“良い時計の見分け方”をムーブメントから解説。良質時計鑑定術<ペルラージュ編>

2024.07.01

「良い時計」の基準は、人によってさまざまだ。しかし分かりやすいポイントとして、仕上げやつくりが挙げられる。本記事では、ムーブメントの地板や受けに施される“ペルラージュ”の仕上がりについて、3つのポイントを基に解説する。

“良い時計の見分け方”をムーブメントから解説。良質時計鑑定術<ブリッジの仕上げ編>

https://www.webchronos.net/features/117506/
“良い時計の見分け方”をムーブメントから解説。良質時計鑑定術<面取り編>

https://www.webchronos.net/features/117558/
奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2020年5月号掲載記事]


「良い時計」をムーブメントの“ペルラージュ”から見極める

 ジュネーブ仕上げや面取りほど分かりやすくはないが、ペルラージュも質を見る重要なものさしだ。小型旋盤に取り付けた研磨パッドやゴム砥石を地板に当てて、細かい同心円を施していく。ペルラージュの手法は、安価なムーブメントも高級なムーブメントもまったく同じだ。しかし細かな違いが、ペルラージュの仕上がりに現れている。


ペルラージュに質を分ける3つのポイント

Cal.L.U.C 98.01-L

ショパール「Cal.L.U.C 98.01-L」
良質な仕上げで知られるショパールのL.U.Cコレクション。中でも「L.U.C クアトロ」が搭載するCal.L.U.C 98.01-Lは地板の両面に、約1200個のペルラージュ装飾が施されている。回転するゴム砥石で施すのは他メーカーに同じ。しかし、香箱やテンプの下といった見えない部分もきちんと仕上げられているほか、ペルラージュの間隔も詰まっている。優れたペルラージュは、丸の重なりが密である。

 地板や受けに施す丸い模様を、ペルラージュという。今や時計用語として広く普及したこの言葉は、丸い模様が真珠(パール)のように見えることから名付けられたものだ。一般的に、ペルラージュ仕上げは地板に施されるほか、ブルガリの一部複雑モデルのように、受け全面にも施す場合がある。

 ペルラージュの技法は基本的に今も昔も変わっていない。使用するのは小型旋盤。かつては細く削り出した象牙のパッドに研磨剤を付けて、軽く当てて丸い模様を付けていた。現在も基本的には同じだが、研磨パッドやゴム砥石を使うのがポピュラーだ。ジュネーブ仕上げや面取りのように、仕上げによるグレードの差は存在しないが、良質なものと、そうでないものの差は明確に存在する。違いを分けるポイントは大きく3つある。加工精度、職人の腕、そして製造コストだ。

Cal.ETA2894-2

Cal.ETA2894-2
こちらは標準的なETA2894-2の地板である。プレスと切削で地板を抜いた後、ブラスト処理またはバレル研磨で、加工時に発生したバリなどを取り除く。実用ムーブメントの土台としては申し分ないが、面がフラットではないため、仮にペルラージュを施すと、ムラが出たり、発生した切削カスを噛んだりして傷が付くだろう。エボーシュには優れた仕上げを与えにくい、と言われる理由のひとつだ。

 ペルラージュとは地板や受けに、研磨パッドやゴム砥石を軽く当てて施す仕上げだ。多くの場合は、切削から上がった地板や受けに、直接ペルラージュが施される。均一に施す場合、重要なのは下地の平滑さだ。仮に下地に凹凸があると、ペルラージュの仕上がりにはムラが出てしまう。地板の加工精度を高めることで、ペルラージュの質を大きく高めたのは近年のロジェ・デュブイである。また、下地が平滑だと研磨パッドやゴム砥石を当てた際の削りカスが出にくくなる。そして削りカスが減ると、ペルラージュを施す際に、傷を付ける可能性が少なくなる。なお各社が製作する動画の中には、しばしばペルラージュの工程が紹介される。あくまで個人的な意見だが、盛大に削りカスを出しているメーカーに、ペルラージュの質は期待しない方がいいだろう。

 もうひとつは、職人の腕である。今やジュネーブ仕上げも面取りも全自動で施せるようになったが(もちろん質は期待できない)、今なおペルラージュは、職人がひとつひとつ手で打つ必要がある。つまり、職人が熟練するほどペルラージュの質は上がり、慣れていない職人が担当すると、質は下がってしまう。質を見る基準は模様が均一に入っていること、深い傷のないこと、そして同心円の中心に次の同心円の外周が重なっていることだ。また、模様が浅いほどよいとされるのは、ジュネーブ仕上げに同じである。

L.U.C クアトロ

ショパール「L.U.C クアトロ」
初出1998年。4つの香箱で約9日間のパワーリザーブを持つ手巻きムーブメントを搭載する。そもそもは既存の自動巻きからマイクロローターを外して香箱を増やすという意図で設計されたが、最終的に設計は完全に別物になった。発表から20年以上も経つが、今もって高級機の基準のひとつである。写真が示す通り、ジュネーブ・シールに従った、極めて入念な仕上げを持つ。充実した内容を考えると価格はかなり戦略的だ。手巻き(Cal.L.U.C 98.01-L)。39石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約216時間。Ptケース(直径43mm、厚さ8.84mm)。50m防水。

 そして最も重要なのが、コストである。仕上げを自動化できないペルラージュは、製造コストを強く反映する仕上げのひとつだ。そのため、見える部分にのみペルラージュを施したり、大きなペルラージュを入れたりすることで、工程を減らすメーカーも見られる。もっとも、地板と受けが噛み合う部分にペルラージュを入れるのは過剰という意見もあるし、A.ランゲ&ゾーネのように、コストではなく、審美上の理由で、あえてテンプ周りのペルラージュを廃止したメーカーもある。ただし、ペルラージュを適切なサイズで、しかも見えないところまで施しているメーカーの時計は、他の部分も丁寧に仕上げられていると考えてよい。そういった時計の好例が、ショパールの「L.U.C クアトロ」である。その仕上げは圧巻だ。


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