ロレックスによるブヘラ買収がもたらすものとは? ブランドコンサルタントが考える今後の展開と影響

FEATUREWatchTime
2023.09.13

ロレックスは2023年8月25日に、スイスの老舗時計店「ブヘラ」の買収を発表した。時計業界においてこの買収が何を意味するのか、現在熱い議論が交わされている。ドイツ・ニュルンベルクを拠点とするブランドコンサルタント会社「ブランド・トラスト」の共同設立者で、時計コレクターでもあるクラウス - ディーター・コッホに、今回の買収が生み出す利益やリスクについて聞いた。

クラウス-ディーター・コッホ

クラウス - ディーター・コッホ
ブランドコンサルタント会社「ブランド・トラスト」の共同設立者。ロレックスを含む数多くの時計を所有する時計コレクターでもある。
Originally published on watchtime.net
Text by Rüdiger Bucher
2023年9月13日公開記事


ロレックスによるブヘラ買収、そのメリットと業界への影響

ロレックス本社

© Rolex/Cédric Widmer

WatchTime:ロレックスがブヘラを買収しました。世界最大級の時計ブランドが、やはり世界最大規模の時計・宝飾リテーラーを買収したわけですが、今回の取引によって、両者のうちどちらがより利益を得ることになるのでしょうか?

クラウス - ディーター・コッホ:まず重要なのは、ロレックスが最大規模の流通チャネルを確保したということです。そして、この買収によってロレックスは、よりセールスに対するコントロールができるようになりました。ラグジュアリービジネスにおいて、コントロールはなによりも重要です。世界最大級の高級時計ブランドであるロレックスは、2次市場やグレーマーケットにおいて大きな問題を抱えている事実を忘れてはなりません。ロレックスの時計を自身で所有するために購入するのではなく、購入後すぐグレーマーケットのディーラーのもとに持ち込み、転売によって利益を得る顧客が多発しているのです。

 今回の買収によって、ロレックスはこういったフリッパーたち(編集部注:いわゆる「転売ヤー」のこと)の活動を、より簡単に抑制することができるようになりました。すべての一次データに完全にアクセスできるようになったことで、誰がどの時計を入手できるのか、ロレックスが選択できるようになったのです。

 他にもメリットとして、ロレックスが最大規模のリテーラーとの販売方針を100%自らで決定できるようになったことがあります。ロレックスは、販売店の意向に沿うのではなく、自分たちの意向に沿うように顧客と向き合うことができるのです。そして今回の買収により、ロレックスは他のすべての時計ブランドがブヘラを通してなにを販売しているのか、完全に把握できるようになりました。これは非常に重要なことです。

WatchTime:他の時計ブランドにとって、あまりおもしろいことではありませんね。

クラウス - ディーター・コッホ:これから他のブランドがどのような反応をするのか、とても気になりますね。興味深いことはその他にもあります。時計ブランドは新作情報を、定期的かつ早い段階で重要なディーラーに紹介します。これは展示会などが開催されるよりも、かなり前の時期でのことです。将来的にロレックスは、競争相手である他ブランドの新作をいち早く知ることができるようになります。

ブヘラから見た買収のメリットとは

WatchTime:ブヘラの視点から見た場合、今回の買収にはどのような意味があるのでしょうか?

クラウス - ディーター・コッホ:ブヘラのオーナーであるヨルグ・ブヘラは1936年生まれで、まもなく90歳になります。そして、彼に後継者はいません。このような理由から、彼が自分の会社を売りたがっているということは以前から知られていました。さらに、ブヘラは何十年もの間、世界で最も大きなロレックスの取扱店のひとつでした。ロレックスはブヘラの店舗運営を、これまでの名前を残して継続すると発表していますが、これもまったく正しく、論理的なことです。

ブヘラのフランクフルト支店

ブヘラのフランクフルト支店。店舗は以前の名前で引き続き運営される予定だ。

WatchTime:ブヘラがロレックスの優先販売店であることは、2022年末にロレックスが独自のCPO(Certified Pre-Owned)プログラム、つまり認定中古の販売を発表した際に、ブヘラを唯一の取引先としたことからも明らかでしたね。

クラウス - ディーター・コッホ:ロレックスは現在、CPOをより一貫して取り扱い、グレーマーケットに対抗することができるようになりました。ブヘラ自身もロレックスより数年前にCPO事業を開始しています。今後はこれらすべてが、より強力に組み合わされていくことでしょう。

ロレックスの今後の販売戦略

WatchTime:最近、時計業界ではさまざま動きが見られます。例えば、特にリシュモン グループに顕著ですが、直営ブティックに重きを置く高級ブランドが増えてきています。その点において、今回のロレックスによるブヘラ買収はどのような意味を持つのでしょうか?

クラウス - ディーター・コッホ:私は現在、大手グループやブランドの間で、流通に対するコントロール権をより一貫したものにするための3つの主要な戦略があると見ています。ひとつはパテック フィリップのやり方で、取引先と一緒にブティックをオープンしています。例外は本拠地ジュネーブの直営ブティックだけです。他はオーデマ ピゲのように、すべてのリテーラーとの取り引きを終了し、すべての流通を直営店経由とするものですが、私見としてこれは問題なく進むことはないと思います。

 一方ロレックスは、ロレックスらしいやり方を貫いています。何かをするときは大規模に行い、前述したようにすべての利益を手に入れるのです。小規模なブランドやメーカーは小売業に参入せず、ほぼ完全にオンラインに依存しています。これにより、販売全体にコントロールが効くのです。従来のリテーラーである時計宝飾店に残されるのは、その中間にあるものでしょう。

クラウス-ディーター・コッホ

WatchTime:今後、ロレックスの販売戦略に大きな変化があると思いますか?

クラウス - ディーター・コッホ:現在のところ、ブヘラに新しいロレックスのブティックができることはあまりないと思います。これから数年の間で、ロレックスは既存の販売店のネットワークを少し絞るでしょう。ですが、120万本と言われている年産本数を考えると、一定の幅が必要だと思います。いずれにせよ、すべてが少しずつ進んでいくでしょう。急がないということが、ラグジュアリーの世界の特徴ですから。

ロレックスの姉妹ブランドとなったカール F. ブヘラ

マネロ ミニッツリピーター アニバーサリー

カール F. ブヘラの「マネロ ミニッツリピーター アニバーサリー」。カール F. ブヘラは、今回の買収によってロレックスの姉妹ブランドとなった。

WatchTime:カール F. ブヘラは、ロレックスとチューダーという姉妹ブランドを持つことになります。カール F. ブヘラという小さいながらに高級感あるブランドにとって、これが意味するものは何でしょうか?

クラウス - ディーター・コッホ:例えば、ドイツの老舗時計店「ヴェンペ」が自社ブランドの時計をエントリー価格帯にしているのとは異なり、カール F. ブヘラはエントリー価格帯のブランドではありません。カール F. ブヘラは最近、より高い独自性と複雑機構、ひいては高価格帯モデルに力を入れています。おそらくロレックスはこのアプローチを取り、同様の方向性を強化していくでしょう。ブヘラには信頼するに足る歴史がありますから、うまくいくと思われます。一方で、エントリー価格のモデルも好調となるでしょう。

ブヘラ買収がもたらすリスクとロレックスのブランド戦略

WatchTime:ここまでロレックスとブヘラにとっての利点について話してきましたが、どこかにリスクもあると考えますか?

クラウス - ディーター・コッホ:理論上だけですが、ブヘラとロレックスの乗り入れが過ぎたり、両ブランドの関係性が緊密になり過ぎたり、あるいは相乗効果に過剰に注力しようとすると、それらが逆効果になることもあるでしょう。ブヘラは流通システム、ロレックスは製造システムであるからです。ただ、双方の関係者は賢いですから、こういったことが起きる可能性はまずないでしょう。

 ブランドコンサルタントの世界では「ブランドの瓦解は内部から起きる」とよく言われています。ロレックスの場合、その危険性はないと考えています。思い起こしてみましょう。1980年代のロレックスは今より低い評価を受けていました。それは、ブランドの顧客が正しいものではなかったからです。当時のロレックスは今よりも普通のブランドで、販売数を重視し、一定の市場原理を完全に読み違え、それに頼り過ぎていました。個人的な意見では、おそらくジャン-フレデリック・デュフォーがCEOに就任したあたりからロレックスは成長し、独自の意識を持って動き、他の時計ブランドから抜きんでたと思います。これは、ロレックスの品揃えだけを見ても分かりますが、その自己相似性の高さによるものです。

 こういった最小限の変化は、常に自らを失わず、決して諦めないことを意味します。ロレックスは周縁にあったモデルを、小さなステップを踏みながら育て上げ、中心へと戻そうとしてきました。ご存じのとおり、どの時計ブランドもひとつかふたつ、代表的なモデルを持っています。オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」、ジャガー・ルクルトの「レベルソ」などです。一方現在のロレックスには、シグネチャー的なモデルしかありません。これは類をみないことであり、私たちのようなブランドの専門家が常に説いていることを裏付けています。つまりブランドとは、自己相似的に発展しなければならないということです。この点で、ロレックスは他業種の絶対的なロールモデルにもなっています。

 ロレックスは現在、コントロールや価格の安定性、グレーマーケットや模造品への問題においても、さらに自信を深めています。最後に、一貫した孤高性によって培われたロレックスらしさがブランドイメージを引き締めてきたことを付け加えます。ロレックスはラグジュアリービジネスにとって重要な独自の距離感、自ら追い求める完璧さ、そしてブヘラのショップを通じた顧客との新たな関係性の間に、適切なバランスを取っているのです。


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