時計愛好家の生活 カノープスさん「作り手と直接会話を交わすことで特別感や信頼感が増すのです」

2026.09.28

時計を手に入れるきっかけは人それぞれである。カノープスさんの場合、その瞬間は時計師や時計店との交流の中で訪れ、心が動かされることで実現に至る。カスタマイズの依頼も、胸躍るひとときだ。だからこそ、カノープスさんのコレクションは“幸福な出会いの記憶”で彩られている。関わる人々と次第に深いつながりを築いていくような、心豊かな時計ライフに魅了される。

カノープスさん
2014年より時間に余裕が生まれたことを機に、時計に興味を持ち始める。優れた美的感性と豊かな学識を持ち、選ぶ時計には独自のストーリーが宿る。記憶力も卓越し、所有する時計のリファレンスまで覚えている。同じ時期にプラネタリウム観賞にも目覚め、現在は兵庫県明石市立天文科学館などに足繁く通う。
三田村優:写真
Photographs by Yu Mitamura
髙井智世:取材・文
Text by Tomoyo Takai
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年3月号掲載記事]


「作り手との関係を築くことで、時計は一層特別な存在となります」

マルコ・ラングの「ツヴァイゲズィヒト1」

機械式時計への関心が高まり、近年ではオートマタの懐中時計やシンギングバード、オルゴールにも興味を広げている。カノープスさんらしい洗練された趣味の広がりだ。これらはすべてリュージュ社製で、販売員との親交を深めながら知識を得ている点もカノープスさんらしい。写真中央はマルコ・ラングの「ツヴァイゲズィヒト1」。センターセコンド、ローマンインデックス、金属文字盤を合わせたクラシックな印象の顔で、カノープスさんはカスタムでバー針からカセドラル針に変更した。

 現存する世界最古のプラネタリウムのレプリカ展示がある名古屋市科学館で、筆者は初めてカノープスさんにお会いした。知人から時計愛好家として紹介されたカノープスさん。「どんな時計をお持ちだろう?」という関心が芽生えた矢先、幸運にも再会の機会が訪れた。独立時計師クリスチャン・ラスの腕時計を購入されたカノープスさんの納品式にお誘いいただいたのである。クリスチャン・ラス夫妻は遠くデンマークから自ら時計を運び、カノープスさんへと手渡した。その時計は、デビュー作である「30CP」。調速機構に球体パーツを組み込んだ独創性に加え、まばゆい光沢の装飾仕上げも見事な作品であった。その輝くような時計をしばし陶然と見入っていたカノープスさんが、優れた美的感性の持ち主だと知った瞬間だ。以後も時計に関するやり取りを重ね、本取材のオファーを差し上げた次第である。

マルコ・ラング「ツヴァイゲズィヒト1」

マルコ・ラング「ツヴァイゲズィヒト1」の裏側。オフセンターの時刻表示やシンメトリーなブリッジ、独特なショックインジケーター機構が露出しており、クラシックな表側と対照をなす前衛的な意匠だ。「2023年2月に時計が完成予定で、私の誕生月も2月なのでその刻印を入れてもらいました。こちらの面の針はカセドラルからスペード針に変更。針の作者マティアス・コーラーさんは、マルコさんとラング&ハイネ時代から一緒に活動するエングレーバーです」。

オートマタ懐中時計のダストカバー

エロティックポケットウォッチでもあるオートマタ懐中時計のダストカバー。

 取材当日、カノープスさんは筆者がまだ見たことのないコレクションを持参してくださった。「本格的に時計趣味を始めたのは2014年からです。時計とプラネタリウム観賞を同時に新たな趣味にしました」。その最初の時計です、と手に取られたのは、ヴェンペの腕時計だ。「まずは裏蓋にグラスヒュッテ天文台のエングレービングされた『ツァイトマイスター』を購入しました。これを購入するときに出会ったシェルマンの方が知識豊富で、私をさらなる〝時計沼〞へと導いてくれたんです。ヴェンペはもう1本、『クロノメーターヴェルケ』も買いました。ムーブメントの輪列が北斗七星の形に組まれていて、この時計に出合ってから、ムーブメントに興味が湧きました」。

H.モーザー「エンデバー・パーペチュアルムーン」、ヴェンペ「クロノメーターヴェルケ」

時計収集とプラネタリウム観賞を同時に始めたカノープスさんらしい、時計収集初期の2本とノモス グラスヒュッテのサンダイアル。上は、カノープスさんが通う明石市立天文科学館のオリジナルキャラクター。同館は現役で日本最古の旧東ドイツ製プラネタリウムを備え、東経135 °の日本標準時子午線の直上に建つことから「時と宇宙」をテーマに掲げる。カノープスさんは訪れるたびに、時計塔が示す標準時と自身の腕時計の時刻を合わせるのが恒例となっている。右の時計は、1027年に1日の誤差という超高精度なムーンフェイズが話題になったH.モーザーの「エンデバー・パーペチュアルムーン」。左は、ヴェンペの「クロノメーターヴェルケ」。

クロノメーターヴェルケの手巻きムーブメント

クロノメーターヴェルケの手巻きムーブメントは、トノー型ケースに合わせて作られたブランド初の自社製である。ドイツ・グラスヒュッテの時計の特徴である3/4プレートを活かし、受け石が北斗七星の形になるように配された力作。

 こうした理由で次に触手が伸びたのが、H.モーザーの「エンデバー・パーペチュアルムーン」だ。「この時計は7日巻きで、(トランスパレントバックから)赤い三角のパワーリザーブインジケーターがムーブメント外周を半周近くダイナミックに移動するのを眺めるのが面白いんですよ」。探究心旺盛なカノープスさんはそのままH.モーザーにのめりこんでいき、やがてダブルヘアスプリングに関心を持つ。そして17年に来日したCEOのエドゥアルド・メイランに直談判して、なんと「パイオニア・パーペチュアルカレンダー」のダブルヘアスプリング搭載機を作ってもらうこととなった。

 余談だが、大雨の日にカノープスさんにお会いしたことがある。その際、腕に巻かれていたのがパイオニア・パーペチュアルカレンダーだった。「120m防水仕様のステンレススティール製なので、雨の日でも安心なんです」。そう話された言葉にあるように、「どんなに高価なものでも、使ってこそ価値がある」というカノープスさんの持論を筆者はとても好ましく感じている。

 取材では、カノープスさんが小学生の頃にお父様から譲り受けたセイコーの機械式アンティークモデルなど、思い出の品もお持ちいただいたが、いずれもオーバーホールされ、手入れが行き届いていた。こうして愛着を持たれ、役目を全うできれば、時計もまた幸せだろう。

カノープスさんの思い出の時計たち。撮影用に時刻を動かしているが、どの時計も時刻、日付、曜日が完璧に合わせられており、古い時計を大切にするカノープスさんの性格が表れている。上左は、小学校高学年の頃に父親から譲り受けたセイコー「ウォータープルーフ」。上中央は、中学受験の合格記念に買ってもらったシチズン「チューニングフォーク」。当時、カシオの液晶デジタル時計が流行していたが、「スイープ運針する秒針が気に入り、音叉式を選んだことが今となっては自分らしい」とカノープスさん。上右は大学合格記念のシチズン「デューク」。父親から「小洒落た形の時計を選ぶな」と褒められた思い出がある。

ロンジン「コンクエスト」

大学の卒業旅行で購入したロンジン「コンクエスト」。シャーロック・ホームズのファンとして、ロンドンでは『ストランド・マガジン』を探して古本屋巡りをした思い出がある。背景はシドニー・パジェットが描いたその挿絵。

 なお、この取材当日にカノープスさんが着用されていた時計はマルコ・ラングの「ツヴァイゲズィヒト1」であった。モデル名が示す通り「二面性」を表現したリバーシブルウォッチである。世界18本限定のうちの1本に、カノープスさんはカセドラル針とスペード針を自らの好みで組み合わせ、さらに納品予定年月の刻印を加えることで唯一無二の存在へと仕立て上げた。同モデルの入手の経緯を、カノープスさんはこう話す。「マルコさんがラング&ハイネを辞して独立後、最初に発表されたプロダクトなので、応援する気持ちで購入しました」。

「パイオニア・パーペチュアルカレンダー」の特注モデル、「ヘンリー・ダブルヘアスプリング」と「エンデバー・スモールセコンド」

カノープスさんが所有するH.モーザー3本。左は、ダブルヘアスプリングを搭載した「パイオニア・パーペチュアルカレンダー」の特注モデル。ブランドの招待でノイハウゼンの本社を訪問。アッセンブリング担当のマルチナさんと対面、完成を告げられるというサプライズが用意されていた。その性能の高さに感動し、後にダブルヘアスプリング初搭載モデルである「ヘンリー・ダブルヘアスプリング」(右)もCPO(正規認定中古)で入手した。その後、プラチナケース×スレートグレーフュメダイアルというレアな組み合わせの「エンデバー・スモールセコンド」(中)も見つけ、悩んだ末に手に入れたという。

 カノープスさんがマルコ・ラング本人と出会ったのは18年のこと。まだラング&ハイネに在籍していたマルコが来日した際、その人柄に触れ、「ゲオルク」の購入を決意されたのだという。マルコ本人に依頼し、ムーブメントには日本標準時子午線を示す「135E」と、アッセンブル直前のエングレービング日の刻印を施した。針は3次元の造形に至高の職人技が光るルイ15世針へと変更し、優雅な雰囲気を一層引き立てた。

ラング&ハイネ「ゲオルク」

ラング&ハイネ初のレクタンギュラーウォッチ「ゲオルク」。2018年の三越ワールドウォッチフェアでマルコ・ラングと出会ったカノープスさんは、直接カスタムを依頼し発注に至った。グラン フー エナメルダイアルに映える針は、ランセット針からルイ針に変更。ムーブメントは歯車を独立したブリッジで支える独創的な構造を持つ。地板には「2018 Nov 18」と「135E」の刻印もオーダー。後者はシリアルナンバー「135」に「E」を加えた特別なものだ。「アッセンブルはこのセバスティアン・ドールマンさんが担当してくれました」とカノープスさんは、彼の姿が写ったカタログのページを見せてくれた。

ラング&ハイネ「ゲオルク」

 カノープスさんの話には多くの人名が登場する。時計師との出会いがきっかけで購入を決意した時計は、他にスピークマリンやハブリング・ツーなど。驚くべきことに、アッセンブリングや針の製造者など細かな部門の人まで細かく記憶し、彼らへの感謝も忘れない。「作り手と直接会話を交わすことで、『この人が丹精込めて、一生懸命作ってくれたんだ』という思いが生まれると、特別感や信頼感が増すのです。加えて、その後もSNSでの〝会話〞が続いて、それは時計以上の素晴らしい人生の宝物です」。

 こうした愛情深いオーナーとの出会いは、時計師たちにとってもきっとうれしいものだろう。その幸せな感情は、時計を通して本人へも循環するはずだ。カノープスさんの話を聞きながら心に灯った福福しい感情を、原稿を締めくくる今、思い出している。


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