オーデマ ピゲ 審美的トゥールビヨンを求めて

2025.06.12

オーデマ ピゲの創業150周年は、長い歴史を振り返りながら未来へのビジョンを示す年になった。例えばトゥールビヨン。世界を驚かせた1980年代の超薄型自動巻きトゥールビヨンウォッチや、進化し続ける21世紀の超薄型フライングトゥールビヨンは、複雑時計のスペシャリストとしての先進技術のみならず、審美性にも注意を払った独自のスタイリングを再認識させるに十分だ。

奥山栄一:写真
Photographs by Eiichi Okuyama
菅原茂:文
Text by Shigeru Sugawara
竹石祐三:編集
Edited by Yuzo Takeishi
[クロノス日本版 2025年7月号掲載記事]


世界初自動巻きトゥールビヨンウォッチが与えた衝撃

ウルトラ シン オートマティック トゥールビヨン

ウルトラ シン オートマティック トゥールビヨン
Ref.25643。当時、世界最小かつ最薄で、市販された初の腕時計自動巻きトゥールビヨン。1986~92年の間に401本のゴールドモデルやプラチナモデルが販売された。シリーズ生産という点でも異例の存在だった。太陽に見立てた11時のトゥールビヨンから放たれる光線、6時に見える自動巻きハンマーなど、ダイアルデザインも極めて独創的。自動巻き(Cal.2870)。18KYGケース(縦32.7×横28.6mm、厚さ5.3mm)。

 スイス時計産業においてトゥールビヨンを搭載した腕時計が各社から続々と発表されるようになったのは、機械式の復活で勢いづいた1990年代以降だ。難度が高い複雑機構であることから、「卓越性」の証しとして特別視されたのである。しかし、20世紀の腕時計を振り返ると、実験や試作、天文台コンクール用、顧客の特注といったものを除いて市販用のトゥールビヨンウォッチが作られることはまずなかった。もともとブレゲが懐中時計のために発明したこの機構を腕時計に収まるように小型化するのは極めて難しく、それまで多くの挑戦が退けられてきたからだ。

Cal.2870

(左)18Kゴールド製のケースバック自体がムーブメントの地板を成す。自動巻きはプラチナ・イリジウム製の大きな錘が振り子のように揺れるハンマー巻き上げ式を採用する。
(中)チタン製のトゥールビヨンキャリッジは直径7.2mm、厚さ2.5mmと当時、世界最小かつ重量0.123gの最軽量。
(右)アンクル、ガンギ車、ヒゲゼンマイ付きテンワも小さいのが見て取れる。

 にもかかわらず、開発と商品化に成功したのがスイスのオーデマ ピゲである。ブーム到来以前の86年のことだった。市販品として世に送り出されたRef.25643「ウルトラ シン オートマティックトゥールビヨン」は、かつての同社の説明には「世界で初めてトゥールビヨン脱進機と自動巻き装置を備え、なおかつその種のものとしては最小で一番薄い腕時計」とある。なぜこうした仕様なのか?

 難問とされた機構への挑戦なのはもちろんだが、それはクォーツ時計全盛の80年代、高精度や薄型、モダンなデザインを誇っていたクォーツ時計への猛反撃ではなかったか? 実際、Ref. 25643は、世界最小となる直径7.2mm、厚さ2.5mmのトゥールビヨンによる高精度、ケース厚5.3mmの超薄型、時代の先を行く斬新なデザインの3つを併せ持ち、しかも機械式時計であることをダイアルの窓で主張しているのだ。別世界から到来したかのような異形のトゥールビヨンが、当時の時計愛好家や同業者を驚嘆させたことは想像に難くない。

ロイヤル オーク コンセプト フライング トゥールビヨン GMT

ロイヤル オーク コンセプト フライング トゥールビヨン GMT
「ロイヤル オーク コンセプト」コレクションは複雑機構、外装デザイン、ハイテク素材において技術革新の最先端を行く。2022年発表モデルは、サンドブラスト加工のチタンケースにグリーンセラミックベゼルを組み合わせ、ハイテク感と現代的なスポーティー感を演出。手巻き(Cal.2954)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約237時間。Ti×セラミックケース(直径44mm、厚さ16.1mm)。100m 防水。要価格問い合わせ。

 研究開発に長時間を費やし、設計や製造にコンピューターも利用したというこのトゥールビヨンは、高級機械式時計にとって重要なマイルストーンになった。なぜなら、古の歴史的な複雑機構に未来への道を開き、先進設計の有用性を実証したからである。その後、ハイテクエンジニアリングは時計製造全般に広まったが、オーデマピゲにとっても、このモデルが現在に至る先端テクノロジーを効果的に取り入れた時計製造の原点になったのは間違いないだろう。

 続いてオーデマ ピゲは、スタンダードなタイプのトゥールビヨンを搭載するクラシカルなドレスウォッチも発表したが、2002年の「ロイヤル オーク コンセプト」以降は、アバンギャルドな時計作りを打ち出し、トゥールビヨンの先鋭化も図ってきた。その流れは、11年のGMT搭載モデルや、18年のフライングトゥールビヨン搭載モデル、クロノグラフ搭載モデルなどを生むことになる。ダイアルの美観に欠かせないフライングトゥールビヨンは、近年の「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」の演出にも活用され、ダイアルの重要なデザイン要素にもなっている。

 今なお挑戦者の姿勢をもってトゥールビヨン技術の追求と審美性の洗練に取り組み続けるオーデマ ピゲ。やはり、ただものではない。

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ フライング トゥールビヨン クロノグラフ

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ フライング トゥールビヨン クロノグラフ
フライバッククロノグラフとフライングトゥールビヨンを併せ持ち、コンパクトな設計が特徴のCal.2952を搭載。CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲならではの素材の組み合わせによって2020年以来、そのバリエーションを展開する。右は24年発表の18KWG×ブラックセラミックモデル。左は22年発表の18KPG×ブラックセラミックモデル。自動巻き(Cal.2952)。40石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約65時間。ケース直径41mm、厚さ13.8mm。30m防水。ともに要価格問い合わせ。


なおも続く、小型・薄型トゥールビヨンの追求

ロイヤル オーク フライング トゥールビヨン エクストラ シン(RD#3)

ロイヤル オーク フライング トゥールビヨン エクストラ シン(RD#3)
ロイヤル オーク誕生50周年の2022年に発表されたステンレススティール製の直径39mmと直径37mm(RD#3)モデルから想を得て、新たにホワイトゴールドを用い、ベゼルにバゲットカットダイヤモンド32個をセット。ダイヤモンドで華やかに装飾したダイアルも印象的だ。自動巻き(Cal.2968)。33石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KWGケース(直径37mm、厚さ8.1mm)。5気圧防水。要価格問い合わせ。

 トゥールビヨンの現代的進化には、複数搭載や多軸といった足し算による高度な複雑化もあるが、美的意匠の点で注目すべきは、それとは対照的なシンプル化や薄型化だ。脱進調速機構一式をキャリッジに収納して、それを回転させることによって姿勢差誤差を相殺するという原理に基づくトゥールビヨンは、縦に積み重なる構造ゆえに厚さが生じる。

 もっともクラシカルなトゥールビヨンの場合は、キャリッジを支えるアッパーブリッジがダイアルに横たわる。これがトゥールビヨンとひと目でわかる特有のデザインを形作るのだが、フライングトゥールビヨンにはこのアッパーブリッジがなく、キャリッジを底部で支えるのが特徴だ。それによってキャリッジの回転がブリッジに妨げられずに見渡せるだけでなく、ダイアルの中でトゥールビヨンだけが主張し過ぎることなく、全体のデザインをすっきりまとめることができる。オーデマ ピゲがフライングトゥールビヨンのこうしたメリットに着目したのもそのためだろう。

Cal.2968

Cal.2968
2022年発表。直径29.6mm、厚さ3.4mmのコンパクトサイズにフライングトゥールビヨンを搭載し、なおかつセンターローター方式の自動巻きでこの薄さを実現するのは画期的。ケースバック側からはロジウムカラー仕上げが施されたオープンワークのブリッジや22Kゴールド製ローターを通してムーブメント内部の様子を見ることができる。

※2025年6月6日発売の『クロノス日本版』7月号(第119号)P.122に掲載しました「ロイヤル オーク フライング トゥールビヨン エクストラ シン(RD#3)」に搭載のムーブメントCal.2968の画像につきまして、ローター(回転錘)の色が違っておりました。ローターの正しい色は、上に掲載の画像の通りです。

 フライングトゥールビヨンは、2018年に「ロイヤル オーク コンセプト」コレクションに初めて取り入れられて注目を浴びるが、現在、最も興味深いこの種のムーブメントといえばCal.2968だ。もともとは直径39mmの「ロイヤル オーク “ジャンボ”」のケースに合わせて設計されたものだが、チタン製のキャリッジ径を維持しながら、水平方向から駆動させる方式によって機構の層を減らし、全高を抑えていることが最大の特色である。これによって、センターローター方式の自動巻きムーブメントながら、Cal.2968は3.4mmの薄型を実現しているのだ。

「ロイヤル オーク」50周年を記念して22年に発表された「ロイヤル オーク フライング トゥールビヨン エクストラ シン(RD#3)」は、このCal.2968を搭載することによって、直径37mm、厚さ8.1mmのケースサイズを実現することができた。ステンレススティールに続いて、24年にはケースにホワイトゴールドを用い、ベゼルをバゲットカットダイヤモンドで贅沢に装飾したモデルもコレクションに加えた。このモデルは、ジュエリーウォッチ的なアプローチにもフライングトゥールビヨンが無理なく調和して、スタイリッシュな味わいを高めることを証明している。

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ フライング トゥールビヨン

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ フライング トゥールビヨン
光によってさまざまな表情を見せる18Kサンドゴールドで優美にトゥールビヨンを演出。サンドゴールド製の針とインデックスおよびロゴをセットした同色のダイアルと、ブリリアントカットダイヤモンド235個が一段とエレガントな表情を生み出す。自動巻き(Cal.2968)。33石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。18Kサンドゴールドケース(直径38mm、厚さ9.6mm)。3気圧防水。要価格問い合わせ。

 RD#3と同様のアプローチは、「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」の最新作にも取り入れられた。ケースは直径38mm、厚さ9.6mmのコンパクトサイズである。CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲのフライングトゥールビヨンといえば、19年に、Cal.2950を搭載するシンプルな2針の自動巻きモデルが発表されているが、新作はムーブメントも違えば、デザインもまったくの別物である。CODEでは初採用となる18Kサンドゴールドの温かなトーンで包まれたそれは、時代やデザインがまったく異なるとはいえ、太陽をイメージして創作したという、あの1986年の超薄型自動巻きトゥールビヨンに通じるものがありはしないか。

 いつの時代もオーデマ ピゲは、同時代より先の未来に視点を置きながら、機構やデザイン、素材の開発に注力してきた。それが革新を推進する原動力になってきたのは間違いないだろう。数十年にわたって常に進化するトゥールビヨンもそれを見事に物語っているのである。

Cal.2968

Cal.2968。直径41mmのロイヤル オークにのみ搭載されていたフライングトゥールビヨンを採用した自動巻き薄型ムーブメントをアレンジして、直径38mmケースのCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲにも初搭載。RD#3のモデルと同型キャリバーながら、ローターにケースと同様のサンドゴールドを用い、統一感を強調している。



Contact info:オーデマ ピゲ ジャパン Tel.03-6830-0000






オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー」複雑時計150年、辿り着いた現在地

FEATURES

創立150周年を迎えるオーデマ ピゲ。革新の歴史を今に伝える代表作

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オーデマ ピゲ 150年の歴史を振り返る。家族経営で紡いできた歴史とマイルストーン

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