時計愛好家の生活 S.T.さん「僕にとって時計収集は、もはや生きがいです」

2025.05.16

時計に限らず収集家の多くは、コレクションを誰かに自慢したがるのが常。しかし、S.T.さんはこれまで、集めた時計をひとりだけで楽しんできたという。噂にすら上らなかった日本屈指の「ロイヤル オーク」コレクターは、夜景を見下ろすタワーマンションの最上階で、ワイングラスを片手に稀少モデルを眺め、その美しさに酔いしれる。

S.T.さん

S.T.さん
1987年生まれ。大学卒業後、大手証券会社を経て、2015年に独立・起業。自身のビジネスを成功に導いた、才能あふれる実業家である。「オンリーウォッチに出品予定だった『ロイヤル オーク』を落札するつもりだったが、延期となってしまったのが残念」。その代わりとなる時計をオーダーし、完成を待ちわびる。
三田村優:写真
Photographs by Yu Mitamura
髙木教雄:取材・文
Text by Norio Takagi
Edited by Chronos Japan (Yukiya Suzuki, Yuto Hosoda)
[クロノス日本版 2024年3月号掲載記事]


「僕にとって時計収集は生きがい。だから1本たりとも手放すことはありません」

ロイヤル オーク コンセプト “ブラックパンサー” フライング トゥールビヨン、オーデマ ピゲ ロイヤル オーク コンセプト トゥールビヨン “スパイダーマン”

2021年に発表されたマーベルとのコラボレーション第1弾「ロイヤル オーク コンセプト “ブラックパンサー” フライング トゥールビヨン」(左)と、23年に登場した第2弾「オーデマ ピゲ ロイヤル オーク コンセプト トゥールビヨン “スパイダーマン”」(右)。これらを2本とも所有する日本人は、Sさんを含めてふたりだけだ。「オーデマ ピゲだから、キャラクターウォッチでもミーハーチックにならない。特に愛着が深い2本です」。

「4ミリオン(ドル)!」。そう声を張り上げ、S.T.さんは23と書かれたパドルを掲げた。時は2023年5月23日、場所はドバイ中心地にそびえるセントラル・パーク・タワーの最上階。この日、この場所で開催されたオーデマ ピゲ×マーベルの第2弾「オーデマ ピゲ ロイヤル オーク コンセプト トゥールビヨン〝スパイダーマン〞」のユニークピースのオークションでの出来事である。ここに招待されたのは、オーデマ ピゲの選ばれし最重要顧客たち。Sさんは、日本から招かれた3名の中のひとりであった。

「入札時には、手が震えました」

 残念ながら落札はかなわなかったが、入札の実績が評価され、外装の仕様が異なる市販限定モデルを入手することができた。Sさんはマーベルとのコラボレーション第1弾〝ブラックパンサー〞のオーナーでもあり、上の写真では2本がそろい踏みした貴重なカットの撮影が実現したのだった。

ロイヤル オーク フライング トゥールビヨン

ベゼルはフロステッド、ダイアルはハンマー仕上げのディンプル加工が施された「ロイヤル オーク フライング トゥールビヨン」は2023年発表モデル。右は18KPG、左は18KWGケースで、どちらも超稀少なため、2モデルが居並ぶことなどほぼない。「この2本を両方持っているのは、おそらく日本で僕以外ではひとりだけ。改めて2本を並べてみると、フロステッドベゼルとディンプルベゼルの組み合わせって、むちゃくちゃカッコよくないですか?」。

 これら2本を含む、「ロイヤル オーク」ファミリーの多様なモデルを20本以上、Sさんは今回の取材のために用意してくれた。その中には、稀少な限定モデルがいくつも含まれている。上の写真にある「ロイヤル オーク フライング トゥールビヨン」のディンプルダイアルは、数量限定ではないものの、生産数は極少数に限られているため、WGとPGを2本並べて見られる機会など、今後はないだろう。買ったばかりの「ロイヤル オーク ミニッツリピーター スーパーソヌリ」は25本限定で、日本で手に入れられたのは、Sさんだけ。聞けば「ロイヤル オーク」ファミリーだけで、50本以上をコレクションしているという。

「誌面ではちょっと見せることができないシークレットモデルが、いくつもあります。ほかにも『CODE 11.59 バイ オーデマピゲ』も、何本か持っています」

 なるほど、最重要顧客としてドバイでのオークションに招待されるわけだ。

ロイヤル オーク クロノグラフ、ロイヤル オーク ミニッツリピーター スーパーソヌリ

(右)ミニマルを極めたオールイエローゴールドの「ロイヤル オーク クロノグラフ」は、マシュー・ウィリアムズがデザインを手掛けた。世界限定202本。ファッションと腕時計、両方のマニア垂涎の1本である。
(左)2018年初出の「ロイヤル オーク ミニッツリピーター スーパーソヌリ」。その後も稀少なバリエーションが発売されているが、これはシンガポールで先行発売された25本の限定モデルで、「バーガンディダイアルにひと目惚れして、すぐオーダーしました」。

 そんなSさんの時計遍歴は、大学時代にアルバイト代で買ったロレックスの「オイスター パーペチュアル サブマリーナー」に始まる。そして就職後、ほぼ年に1本のペースで、ロレックスを収集してきた。

「当時は、そして今も、時計を買うことが仕事のモチベーションなんです」

 15年に独立・起業。ビジネスが成長するに伴い、時計収集熱にもますます拍車がかかる。そんな時、時計好きの先輩から「YOSHIDA」を紹介された。ここで出会ったのが、オーデマ ピゲ……ではなく、まずパテック フィリップだった。

「先輩から、工芸品と呼べる時計を集めるべきだとアドバイスされたんです。それからノーチラスやアクアノートなど、パテック フィリップの時計を買い始めました」

ロイヤル オーク オートマティック、ロイヤル オーク フロステッドゴールド ダブルバランスホイール オープンワーク

「実はジュエリーウォッチも大好き。レインボーセッティングも、その意味を知ったうえで買っています」。(右)レインボーベゼルに加え、ダイアル全体にダイヤモンドを敷き詰め、インデックスにはバゲットカットダイヤモンドを配した「ロイヤル オーク オートマティック」。(左)フロステッド加工との組み合わせにより、一層の華やかさを身にまとった稀少モデル「ロイヤル オーク フロステッドゴールド ダブルバランスホイール オープンワーク」。

 そのコレクションも、錚々たるものであろう。なにしろ、ミニッツリピーターにまでたどり着いているというのだから。

 YOSHIDAの上顧客となったSさんは20年某日、1本の時計を勧められた。それはYOSHIDAのためにオーデマ ピゲが製作した「ロイヤル オーク〝ジャンボ〞エクストラ シン」のダイヤモンドインデックスのプラチナモデルだった。これが彼の“ファーストAP”となった。

「同じくジェラルド・ジェンタがデザインした『ノーチラス』とは異なる、クッキリとエッジが効いた八角形ベゼルのデザインに、一気に魅せられた」というSさんは以降、驚くほどのハイペースで「ロイヤル オーク」をコレクションしていった。前述したように、現在所有する「ロイヤル オーク」は、50本以上。どれほどのペースで購入してきたかは、推して知るべしである。

ロイヤル オーク “ジャンボ” エクストラ シン

「ロイヤル オーク “ジャンボ” エクストラ シン」の仕様違い3本。右は現行のPGモデル。中央はSさんの“ファーストAP”となったYOSHIDA限定モデルで、名機Cal.2121を搭載し、ポイントダイヤモンドの文字盤はオニキス製だ。左は、都内某所にあるAPハウスでのみ販売されたPtケース+グリーン文字盤の50周年記念モデル。

 自身も投資家ではあるが、Sさんは時計を投資対象として見ていない。その証拠に「最初に買ったサブマリーナーも含め、時計を手放したことは一度もありません。妻にも『僕に万が一のことがあっても時計は絶対に売るな』と言ってあります」と語る。

 ロレックス、パテック フィリップ、そしてオーデマ ピゲ、さらに他ブランドのモデルも含め、コレクションは120本以上に及ぶ。中でも「ロイヤル オーク」の稀少モデルの所有数は日本屈指であろう。これほどのコレクターであるにもかかわらず、Sさんの存在はこれまで時計界で噂にもなっていなかった。それもそのはず、「自己顕示欲がない」というSさんは、所有する時計を誰かに自慢げに見せることもなく、SNSで紹介したこともないからだ。

「夜ごとワインを飲みながらひとり時計の動きを眺めるのが、何よりの楽しみ。僕にとって時計収集は、もはや生きがいです」

ロイヤル オーク クロノグラフ、ロイヤル オーク ダブル バランスホイール オープンワーク、ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー

右の「ロイヤル オーク クロノグラフ」のようなベーシックなモデルも所有する。中央はブラックセラミックス製の「ロイヤル オーク ダブル バランスホイール オープンワーク」。左は2021年に日本で先行販売された「ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー」のサーモンピンク文字盤。チタン製で、300本限定だった。

 本邦初公開となる自身のコレクションが、プロのカメラマンの手で撮影されていく様子をSさんは、ずっと見つめていた。

「こんなにカッコ良く撮ってもらえるなんて、この子たちもうれしいだろうな」

 そう笑顔でつぶやく様子は、写真スタジオで我が子の記念撮影を見守る父親のよう。そしてSさんは、愛おしいコレクションのために、時計専用のキャビネットをオーダーし、その完成を心待ちにしている。

ロイヤル オーク フロステッドゴールド クロノグラフ、ロイヤル オーク フロステッドゴールド パーペチュアルカレンダー

ケースとブレスレットの表面を、特殊な突起形状の電動ハンマーで叩いて荒らすフロステッドゴールドは、時計界ではオーデマ ピゲだけが用いる工芸技法。その華やかさは、Sさんの好みに合うとか。右は2020年に発表された「ロイヤル オーク フロステッドゴールド クロノグラフ」、左は23年発表の「ロイヤル オーク フロステッドゴールド パーペチュアルカレンダー」。どちらも日本ブティック限定モデルで、稀少性は極めて高い。

「壁一面ほどの大きさで、表面はブラックのポリッシュ仕上げにしてもらいました」

 豪華で巨大な特注キャビネットの収納能力は、なんとおよそ1000本!

「時計コレクションにゴールはありませんが、出来上がったキャビネットを埋め尽くすことが、とりあえずの目標です」。時計収集を生きがいとする若きコレクターの志は高く、道のりは長く、終わりはない。


時計愛好家の生活 Y.K.さん「ここにある時計は、みんな“初期モデル”なんですよ」

FEATURES

時計愛好家の生活 K.Kaoruさん「ウブロとオーデマ ピゲは両極にあるから面白いですね」

FEATURES

時計愛好家の生活 小林圭さん「大事な節目の記念にオーデマ ピゲ」

FEATURES