時計愛好家の生活 丹下憲孝さん「フランク・ミュラーとは長い付き合いです」

2026.10.19

建築と時計は似ている、としばしば聞く。確かにその通りだろう。限られたパッケージの中で、さまざまな要請を満たさなければならないうえ、美的な要素も求められるのは全く同じだ。筆者の知る限り、このテーマを語るに最もふさわしい人物は、建築家の丹下憲孝さんをおいて他にない。“大タンゲ”の後を継いだ彼は、ひょっとして時計というフィルターを通じて、父親の哲学を時代にフィットさせようとしているのではないか。

丹下憲孝

丹下憲孝さん
TANGE建築都市設計代表取締役会長。1958年、東京都生まれ。父親は建築家の丹下健三。スイスのル・ロゼに学んだ後、ハーバード大学で視聴環境学と工業エンジニアリングの学位を取得。同大学院建築学専門課程を修了した後、丹下健三・都市・建築設計研究所(現・TANGE建築都市設計)入社。2016年より現職。
高橋敬大:写真
Photographs by Keita Takahashi
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年3月号掲載記事]


「建築も時計も同じです。その人らしく、心地よく、環境に合ったもの」

パネライの「ルミノール」

時計は価格ではない、と語る丹下憲孝さん。瀟洒なスーツの袖口からのぞくのは、ステンレススティール製の外装すべてに彫金を施したパネライの「ルミノール」だ。ちなみに憲孝さんに彫金師の冨田真一さんを紹介したのは筆者である。彼の技術に魅せられた憲孝さんは、手持ちのフランク ミュラーにも彫金を加えた。すでにあるものに手を加えるスタンスは、往年の丹下建築のリフォームも行う、TANGE建築都市設計の在り方に被って見える。

 日本を代表する、というよりも世界的な建築家である丹下健三。その後を継いだのが、丹下憲孝さんである。父親同様、地域のランドマークになるプロジェクトを展開する一方で、小規模な建築にも取り組む彼は、壮大な丹下イズムを時代にフィットさせ続けてきた。そんな彼をひもとくキーワードのひとつが、腕時計である。

「父とシンガポールに出掛けたとき、シンシアウォッチのテイさんに時計を見せられたんです。それから腕時計は好きですね。建築と時計には似た要素があると思っています」。スイスのボーディングスクールに通い、ハーバード大学・大学院で建築を学び、父親とともに世界各地で建築に携わってきた憲孝さんの時計ライフは、筆者の想像をはるかに超えたものだった。

「昨年の12月31日まで、フランク・ミュラーの自宅にいたんです。彼とは長い付き合いです。先日、ロレックスの社長ともお会いする機会があったんです。光栄にも丹下建築に大変興味があるということで。時計と建築の話で盛り上がりました」。実はフランク ミュラーのマスターバンカーが生まれたのも、きっかけは憲孝さんだ。

IWC、アーミン・シュトローム

時計とはつながりと語る憲孝さん。そんな彼が見せてくれたのが、ジャッキー・チェンが贈ってくれたIWCと、元F1ドライバーのマックス・チルトンとのつながりで彼から譲り受けたアーミン・シュトロームの「レーシング レギュレーター」だ。「シンガポールを訪れたとき、仲良くなって居酒屋で食事をしたんですよ」。搭載するのはユニタス6498をレギュレーターに改造したCal.ASR07-MVR、外装はマルシャF1チームで活躍したマシンのエンジンブロックを溶かした素材で成形されている。

「彼の自宅に行ったときに、世界各地の時間が分かる時計が欲しいと伝えたんです。その半年後、香港で食事をしている時に、フランクがあの時計を作ったよ、と見せてくれたんです」。公式の説明では同席していた銀行家の要望により作られた、とあるが、フランク本人にマスターバンカーを作らせたのは、建築家の憲孝さんだったのである。「フランク ミュラーのラウンドケース、側面の刻みをやめろと言ったのも僕ですよ(笑)。ブレゲみたいじゃないかってね」。

 丹下健三という建築家は、コンクリートの建築に日本的な柱といった要素を組み合わせることで、日本的な建築に普遍性を与え、コンクリート建築の可能性を広げた人物だった。その造形は、旧赤坂プリンスホテルや、新宿の東京都庁舎が示すようにシャープでソリッド。一方、憲孝さんの造形は、新宿のコクーンタワーが示すように、父親とは異なる印象を与える。

「シンガポールで父が自分用と僕のために時計を選んだのです」。お前にはこれだ、と言って渡されたのは、なんとオーデマ ピゲのフィロソフィーだった。「父は、自分にはこれと言ってオーデマ ピゲのゴールドブレスが付いた薄型時計を選びました」。丸いフィロソフィーと尖ったブレスレットウォッチ。この2本は、奇しくも憲孝さんのコクーンタワー、そして父親の手掛けた東京都庁舎に被って見える。ひょっとして丹下健三という人物は、早くから息子の個性を見抜いていたのではないか。

オーデマ ピゲ

父と子。左は丹下健三が自分のために選んだオーデマ ピゲ、右は父親が憲孝さんに選んだオーデマ ピゲの「フィロソフィー」である。左の時計には「Kenzo Tange」、右の時計には「Tange」と印字されている。「父はクォーツ時計が手間がかからないという理由で好みました。機械式時計であっても、頼んでクォーツに交換してもらうほど。今思うと、交換した機械、もったいなかったなぁ。どこに行ったんでしょうね?」。背景に選んだのは、丹下健三の手掛けた傑作のひとつ、旧赤坂プリンスホテル新館(1982年竣工)の模型だ。ハーフミラーガラスとアルミパネルを強調した造形、そして角張ったデザイン、ケースとブレスレットに複数の柱を渡したオーデマ ピゲとの類似性に注目。

「建築を依頼するお客様には、時計のコレクターが多いんです。ですから、ミーティングの前にお互いの時計チェックをしたりするんですね。で、趣味のいい時計を着けていると、建築も趣味がいいと思ってもらえる(笑)。時計とはつながりであり、そしてその関係性って、社会的なつながりを超越しているんですよ」。冗談めかして語るが、建築、そして時計を通じて名だたる人々と付き合ってきた彼は非常にシビアな面も持っている。「背景や環境を含めて、本物でないとダメです。ですから、僕は復刻版には興味が湧かないんです。建築も同じで、やはりオリジナルがいいと思ってしまう。過去のリバイバルは面白くないですね」。フランクにブレゲのようだと文句を付けた、憲孝さんならではの見方だ。

 そんな彼が時計に魅せられた理由は、彼の建築観と密接な関係がありそうだ。

「建築とは、その人らしさの表現だと思うんです。それは時計も同じでしょう。そして建築も時計も想いが大切ですね。だから対話を大事にして、社会や地域に合ったものを創り上げていきたいと思っています。結果として、人々が想いを持って僕たちの建築を見てくれたらうれしいですね」

 ル・コルビュジエに魅せられた丹下健三は、大規模な建築を皮切りに、やがては都市全体の設計を担うようになった。もっとも、彼の壮大な計画を受け入れる素地は1980年代以降の日本にはほとんどなく、彼の晩年の大作は、フジテレビの新社屋を除いて、ほぼ海外にある。一方、憲孝さんは、もちろん壮大な都市計画も行うが、よりパーソナルだ。まさかあの“タンゲ”がリフォームを手掛けるとは誰が想像しただろう。そんな彼の姿勢は、時計選びにも表れている。「時計の魅力って、ここまでやるかってところにある。価値というのは値段ではないし、僕は時計選びのストライクゾーンが広いと思いますよ」。彼が見せてくれたのは、アーミン・シュトローム「レーシング レギュレーター」の限定モデルだ。

フランク ミュラーの初期作

価格を問わず、さまざまな腕時計を所有する憲孝さん。しかし、そのメインはフランク ミュラーだろう。過去の傑作を巧みにモダナイズしたデザインに腕なじみの良いケース、そして適度な存在感は、なるほど、今のTANGE建築都市設計の在り方に重なっている。写真で挙げた2本は、いずれもフランク ミュラーの初期作。時計としてのパッケージングは群を抜いて良い。なお、背景に置いたのは、TANGE建築都市設計のロゴと新しいコーポレートカラーだ。「“スーツ&タイ”という僕たちの理念を大事にし、それを再定義したのです。大切にしてきたものを残そう、と言えるようにしたいですね」。

フランク ミュラーの「マスターバンカー ハバナ」

フランク ミュラーを好む憲孝さんの腕時計の中でも、いっそう彼の趣味が横溢した2本。左は、フランク ミュラーの「マスターバンカー ハバナ」。本文でも記したように、憲孝さんの希望から生まれたモデルである。なお文字盤は彼の希望で交換されている。右はケース全面に深い彫金を施したパーペチュアル。背景に見えるのは、憲孝さん率いるTANGE建築都市設計の手掛けた新宿のランドマーク、モード学園コクーンタワー(2008年竣工)だ。このユニークな校舎は、2019年に高層ビル・都市居住協議会が行った「世界の建築家が選んだ過去50年で最も影響力のある高層ビル50選」に、日本から唯一選出された。

「最近、資産価値ばかりが取り沙汰されるようになったのは残念ですね。正直、この時計に資産価値はあまりなさそうです。でも楽しいでしょう?」。建築とは集う人たちにとって心地よいもの、と憲孝さんは説明する。なるほど、彼がトノーシェイプで装着感を改善したフランク ミュラーの腕時計に魅せられてきたのは分かる気がする。「フランクって、時の哲学者ですよね。時を語らせたら天下一品ではないでしょうかね」。

 時計を通して建築を語り続ける憲孝さん。彼はひょっとして、時計というフィルターを通して、丹下建築を時代にフィットさせようと試みているのかもしれない。

フランク ミュラーの「ヤヌス」

憲孝さんの所有する珠玉の1本が、両面にクロノグラフを備えたフランク ミュラーの「ヤヌス」だ。独立時計師からメーカーになる最中に作られたこのモデルは、表の文字盤に「FRANCK」、裏の文字盤に「FRANCK MULLER」と記されている。製造本数は11本のみ。バルジュー22にワールドタイムモジュールを加えたムーブメントを搭載するほか、ジャン-ピエール・ハグマンのケースを採用する。この時計に合わせたのは、丹下健三と憲孝さんが一緒に設計を行った、日光東照宮 客殿・新社務所(1995年落成)の写真である。歴史を踏まえつつ、古典に陥らないその造形は、この時計に一番ふさわしいのではないか。ちなみにこの建築は、憲孝さんにとって、最も思い出のあるもののひとつ、とのこと。

「父は白が好きでした。確かにすべての色(光の3原色)を重ねると白になるんです。であれば、僕はそれを分解してみようかなと(笑)」。冗談めかして語るが、憲孝さんが最初に手掛けた君津の公会堂は、赤と青、そして黄が映える建築だった。そしてスーツの裏地も鮮やかなアロハである。父親のトレードマークだった仕立ての良いスーツ(銀座の壹番館で、仮縫いだけで5時間かけたという代物だった)という出で立ちを受け継ぎつつも、瀟洒なアロハを合わせる憲孝さんは、なるほど、新しい時代の丹下建築を創り上げた人物ではないか。

 どの時計にも思い出があると語る憲孝さん。しかし、あえて筆者は1本を選ばせてもらった。フランク・ミュラーが独立時計師とメーカーとの過渡期に創り上げたフランクの「ヤヌス」だ。背景は父親と共同で創り上げた日光東照宮の客殿・新社務所の写真。いずれも歴史を踏まえつつ、その世界に一石を投じたフランク・ミュラーと丹下父子の歩みが重なって見えるのは、決して偶然ではないはずだ。


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