50年ぶりによみがえった「カシオトロン」は、単なる復刻を超えた腕時計であった【実機レビュー】

FEATUREインプレッション
2024.02.23

1974年11月、カシオ計算機から、電卓というそれまでの主力とは異なる製品が世に出た。G-SHOCKの始祖といえる「カシオトロン QW-02」である。今回このデジタルウォッチが最新の機能を盛り込みつつ、50年ぶりに復刻された。その実機レビューをお届けする。

カシオ カシオトロン TRN-50

堀内俊:文・写真
Text & Photographs by Shun Horiuchi
[2024年2月23日公開記事]


時計事業の礎となった、カシオにとって記念すべき第一作のオマージュ

 「カシオトロン QW-02」は、カシオ計算機が電卓事業で培った技術を活かした世界初のオートカレンダー機能を持つ、先進的かつ実用的なデジタルウォッチであった。それまで同社の主力製品はもちろん電子計算機であり、電子タイプライターも製品群に加わったばかりであったところに、1974年11月、新たにデジタルウォッチが加わったのである。9年後の83年4月、初代G-SHOCK「DW-5000C」が生まれ、その後のカシオのデジタルウォッチの躍進は周知のところである。ポケットコンピューター「PB-100」、液晶デジタルカメラ「QV-10」など革新的な製品群を世に出してきた同社のラインナップは多岐にわたる中で、現在展開する事業内容のうち「時計」が、同社ホームページではトップに記載されている。

カシオ カシオトロン TRN-50

カシオ「カシオトロン」Ref.TRN-50
2024年2月、カシオ計算機の時計事業50周年を記念して、同社初の腕時計でありデジタルウオッチとして世界で初めてオートカレンダー機能を搭載した「カシオトロンQW02」の復刻モデルが登場した。電波受信機能、モバイルリンク機能、タフソーラー。フル充電時約22カ月(パワーセーブ時)。SSケース(直径39.1mm、厚さ12.3mm)。5気圧防水。世界限定4000本。6万3800円(税込み)。


この時計をより理解するために、1974年頃の時計業界について考えてみる

 カシオトロンが発売された時代背景を、腕時計という側面から少しひもといてみよう。デジタル表示による腕時計が成立する前段階で、電池駆動によるクォーツウォッチには言及せざるを得ない。疑いなく大きなエポックと言えるのは1969年12月の、世界初の量産型クォーツ腕時計である、セイコーの「クオーツアストロン」の発売であろう。もちろんスイス勢も手をこまねいていたわけではなく、その裏ではCEH(Centre Electronique Horloger,62年1月スイス・ニューシャテルに設立)ではクォーツムーブメントの開発を急いでいた。しかしながら、その成果であるベータ21搭載の腕時計がパテック フィリップ、ピアジェなど数社から発表されたのはセイコーに遅れること約4ヶ月、70年4月のバーゼルフェアであった。ベータ21は高コスト構造がネックとなりCEHの巻き返しはならず、日本からクォーツレボリューションが起こり、世界に向けて加速していく。

 一方で機械式腕時計では72年、オーデマ・ピゲのロイヤルオークが登場する。当時のクォーツ腕時計は総じてムーブメントが相対的に厚いため、高級機械式腕時計は薄型に活路を見出してゆくことがひとつの潮流になった。“板モノ(編集部注:古くから時計の売買を手掛ける業者間などで使われてきた用語)”と言われる、ケースとブレスレットをロウ付けして一体型とした高級2針薄型ドレスウォッチは、この頃に多くみられる。

 話をデジタルウォッチに戻す。世界初の機械的構造を持たないデジタル表示の腕時計は、ハミルトンの「パルサー」である。これはLEDによる時刻表示機構を持つもので、開発段階から電池の持続時間を延長させることに腐心してきた結果、ボタンを押すと1.25秒間だけ時刻を表示するというものとして量産に至り、70年5月6日に発表された。最初期のモデルは18金ケースのみで2100米ドルと高価なプライスタグを掲げていたものの、よく売れたと記録に残っている。

 73年、日本から再び世界初の称号を持つデジタルウォッチが誕生する。それが6桁のデジタル表示をLCDで実現したセイコーの「クオーツLC V.F.A.(06LC)」であった。この時計は国立科学博物館によって「重要科学技術史資料」に認定されている歴史的モデルである。このような流れで見ると、翌年のカシオトロンQW-02の位置付けがおぼろげながら見えてくると思う。まさにデジタルウォッチ時代の幕開けである。

カシオトロン 復刻

1974年のオリジナルのカシオトロンと、今回復刻された最新カシオトロンの比較画像。

 なお、カシオトロン QW-02の当時の定価は5万8000円であり、今回復刻されたTRN-50も同価格(税抜き)でしゃれが効いていると感じられるが、74年と現在での大卒初任給は2.8倍程度の開きがあり、さらに50年分進化した機能が盛り込まれているため、直接の比較は無理があるものの参考にはなるだろう。


機能は大幅にアップデートされたにも関わらず、残すべきものや再現するべきものが適切に選択され、実にバランスの良い復刻時計が実現した

カシオ カシオトロン TRN-50

コンパクトなサイズ感で、ビジネスにもカジュアルにもハマるのは、ダークブルーカラーの文字盤を持つことが理由のひとつだろう。

 前置きはこの程度にして、最新カシオトロンのインプレッションに移る。

 ステンレススティールケースはオリジナルのQW02-10シリーズを再現したとされ、サイズは縦42.7×横39.1mmである。いわゆるフーデッドラグに分類される形状であるため、ケース直径は39.1mmと思えば良い。厚さは12.3mmで直径に比べてやや厚い印象であるものの、厚い時計があまたある現在では違和感はない。コマが全てそろった状態での質量は約111gである。

 特徴的なのは、STN液晶による表示部を含めた文字盤全体をフラットなガラス風防が覆い、その内周には内側に傾斜の付いたフルーテッドベゼルが備わっていることである。これが光をよく反射するためTRN-50の大きなアクセントかつ魅力になっていると感じられる。表示部上下には、ほぼ完璧な平面をもつアプライドの”CASIO”および”CASIOTRON”ロゴが配置されており、存在感を放つ。外周部のダークブルーカラーも引き締まって印象的であり、水平方向の筋目のテクスチャーも味わいがある。ケース上面部は切削加工時のひき目がそのまま残してあり、加工時の送りも比較的大きめな印象だがこれは意図していると思われ、ポリッシュされたベゼルやケースエッジの稜線を引き立てている。タフソーラー駆動のムーブメントはモジュールNo.3542であり、フル充電から充電なしで約11ヶ月、パワーセービング状態では実に約22ヶ月もの間、駆動する。

カシオ カシオトロン TRN-50

よくポリッシュされたベゼルとケースサイドが稜線を際立たせる。ブレスレットはケースの厚さに比べるとやや薄いものの、当時の感触をよく伝えていて好印象。多機能のためプッシュボタンは合計4つに増えた。

 オリジナルでは右サイドにプッシュボタンひとつであったが、TRN-50は多機能ゆえボタンが左右ともふたつ、計4つに増えている。G-SHOCK的な流儀に倣えばそれぞれのボタンの役割を文字盤に書きたくなるところであろうが、これは一切無い。ちまちまと小さな文字列が書いてあったなら一気に興ざめだ。大英断である。

 表示部分については、オリジナルは時分の4桁で、上段に10秒ごとのマーカーがあったが、最新モデルではさすがに秒表示まで含めた6桁に改められている。通常は上段に曜日と日付が表示され、その他の機能を呼び出した時は表示が変化する。表示は昔のLCDのようにコントラストが弱かったりにじむようなこともなく、はっきりと視認できる。LEDによるバックライトは薄青くてクールな印象で、外周のダークブルーカラーとよく合っている。プッシュボタンの押し心地はG-SHOCKなどよりも総じて軽めで、世に出た頃のデジタルウォッチの懐かしい印象を思い出させるものだが、スクリューバックのケースで5気圧防水を確保している。

カシオトロン TRN-50

ブレスレットはセンターがポリッシュでサイドおよびバックルがサテン仕上げだ。適度なしなりと短めのコマにより、装着感は快適である。

 ブレスレットはケースに比較すれば薄めであり、この価格にしてポリッシュとサテンの仕上げはよく頑張っていると思う。コマの調整は流石にプッシュピン式である。バックルは左右からプッシュボタンを押して開閉するもので、押し心地も悪くなく、操作は堅実で決してチープではない。ブレスレット幅はラグ近辺の20.5mmから、バックルに近づくにつれ16mm(いずれも実測)まで細くなる。70〜80年代のデジタルウォッチは総じてブレスレットは薄いものが多かった印象があり、そんなノスタルジーを感じさせながらも薄すぎることもないので、カシャカシャ系特有の装着感を持ち、快適である。個人的にはややきつめに巻くほうが、より快適と感じた。


使いやすいサイズで、地味に見えながらも実は表情豊かなデジタルウォッチ

カシオ カシオトロン TRN-50

風防内側のフルーテッドベゼルがとても華やかに光る。ただし幅が細いので嫌味にならず、良いアクセントを与えている。一見すると地味であるが、実際は光によってさまざまに変化する、表情豊かな時計である。

 50年ぶりに同価格で復刻されたカシオトロンTRN-50。間違いなく復刻時計という範疇に入る時計であり、昔ながらの良いデザインやノスタルジーを感じさせるディテール、最新の機能によくできたケースや文字盤、さらにブレスレットと、こうあってほしい方向にベクトルが合っている。“そうじゃないんだよ”というディテールや方向性を持つ復刻時計も多いなかで、これほどバランス良くアップデートしている時計はそうそうない。4000本の限定生産のため、迷っているなら早めに行動することをお勧めしたい。


Contact info: カシオ計算機お客様相談室 Tel.03-5334-4869


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