知られている)と聞き返したが「いや、違う」と。帰国して、それがアダマンド並木精密宝石だと知った。以来、とても気になっていた。
オーブレーの生産拠点を取材。湯沢といっても、秋田県の湯沢へ
オーブレーの工場取材の希望がかなったのは2026年2月。「時計用の軸受け宝石について取材したい」とメールでお願いしたところ、その製造を行う事業所のある秋田県湯沢市まで来てくれれば、という話になり、お邪魔することになった。湯沢といっても、新潟県の越後湯沢ではない。秋田県の湯沢。東京から秋田新幹線で大曲まで行き、そこで奥羽本線に乗り換えて片道約4時間。時計用の軸受け宝石は、この地にある3つの工場のひとつで製造されている。
まず訪ねたのは湯沢工場。ここでは1967年より、軸受け宝石などの時計部品、レコード針やサファイア製品などの精密部品を製造してきた。そして湯沢工場には、一般には公開されていないが、会社の足跡をまとめた企業博物館的な展示がある。筆者はまずここで、オーブレーの歴史についてレクチャーを受けた。




すべては軸受け宝石から始まった
並木製作所の創業は1939年(昭和14年)、今から87年前。つまり第2次世界大戦前のことだ。そして、同社の最初の製品が宝石軸受けだった。ただし、時計用ではない。一般家庭にまで届くようになった電灯線電力、その電気メーターのための人工サファイア製の軸受け宝石を作る会社としてスタートしたのだ。起業の地は東京都の北区・神谷町。1940年には現在も本社のある足立区新田に移転している。ちなみに、北区と足立区はお隣同士だ。
そして敗戦後の1946年には電気メーター用の軸受け宝石の製造を再開。さらに1949年、同社は腕時計用の人工ルビー製の軸受け宝石、さらにサファイア製のレコード針の製造を開始する。この時点では、時計メーカーからの受注生産だった。
そして1953年には「並木精密宝石株式会社」に組織変更。さらに1957年に時計用軸受け宝石部門が「アダマンド商事株式会社」として独立して販売を開始。その後、1959年に「アダマンド工業株式会社」へと商号を変更し、製造も始めた。1967年には、今回筆者が事業についてレクチャーを受けた湯沢工場が設立されている。その時から現在まで、同社は最初の製品である軸受け宝石を作り続けている。軸受け宝石は、同社の原点なのだ。
なお、オーブレーになるまで使われていた社名に採用されている“アダマンド”とは、「非常に硬い」「堅固無比のもの」を意味する英語「Adamant」からのネーミング。非常に硬いものの加工を得意とすることから名付けたという。なお、Adamantは古代ギリシャ語で「破壊できない」を意味し、ダイヤモンドの語源になったとされる「Adamas」に由来する。
同社の公式サイトの「時計部品」のページ冒頭には、こう書かれている。
「Orbrayの腕時計とのかかわりは、1949年の腕時計用軸受宝石から始まります。当時の腕時計のムーブメントは手巻き機械式で、ゼンマイを一度巻いても、そのままでは1時間ほどで止まってしまい、時を刻む精度は1日で5分以上のずれ(誤差)は当たり前でした。そこで国内時計メーカーは、ムーブメントの減速機構動作の抵抗を少なくする技術(軸受宝石を多用する構造)をスイスより導入し、それによりパワーリザーブ時間が飛躍的に向上し、時を長く正確に刻む国産腕時計の誕生につながりました。当時、ムーブメントに使用されている軸受宝石部品の加工を専門にする会社は1社もなく、当社は電気メーターの軸受宝石の技術を生かし、いち早く腕時計用軸受宝石の量産を開始しました」(出典:https://orbray.com/product/jewel/product/watch.html)
これを読むと、今はほとんど気にする人はいないが、軸受け宝石が機械式時計にとってどれほど重要な部品なのかよく分かる。
決して“表に出ない”時計業界の超実力派
軸受け宝石から始まったオーブレー、今や従業員数は1350名、連結子会社を含めると2300名(2026年1月1日現在)だ。そして同社は、軸受け宝石で培った人工宝石の製造加工技術を生かして、腕時計用のクリスタルガラス風防の開発・製造、サファイアクリスタル風防の製造、そして超硬素材やファインセラミックス素材の時計ケース、ブレスレットの製造に至るまで、時計における素材加工技術の世界的なリーダーとして走り続けている。その実力は前述した同社の公式サイト「時計部品」のトップページをご覧いただければ分かるだろう。筆者の連載をいつも読んでくださっている時計に詳しいあなたなら、この画像を見ただけで、世界の超一流時計ブランドがオーブレーの顧客であり、その製品作りにどれほど深く関わっているのか、同社が世界の時計業界でどれほど重要な部品メーカーなのか即座に理解できるに違いない。

しかも同社はその顧客を絶対に明かさない。今回の取材でも、担当者は顧客企業の名前は一切口にしなかったし、顧客が分かる可能性のある写真撮影はすべてNGというのが絶対条件だった。これはラグジュアリービジネスの世界では当然のことだが、ここまで徹底した守秘義務を貫いているのは素晴らしいと思う。
さらに驚いてしまうのは、オーブレーにとってこの時計部品が、多彩な製品群のほんの一部でしかないことだ。同社の製品は大別すると、時計部品を含む「精密宝石部品」に加えて、「光通信部品」「小型モーター」「医療機器」まで全部で4つのカテゴリーに分かれている。時計部品はあくまでひとつのカテゴリーの一部であることが分かる。なお、その他の製品の方が、事業としての規模ははるかに大きい。そしていずれも、現代の社会を支えるものづくりに必要不可欠な、超精密で重要な部品ばかりなのだ。加えてオーブレーはこの4つのカテゴリー、それぞれの分野でいくつもの「世界初」を成し遂げるなど、世界をリードする存在だ。半面、4つのカテゴリーはどれも、時計部品の素材開発や加工技術をルーツに、そこから発展&進化したものなのだという。
それにしても、なぜここまで見事な事業拡大を行い、ここまでの発展を成し遂げることができたのか? それは創業者を筆頭に、技術の未来とその可能性について卓越したセンスを持つ“未来を見通せる人材”を数多く抱えているからだ。これは創業当時から現在も続くオーブレーの伝統なのだろう。常に技術の未来を見通し、新しい技術に挑戦する人たちが集まり、そして活躍できる。そんな社風がこの会社にはある。
オーブレーは2026年6月16日から19日まで、スイス・ジュネーブで開催された時計・宝飾、精密加工や医療関連の先端技術を展示する国際技術見本市「EPHJ(Environnement Professionnel Horlogerie-Joaillerie)」に初出展した。高精度な加工技術を誇る世界の先端企業が集まるこの見本市でも、同社の技術は高い評価を受け、多くの人々の関心を集めていた。世界を視野に入れる同社の進化と発展は、止まらない。



美しすぎる新工場 Orbray[TRAD]
湯沢工場で同社の事業全体についてレクチャーを受けた後、昔ながらの機器を使った時計用の軸受け宝石の製造現場と、注目のダイヤモンド半導体関連のデモンストレーションを見学。その後、2023年8月にオープンした新工場Orbray[TRAD]の製造現場を訪ねた。ここでは時計部品と並んで同社のもうひとつの原点とも言える製品、レコード針の生産が行われている。
![Orbray[TRAD]](https://www.webchronos.net/wp-content/uploads/2026/08/Orbray-09.webp)
![Orbray[TRAD]](https://www.webchronos.net/wp-content/uploads/2026/08/Orbray-010.webp)
![Orbray[TRAD]](https://www.webchronos.net/wp-content/uploads/2026/08/Orbray-011.webp)
![Orbray[TRAD]](https://www.webchronos.net/wp-content/uploads/2026/08/Orbray-012.webp)
湯沢市の工業団地エリアにあるこの新工場は、使われなくなった工場を、株式会社日建設計の内装でリノベーションしたもの。2024年度グッドデザイン賞のオフィス空間・産業空間インテリア部門を日建設計と共同で受賞している。昼は食堂となるカフェテリアには、曲木(まげき)加工家具メーカーの秋田木工株式会社が手掛けたテーブルと椅子が、さらにこの工場で製造されるダイヤモンド製のレコード針やレコードの振動を吸収して、音を良くするオーディオインシュレーターを使った豪華なオーディオシステムが置かれる。曲木加工の家具でくつろぎ、音楽を良い音で聴きながら、秋田の誇り・鳥海山の雄大な姿を眺めることができるのだ。またこの場所は、地域住民の交流の場にもなっており、ものづくりにおける高度な職人技を目の当たりにできる「魅せる工場」としての役割もあるという。
さらに、この工場の近くでは、新本社の建設が始まっていた。2026年12月には、現在東京にある本社がこの地に移転され、地域の交流拠点の役割のほか、海外・世界への発信拠点、新設工場の準備拠点、技術者や新入社員の教育・研修の場、製品や技術のショールームなどと、さまざまな役割を担うことになっている。「秋田の湯沢」はオーブレーとともに、さらに世界に知られることになるに違いない。
さて、守秘義務の関係から詳細を伝えることはできないが、製造現場では独自に開発・改良した機器の下、ファインセラミックス素材などを使った時計ケース、あるいはブレスレットといった時計部品の製造が行われていた。また、びっくりしたのが、レコード針からその針を保持するカンチレバーまですべてがダイヤモンドで一体成形されており、その先端がオーブレー独自の特殊な形状に加工されていたことだ。最後に湯沢工場のエントランス横に設けられたリスニングルームでその音を聴く機会を得た。


オーブレーの名前は、スイスの高級時計ブランドはもちろん、国産時計ブランドのカタログやスペック表に出てくることはない。だが実は日本には、世界から頼りにされるこんなに素晴らしい時計部品の、また独自の技術で未来を拓く最先端企業がある。まずはそのことを皆さんに知ってほしいと思う。
次回、【後編】では社長インタビュー、さらに時計以外の事業の紹介を行う。



