時計愛好家の生活 K.H.さん「ジャガー・ルクルトはブランドにストーリーがありますよね」

FEATURE本誌記事
2024.05.20

時計愛好家としておよそ半世紀。高校3年で購入したロレックスに始まり、最近ではジャガー・ルクルトを中心に据えながらコレクションを充実させてきたK.H.さん。蒐集だけでなく、独自にメンテナンス表を作成して家族の時計も含め、すべてを管理しているという几帳面な愛好家だ。その時計愛と凝りようには並々ならぬものが感じられるが、一方の時計には、人をそう駆り立てる何かが宿っているようだ。単なる物ではなく、家族のような存在なのだ。

K.H.さん
1953年生まれ。大手証券会社や弁護士事務所での不動産ビジネスを経て、現在の不動産管理に従事する。本人の時計蒐集趣味は、夫人や子供たちにも影響を及ぼし、一家そろっての時計好きというところがまたユニーク。家族全員で約100本にもなるという時計の管理を一手に引き受けている頼もしい「お父さん」でもある。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
菅原茂:取材・文 Text by Shigeru Sugawara
[クロノス日本版 2020年3月号掲載記事]


「時計は私の子供と同じように可愛い。決して手放すことはありません」

メモボックス

ジャガー・ルクルトのヴィンテージウォッチの中で根強い人気を誇る「メモボックス」はK.H.さんお気に入りの1本。ケース径37mm、9時位置に「JL」のロゴを置き、全回転式自動巻きCal.916を搭載する1970年代の典型的なタイプだが、このような美しいブルーダイアルが備わるモデルは入手困難な稀少品だ。

 現在、60代半ばを過ぎたK.H.さんが自前でロレックスの時計を購入したのは、今をさかのぼること50年も昔の1971年。まだ高校3年生だったKさんが銀座の老舗時計店の日新堂で手に入れたのは「オイスター デイト」だった。友人が持っていたものに憧れ、自分でも欲しくなり、4回の割賦で買ったのだと、そのときの思い出を楽しげに語るKさん。入学祝いなどで親から贈られた国産の手頃な時計を持つのが普通だった当時の一般的な高校生とは、かなり懸け離れていたと言えるだろう。子供の頃から時計好きの傾向は確かにあったそうだが、自分で買い始めたのはこのロレックスが最初であった。

 73年、Kさんは20歳の時に初めての海外旅行でスイスのチューリヒを訪れた。現地に着くとさっそく時計を見てまわり、IWCの自動巻きモデルを購入したという。機械式時計なんてもう古いと人々が背を向けはじめた頃にあって、相当なマニアだったと推察する。そして30代も終わりに近い91年には、オーバル型ケースのパテック フィリップや、ヴァシュロン・コンスタンタンのドレッシーなシンプルウォッチも手に入れた。

ロレックス「オイスター デイト」、ヴァシュロン・コンスタンタンとパテック フィリップのドレスウォッチ、IWCの自動巻きモデル

K.H.さんが時計愛好家への第一歩を印した思い出の時計たち。左端は1971年、高校3年生のときに銀座の日新堂で購入したロレックス「オイスター デイト」、次に91年に購入したヴァシュロン・コンスタンタンとパテック フィリップのドレスウォッチ。オーバルケースに自動巻きムーブメントを収める2針のパテック フィリップは超レア品。右端は、初めて海外に旅行した73年にスイスのチューリヒで購入したIWCの自動巻きモデル。70年代スタイルのケースとリュウズの魚マークが特徴だ。ジェラルド・ジェンタのデザインと言われている。

 Kさんにとって、これらの時計は愛好家へのプロローグのようなものだろうが、今もそのひとつひとつの時計について詳しく語ることができるのは、いつどこで何を買ったかを当時からまめに記録してきたからだ。買った時計はすべて大切に扱っていて今なお手元にある。ひとつも売ったことはない。

「時計は私の子供と同じように可愛いですからね。決して手放すことはありません」と熱く語る姿が実に印象的だ。

 世間の蒐集家がコレクション内容を記録するのは取り立てて珍しいことではないだろう。しかしKさんが異色なのは、自身の所有する時計のみならず、夫人やお子さんたちのものも含めた、ありとあらゆる時計のリストを作成し、メンテナンス時期が5年周期で一目瞭然となる特別な表をパソコンで管理しているからだ。その時計愛は、可愛い時計たちの、いわば〝健康管理〞にまで及んでいるのである。

ジャケ・ドロー、スピーク・マリンの旧作

右端のジャケ・ドローを除く中央3本は、スピーク・マリンの旧作。マレーシアの独立時計師の製品を扱うブティックで購入。当時、まだ在籍していたピーター・スピーク・マリン本人とも会うことができ、その時計作りに感銘を受けたという。右から「サーペントカレンダー」「スピリッツ・ウィングコマンダー」「スピリッツ・シーファイア」は今や貴重品。左端は、天文時計を得意とするオランダの時計師クリスティアン・ファン・デル・クラウが2014年に発表したクロノグラフとスーパールミノヴァムーンフェイズを併せ持つ「CVDKハイパーノヴァ」。

「時計の状態は音を聞くと分かります。良い状態ならカチカチと、メンテナンスの時期が近付くとカンカンと聞こえます」

 時計の〝健康管理〞にも感心するが、このように時計の〝鼓動〞を聞いて、その状態を判断することに楽しみを見いだす人には初めて会った。筆者の周囲の時計好きにもこれほど徹底している人は見たことがなく、時計愛好家を自任する筆者自身もそこまで凝ったことは一度もない。

 現在、Kさんのコレクションには、すでに取り上げたロレックスやIWC、パテック フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンタンなどに加え、ブレゲやブランパン、F.P. ジュルヌ、ティファニーの限定モデル、さらにスピーク・マリンなどがあるが、その主要部分を占めるのがジャガー・ルクルトだ。コレクションの総数は自身のもので約30本、家族のものを含めると50本にもなるというから驚かされる。整然とコレクションボックスに収められた高級時計の数々は、どれも使っているとはいえ、新品かと見まごうほど良好な状態を保っている。

マスター・ウルトラスリム・パーペチュアル、マスター・ウルトラスリム・パーペチュアル・エナメル、マスター・パーペチュアル・エイトデイズ

Kさんが止めることなく使い続けているというパーペチュアルカレンダーは近年、ジャガー・ルクルトから発表された異なるタイプの3本。(右)12位置にムーンフェイズ、8時位置に4桁の西暦表示を配した「マスター・ウルトラスリム・パーペチュアル」。(中)ギヨシェ彫りとブルーエナメルによるダイアルが特徴的な2019年限定モデル「マスター・ウルトラスリム・パーペチュアル・エナメル」。(左)約8日間のパワーリザーブが備わる「マスター・パーペチュアル・エイトデイズ」。

「70年代の頃、普段はロレックスを着けていたのですが、『世界の一流品大図鑑』や時計の専門誌などを見ているうちにジャガー・ルクルトに興味が湧いてきました。ジャガー・ルクルトはブランドにストーリーがありますよね。その魅力は、まずエレガントであり、さらにほかとは違うジャガー・ルクルトだとすぐに分かる個性があること、それと自社ムーブメントです。クルマの場合もそうでしょう。エンジンが魅力的なフェラーリのように」

 テーブルの上に所狭しと置かれたジャガー・ルクルトのコレクションボックスには、代表的な「マスター」や「レベルソ」をはじめとして、「ジオグラフィーク」に「メモボックス」、高級車のアストンマーティンとのコラボレーションによる「AMVOX」、独創的な複雑ムーブメントを搭載する「デュオメトル」、そして各種パーペチュアルカレンダーがずらりと並び、その眺めたるや実に壮観である。特にパーペチュアルカレンダーは止まらないように気を配っているそうだが、「4年に一度の閏年に合わせて常にカレンダーが正しく機能するようにしておきたい」というのがその理由だ。パーペチュアルカレンダーだけが持つ4年に一度の大イベント。閏年の3月1日であっても決してカレンダーがズレることのない醍醐味を味わうために、4年もの間粛粛と永久カレンダーを巻き続ける姿に、Kさんの人となりを見るようだ。

デュオメトル・カンティエーム・ルネール、デュオメトル・クロノグラフ、デュオメトル・ユニーク・トラベルタイム

時刻表示と他の機能を独立した2系統の動力で駆動する「デュオメトル」は、ジャガー・ルクルトの独創的な設計と技術力を堪能させる逸品。(右)左側にムーンフェイズと日付表示を配した「デュオメトル・カンティエーム・ルネール」。(中)右側にクロノグラフの同軸積算計を置く「デュオメトル・クロノグラフ」。(左)分単位で調整可能な第2時間帯表示や、北極点から見た北半球の世界地図をあしらったディスクで昼夜と各地の時刻を示す「デュオメトル・ユニーク・トラベルタイム」。

 ジャガー・ルクルトの複雑時計については、パーペチュアルカレンダーのほかにトゥールビヨンも何本か所有している。トゥールビヨンを手に入れた時は、さすがにこれで自分も時計蒐集を卒業してしまうのではないかと思ったそうだが、「このモデルはトゥールビヨンであっても普段使いができる控えめなデザインが素晴らしい。トゥールビヨンを持つことの誇りや満足感が得られるところもいいですね」と話す。

 複雑時計の蒐集は、普通ならパーペチュアルカレンダーからトゥールビヨンと来て、次は機械式の最高峰ミニッツリピーターに関心が移るところだが、それはまだだという。時計の機械音を聞くのも楽しみとするKさんにとって、ミニッツリピーターはうってつけだと思うのだが、今度こそ本当の卒業になるかもしれないので、先の楽しみに取っておくのが良さそうだと今のところ慎重に構える。

マスター・トゥールビヨン・デュアルタイム

ジャガー・ルクルトの「マスター・トゥールビヨン・デュアルタイム」は、トゥールビヨン機構を遮らない日付表示や控えめな第2時間帯表示、抜群のコストパフォーマンスなど、他のトゥールビヨンとはひと味違う個性が備わる実用モデルだ。Kさんは普段使いに適したピンクゴールドのシンプルなタイプと、ブルーダイアルをダイヤモンドが取り巻くゴージャスなモデルの2本を所有し、シーンに合わせて使い分けを楽しんでいる。

 とはいえ、音好きを自任するKさんらしく、取材当日に着けていたのは、アラームウォッチの名作「メモボックス」である。70年代の人気ヴィンテージモデルだが、メンテナンスが完璧に行き届き、今も美しい音色を響かせる。時計以外の趣味は、ミュージカル鑑賞だそうだが、国内外で年40〜50回も公演を見るというから熱の入れようは相当なもの。Kさんにおいては、ミュージカルも音を楽しむ点では時計と一緒なのかもしれない。 

Kさん自身と家族が所有する全時計のリスト(写真はその一部)。各時計のオーバーホールの時期が5年単位で5色に色分けされ、どのタイミングでメンテナンスに出せばよいかが一目瞭然になっている。時計に施す健康診断だが、すべてが良好な状態を保つためにKさんは常に労をいとわない。なかなか真似のできることではない。


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