ロレックスが名門老舗時計店ブヘラを買収! その“真”の目的と今後の影響を推測する

FEATURE役に立つ!? 時計業界雑談通信
2023.08.31

2023年8月25日金曜日、世界最大規模の名門老舗時計店の「ブヘラ」が買収されたと報じられた。それもロレックス本社による買収という、世界の時計業界を震撼させる驚きの大事件が起きた。これは一体どういうことなのか? その理由と今後の影響とは? 時計業界の反応を含めて解説し、予測する。

©Yasuhito Shibuya 2023
2023年3月27日~4月2日に開催された「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2023」に出展するロレックスのブースの様子。ロレックスは、2019年まではバーゼルワールドに参加していたが、バーゼルワールド離脱後は、「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ」にデジタル参加し、リアルに開催されるようになった昨年の「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2022」より、会場のパレクスポにブースを出展している。
渋谷ヤスヒト:取材・文 Text by Yasuhito Shibuya
[2023年8月31日公開記事]


認定中古プログラム導入に続く大ショック!

「まさか」「やはり」「もしや?」と、またまたロレックスから時計業界を震撼させる大ニュースが発表された。国際的な名門老舗時計店「ブヘラ」の買収だ。

 約9カ月前の2022年12月1日の「ロレックス認定中古(Certified-Pre-Owned=CPO)プログラムによる時計の二次流通ビジネス参入」と同様に、「まさか、嘘だろ。信じられない!」という人も多いかもしれない。だが、これはロレックスが公式にリリースを出した、時計業界を一変させる可能性が十分にある事実だ。

2023年8月25日にロレックスが発表したブヘラ買収のリリース。「ロレックス、ブヘラを買収」という大見出しに続いて、「両社の長年にわたるパートナーシップを維持し、その歴史を永続させるために、ロレックスはブヘラの買収を決定した。ブヘラは社名を維持し、独立経営を継続する。ブヘラのロレックス グループへの統合は、競争当局が買収を承認した時点で有効となる」と、ロレックスによるブヘラ買収の概要が説明される。

 だから、世界中のロレックスの正規販売代理店はこの事態に戸惑い、自分たちにとって“今後、最悪の展開”の可能性に戦々恐々としている。実際、このニュースで時計小売ビジネスの先行きを心配した投資家たちの手によって、ロレックス小売り販売で英国最大手の「ウオッチズ・オブ・スイス・グループ(WOSG)」のロンドン株式市場での8月25日の株価は約28%も下落した。

 ロレックスはこれまで「小売ビジネスには参入しない」つまり「直営ブティック戦略は採らない」ことを企業の基本方針にしてきた。ロレックスCPOプログラムでも、ロレックスはフルメンテナンスを行って2年間の国際保証を付与するだけで、その値付けは小売業者に任されている。

 だが、それでも中古時計市場の約80%を占める中古ロレックス市場にロレックス自らが関与する。異常に高騰する中古ロレックスの価格や品質の不安を自ら解決するロレックスCPOプログラムは中古時計マーケットにとって青天の霹靂であり、現時点ではまだその成果ははっきりしていないが、ロレックスは間違いなく中古時計ビジネスの「ゲームチェンジャー」になろうとしている。

 そして今度は、世界最大級の名門老舗時計小売店ブヘラとそのグループの買収である。「直営ブティック戦略は採らないというこれまでの基本方針が変更されたのか? だとしたら大変なことになるのでは?」このニュースを聞いたロレックスの正規小売販売店の関係者は、誰もがそう思っているだろう。

©Yasuhito Shibuya 2023
ジュネーブの旧市街、モンブラン橋を渡った先に位置するブヘラのジュネーブ店。写真は、「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2023」期間中、店頭に「W AND W」の立体看板を掲げて、会場外で同イベントに協賛する様子。

 高級時計ブランドは世界的な高級時計ブームの中でオーデマ ピゲを筆頭に、販売店をさらに削減してリテール販売から直営ブティック販売の比率を高める戦略が進行中だ。だから今回のロレックスによるブヘラ買収のニュースに際し、正規販売店の関係者は「ロレックスも直営ブティック戦略を推進する。自分たちの正規販売小売店契約が切られる。あるいは、少なくともブヘラが小売店として別格の存在になる=自分たちへの商品供給が減る」など、今後起こる可能性のある事態を大いに危惧している。それは、この20年あまりの間にロレックスの取り扱いができなくなった小売店が続出した日本の状況を考えれば、当然の心配だろう。

 ただロレックスは、プレスリリースで「The watch retailer will keep its name and continue to operate independently.(時計小売店ブヘラは名称を変更することなく、独立して営業を続ける)」と記している。また、ブルームバーグのアンディ・ホフマン氏の記事や、時計専門メディアWatchProのロブ・コーダー氏の記事によれば、英国におけるロレックスの正規販売小売店の最大手ウォッチズ・オブ・スイスの担当者は、ロレックスからこの発表について事前に通告があり、ロレックスが製品の割り当てに使用しているシステムは変更されない、つまり商品供給は従来通りに行われることを保証したという。

 なおこの買収は、ブヘラの市場価値が約40億スイスフラン(約45億ドル)と推定されている巨額の買収のため、2000年前後にスウォッチ グループ傘下のETAのムーブメント外販停止問題で、ETAのムーブメントを購入していた時計メーカーとスウォッチ グループの仲裁に入ったスイス連邦競争委員会(COMCO)の承認が必要だ。


買収のいちばんの理由は“ブヘラ側の切なる希望”

 それにしても、なぜロレックスは世界最大級の名門老舗時計販売店ブヘラとそのグループを買収したのか?

 それは現在、ブヘラ グループを率いるブヘラ創業家の3代目、創業者カール・F・ブヘラの孫であるヨルグ・G・ブヘラ氏による、ビジネスがスイス以外の企業グループの手に渡ることを絶対に回避したい、100%スイスの企業として存続させたいという強い意向にロレックスが応えたからだと推測される。

© Rolex/Cédric Widmer
ロレックスはスイスに4つの拠点を持つ。上の写真はジュネーブ市内のアカシア地区にあるロレックス本社。手前の黒い棟は製造部門、その奥の地上13階建てのガラス張りの棟は世界中のロレックスを統括する中枢部。

 ヨルグ・G・ブヘラ氏は現在90歳近い年齢で、「ロレックス創業者のハンス・ウイルスドルフと一緒に仕事をしたことのある最後の人」と言われるスイス時計業界のレジェンドである。だが、一族に後継者はいないとされる。だから今回のロレックスによる買収は、1世紀近いパートナーシップを築いてきたブヘラにとって、誰よりもヨルグ・G・ブヘラ氏にとって最も望ましい結果なのだろう。

 ロレックスの創業以前の19世紀末、1888年に時計小売店としてスイス・ルツェルンで創業したブヘラは、ロレックスCPOプログラムを真っ先にスタートさせたように、ほぼ100年前の1924年からロレックスと密接なパートナーシップを築きながら時計ビジネスを展開してきた。つまり、ブヘラはロレックスの“准ファミリー企業”ともいえる存在だ。

 2000年代に筆者も訪れたことがあるが、ルツェルンに拠点を置くブヘラ本社の時計修理部門には、ロレックスの古い純正パーツが数多く保管されていて、修理担当責任者は「ロレックス本社で修理できないものも、私たちならできる」と語ったほど。古典時計の修復も行っていて、自ら時計製造を行ってきた歴史もあり、修理の技術水準は時計小売店の中では別格の存在だ。2001年に自社ブランド「カール F. ブヘラ」をスタートさせ、時計ブランドとしても確固たる地位と実績を持っている。

 だが、後継者がいないブヘラ グループが創業家による事業継続の断念・事業譲渡の局面を迎えるのは時間の問題だった。このことを期待し、何年も前から水面下でブヘラ グループの買収の可能性を探っていた企業や投資家も少なくないはずだ。

 つまり今回のロレックスによるブヘラ買収は、まずはこうした動きから“准ファミリー企業”を守るための防衛的な買収だと解釈できる。

 ロレックスにとってもメリットは多く、デメリットはほぼない。ブヘラは全世界で100店舗以上を展開。今や世界No.1の時計市場となったアメリカでも、トルノー名義で32店舗を展開している。ロレックスは、今回の買収でその顧客と直接つながったことになる。

 また、ロレックスCPOプログラムに象徴される、中古時計市場の異常な状況の監視、改善の施策もよりやりやすくなる。自らの企業活動を社会貢献活動として位置付けて展開しているロレックスにとって、いちばんの悩みであるこの問題に、よりダイレクトにコミットできることになる。

 唯一の残された問題は今回の買収がスイス政府当局に承認されるかどうか、である。これは筆者の個人的な意見だが、ブヘラとロレックスの企業としての健全性、スイス政府と時計産業の歴史を考えれば、まず間違いなく承認されるだろう。スウォッチ グループもこの買収を歓迎するコメントを出している。外資系企業グループの手にブヘラが渡るよりも、スイスの企業であるロレックスによる買収の方が、時計ブランドにとっては望ましいということだろう。


だが、小売店の“懸念”は消えない

 ブヘラとロレックスにとっては良いことずくめの今回の買収、事業譲渡。だが世界中のロレックスの正規販売代理店にとって、この買収はやはり懸念だらけだ。

 ロレックスはプレスリリースで「The fruitful collaboration between Rolex and the other official retailers in its sales network will remain unchanged.(ロレックスとその販売ネットワークにおける他の正規販売店との実りある協力関係は変わらない)」と述べている。

 だが、当面はそうだとしても、その先の展開がどうなるかはわからない。それは過去のロレックスと正規販売代理店の「関係の歴史」を振り返ってみれば明らかだ。だからロレックスの正規販売代理店はこの事態に戸惑い、自分たちにとって“今後、最悪の展開”の可能性に戦々恐々としているのだろう。

 その最悪の展開とはもちろん、ロレックスのグループ企業となるブヘラが小売店の中で別格の存在、つまりロレックスの直営ブティックとして、CPOロレックスばかりでなく新しい製品の販売でもさらに特別な存在になり、自分たちの製品割り当てが削減され、ロレックスに関するビジネスの規模が縮小してしまうという事態だろう。

 ロレックスは現時点ではこの可能性を明確に否定している。だが、ロレックスCPOプログラムを突如スタートさせるなど、ロレックスは“わが道を行くことが許されている”時計業界のNo.1企業だ。

 今後もこの買収をめぐって時計業界ではさまざまな憶測や展開が予想される。まずはCOMCOによる「買収の承認」がどうなるか? 今後の展開次第では、高級時計の流通・販売・顧客サービスの体制が、業界全体で一気に変わる可能性もある。とにかく、この件からは目が離せない。


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