初代ブレゲに私淑した「伝統」という名の名機

FEATURE本誌記事
2020.10.02

アブラアン-ルイ・ブレゲが18世紀末に考案した独創的な「スースクリプション」のムーブメントから直接インスピレーションを得た「トラディション」は、オフセンターダイアルを配した時計の表側でムーブメントの機構が露わに見渡せる異色のデザインによって唯一無二の個性を主張する。2005年の誕生から革新的なモデルを続々と発表してコレクションの充実を図る「トラディション」の2020年最新作は、大胆なレトログラード式の日付表示を装備。新作もまた、常に創意をもって時計を作るというブレゲの「伝統」を見事に体現している。

トラディション レトログラード デイト 7597

トラディション レトログラード デイト 7597
中央の大型香箱を挟んで2番車とテンプが左右対称に並ぶムーブメントの上にオフセンターダイアルをセットした「トラディション」特有のデザインに、新作では9時から3時位置にかけて針が移動するレトログラードデイト表示を追加。その一貫したスタイルとバランスが絶妙だ。自動巻き(Cal.505Q)。45石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KRG(直径40mm)。3気圧防水。410万円。
奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
菅原 茂:文 Text by Shigeru Sugawara
[クロノス日本版 2020年11月号初出]

Masterpieces from Breguet Tradition

 2世紀半にも及ぶ長い歴史を歩んできたブレゲのような老舗にとっては、時計製作の偉大な遺産をどのようなかたちで継承し、同時に未来に向けて発展させていくかが非常に重要だ。その際に支えとなるのが伝統である。現代ブレゲにおいてはオーセンティックな「クラシック」からスポーティーな「マリーン」に至るまで、機構やデザイン、装飾技法、ストーリーなどがメゾンの伝統とは無縁なモデルは何ひとつとしてない。まさしく「伝統」と名乗り、2005年に誕生した「トラディション」も同様である。

 アブラアン-ルイ・ブレゲが発明した「スースクリプション」ムーブメントのユニークな構造をフェイスのデザインに採用するという大胆な発想によって誕生した「トラディション」は、18世紀末への原点回帰を想起させるだけでなく、21世紀とともに始まる新たな伝統をも表現する時計になった。オフセンターダイアルや精巧な時計機構を露わにした特異なフェイスに、はるかな過去の歴史的なスタイルを巧みに投影する一方で、そこに現代のトランスパレントウォッチとして他にはない前衛的なスタイルを創始したところがなんとも秀逸なのだ。

スースクリプション No.2292

スースクリプション No.2292
アブラアン-ルイ・ブレゲが18世紀末に予約(スースクリプション)方式で販売した1本針の時計は、中央に香箱を置き2番車とテンプを左右対称に配置するムーブメントが特色。「トラディション」のデザインは、これに小ダイアルを加えた触覚時計の「モントレ・ア・タクト」から着想。写真は1809年に販売された「No.2292」(ブレゲ社所蔵)。

 2020年最新作の「トラディションレトログラード デイト 7597」においても、伝統の進化をブレゲはさらに推し進めた。今回、「トラディション」に搭載された特徴的な機能は、日付を反復表示するレトログラードデイト。これまで日付表示付きモデルがなかったことから追加された機能だが、ここでも先行する複雑モデルと同様に、ブレゲの創意が凝らされている。まず「トラディション」の特徴的なムーブメントを覆うことがないように9時から3時位置にかけて180度に展開するレトログラード式の表示にしたことだ。中央の大型香箱から出現するブルースティールの日付表示針は、左右に並ぶ2番車やテンプとの重なりを避ける巧妙な曲げ加工が施され、その独特の姿がムーブメントの立体構造を一段と強調する好結果を生んだ。

トラディション レトログラード デイト 7597
同時発表のホワイトゴールドモデル。クル・ド・パリの手彫りギヨシェ模様を施したシルバー仕上げのゴールド製ダイアルや、アンスラサイト仕上げのプレートとブリッジに対して、ブルースティールの時分針やレトログラード式の日付表示針が映える。自動巻きCal.505Qは、シリコン製ガンギ車とアンクル、ヒゲゼンマイを採用。45石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KWG(直径40mm)。3気圧防水。418万円。

 現代の複雑時計においては、レトログラード方式によるカレンダー表示がもはや珍しいものではなくなったが、これもまたアブラアン-ルイ・ブレゲの発明とされるひとつだ。実際、製作開始が1783年にさかのぼるダブルフェイスのリピーターウォッチ「No92」やマリー・アントワネットの時計として有名な当時最高の超複雑時計「No160」では、均時差表示を加えたパーペチュアルカレンダーにラックを組み込んだレトログラード式の日付表示がすでに見て取れる。

オフセンターダイアルと香箱の間に挟まれたブルースティールの日付表示針は、支点の歯車が両側からふたつのラックに挟まれて噛み合う。左側のラックが24時間ごとに日付表示針を1日(写真上右)から31日(上左)へと送り、終点(31日)に達するとスネイルカムが開放され、右のラックに備えられたバネの力で、日付表示針を起点(1日)へとジャンプさせる。日付修正は10時位置のプッシュボタンで行う。日付表示針は、歯車やテンプとの接触を避けるために持ち上げられてクランク状に曲げられ、先端は逆に日付セクターに近接するように下に曲げられている(下右)。ケースバックからは18世紀ブレゲの自動巻き時計の巻き上げ機構を模した錨型のゴールド製ローターが見える(下左)。

 さらに「伝統」の現代的進化は、時計の裏側にも明瞭だ。錨型のローターは、1780年に発明された「ペルペチュエル」の自動巻き機構に搭載された分銅を模したもの。この時計の特徴を成すすべては、ブレゲ以外が模したとしても意味を成しえない正真正銘のDNAなのだ。