2025年、タグ・ホイヤーがついにフォーミュラ1の公式タイムキーパーに復帰する。時を同じくして「タグ・ホイヤー フォーミュラ1」も全面的にリニューアルされた。F1マシンの意匠を盛り込んだこの腕時計は、5種類のバリエーションでの展開となる。タグ・ホイヤーとF1レースとの関係にまつわる歴史、そして「タグ・ホイヤー フォーミュラ1」の歴史に迫る。
Text by Daniela Pusch
タグ・ホイヤー:写真
Photographs by TAG Heuer
Edited by Yousuke Ohashi (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年5月号掲載記事]
新しい「タグ・ホイヤー フォーミュラ1 クロノグラフ」
2025年は、自動車レースのカテゴリーであるフォーミュラ1(以下F1)の75周年である。それとともに、腕時計とF1ファンにとっての新しい時代の幕開けの年でもあるのだ。タグ・ホイヤーは、1992年から2003年まで、F1の公式タイムキーパーを務めた。そして25年、ついにその役割に復帰を果たした。
タグ・ホイヤーはF1に関与するだけでなく、同社を代表する「タグ・ホイヤー フォーミュラ1」コレクションでも新たな伝説を打ち立てることになった。1986年の発売以来、このコレクションはスピード、スリル、スタイリッシュなデザインを象徴している。コレクションの歴代モデルのディテールに宿るレーシングのDNAと、フォーミュラ1というコレクション名が、タグ・ホイヤーというブランドと、F1の関係性を物語っているのだ。
細部にまでレースのDNAが息づく
その関係性は、タグ・ホイヤー(当時はホイヤー)がレーサーのジョー・シフェールと1969年に協力した時から始まる。それ以来、タグ・ホイヤーはレース計時などの技術革新において、レーシングスポーツに多大な貢献を果たしてきた。86年、タグ・ホイヤーのロゴが、強豪チームであるマクラーレンのF1カーに登場。タグ・ホイヤーとF1の強い絆の象徴として、多くの人々に強く認識されたのだった。
そして同年、タグ・ホイヤー フォーミュラ1コレクションが発表された。このコレクションの腕時計の特徴は、前衛的なダイバーズデザインに加え、グラスファイバーという、腕時計では革新的な素材の使用にある。他のスイスの腕時計ブランドが、デザインにおいては古典的なエレガンスを追求する中、タグ・ホイヤーはクォーツムーブメントを搭載し、前衛的なデザインを採用したフォーミュラ1という新作で、新たな可能性を模索し始めたのだ。
タグ・ホイヤーのヘリテージディレクターであるニコラス・ビーブイックは次のように語る。
「1986年は我々のブランドにとって重要な年だったのです。テクニーク・ダバンギャルドによる買収後、それまでのホイヤーから、タグ・ホイヤーへと生まれ変わりました。新しい会社には、それを象徴する新しいコレクションが必要だったのです。フォーミュラ1はまさにそれでした。
そして、ひとつ興味深い事実があります。それはタグ・ホイヤーとして生まれ変わる前から、実はフォーミュラ1は開発されていたのです。細部に注目してみるとその証拠が見て取れます。まずはリュウズ。ここには『ホイヤー』のロゴマークがあしらわれています。次にストラップに配された盾の形をしたマーク。タグ・ホイヤーのロゴマークには、サイズ比が合いません。しかしながら、『ホイヤー』のロゴでしたら合うのです。
次にモデル名に関してお話ししましょう。F1レースとの強い絆があったおかげで、フォーミュラ1という名称をモデル名に採用することができました。今日では考えられないことです」
タグ・ホイヤー フォーミュラ1は現在進行形で進化し続けているコレクションだ。86年にカラフルなクォーツムーブメント搭載モデルとして登場し、88年にはクロノグラフモデルをラインナップに追加。クロノグラフモデルの登場は、コレクションに一層の洗練と機能性をもたらした。モータースポーツファンと、日常使いのユーザーの双方に対して、この腕時計は確固たる地位を確立したのである。

そして、ニコラス・ビーブイックはさらに次のように話を続けた。
「当時、ドイツはすでに『タグ・ホイヤー オータヴィア』『タグ・ホイヤー モナコ』『タグ・ホイヤー カレラ』といったモデルで成功した、ブランドの地位が確立された市場でした。この国では機能的なクロノグラフが高く評価されていました。
他方、アメリカ合衆国、イギリス、オーストラリア、日本などの市場では、フォーミュラ1が大成功を収めたのです。最初の10年間で約300万個以上が販売されました。そのような成功にもかかわらず、このコレクションは社内で議論の的となったのです。
当時、経営陣はタグ・ホイヤーを、高級腕時計ブランドとして確立したいと考えていました。フォーミュラ1がその際、ラインナップに加わるべきなのか疑問視していたのです。しかしながら、圧倒的な成功と高い販売実績がその存在を許しました。我々はブランドの価値をただ上昇させるだけでなく、『戦略的に拡大』する必要があることを学んだのです」

タグ・ホイヤー フォーミュラ1は、1985年にホイヤーがテクニーク・ダバンギャルドに買収された後、初めて登場したコレクションであった。つまり、「タグ・ホイヤー」の名を冠した初めてのコレクションだったのである。この腕時計はクォーツ革命に伴う時計業界の構造変化への対応として誕生した。堅牢かつ手頃な価格、なおかつ高級感のある雰囲気から好評を得たのであった。
ニコラス・ビーブイックは話を続ける。
「コレクションは長年にわたり、いくつかのデザインの段階を経てきました。1986年から96年の初代に続き、リデザインされた次世代の『タグ・ホイヤー フォーミュラ1 シリーズ2』が登場。その後、フォーミュラ1は2000年代初頭に一度途絶えていたものの復活し、さらなるアップグレードが施されました。近年では、1970年代に発表された、Cライン調デザインのタグ・ホイヤー オータヴィアのケースから着想を得たモデルもラインナップされました。
現在、私たちは基本に立ち返り、デザインを本質にまで凝縮し、そこから新しいものを生み出そうとしています。それは『タグ・ホイヤー カレラ』のグラスボックス風防や、スプリットセコンドクロノグラフを搭載した『タグ・ホイヤー モナコ』も同様なのです」

新生タグ・ホイヤー フォーミュラ1コレクション
5モデルの新作が、タグ・ホイヤー フォーミュラ1コレクションを、新たなレベルへと引き上げた。カラーバリエーションの異なる4種類のクロノグラフに、ある特別なモデルもラインナップされている。それは「タグ・ホイヤー フォーミュラ1 クロノグラフ × オラクル レッドブル レーシング」であり、パフォーマンスと情熱を表現した腕時計だ。
新作はチタン製の空気力学を意識したF1マシンを思わせるケースを採用。モデルによってはブラックのDLCが施されている。また、ラバー製のストラップは人間工学に基づいたものであり、その装着感は抜群だ。スポーティーなデザインなので、腕時計全体に引き締まった印象を与える。
ニコラス・ビーブイックは素材の最良の選択こそが、この腕時計には不可欠な要素だと主張する。
「タグ・ホイヤーの腕時計にはモータースポーツの世界と関係の深い素材を使用しています。チタンやカーボンファイバーはとても軽いだけでなく、耐久性も高いのです」

F1は10分の1、100分の1、さらには1000分の1秒が勝敗を決めてしまう、最先端の自動車テクノロジーによる激しいバトルだ。物理学とレース上の戦略に加えて、計時も重要な要素のひとつなのである。タグ・ホイヤーは計時のスペシャリストだ。それは2025年よりもずっと前からそうである。タグ・ホイヤーはエンツォ・フェラーリのために、1000分の1秒単位で計時することのできる計時装置、センチグラフ HL205を開発した。この計時装置は、1975年にニキ・ラウダがタイトルを獲得したル・マンと、F1レースにおいて、フェラーリをサポートした。その後、BRM、マクラーレン、サーティースといった他のチームも続いてこの計機を採用することとなった。
ホイヤーは79年までフェラーリのパートナーであったが、その後マクラーレンと提携を結ぶ。マクラーレンのオーナーであるテクニーク・ダバンギャルド・グループ(TAG)がホイヤーを買収、タグ・ホイヤーへとブランド名が変更された。こうして生まれた新たなロゴは、86年にアラン・プロストがタイトルを獲得したマクラーレンのMP4/2Cを飾ったのだ。
そう、この86年こそがタグ・ホイヤーがフォーミュラ1コレクションを発表した年なのである。フォーミュラ1の腕時計は、今日に至るまで、世界中の人々の手首でレーシングのDNAを表現してきた。2024年には、その象徴的な初代モデルが、ニューヨーク発のライフスタイルブランド、Kith(キス)とのコラボレーションで復刻された。アイルトン・セナは1988年にマクラーレンに移籍。89年からタグ・ホイヤーの腕時計を着用している。サーキットの内外を問わず、彼のイメージは多くの人々の心に刻まれているのである。
92年、タグ・ホイヤーはF1の公式タイムキーパーとなった。人によっては、異論はあるかもしれないが、80年代から90年代にかけての「F1黄金時代」のことである。この時代、タグ・ホイヤーのロゴマークは、レーシングカー、F1映画、そしてファンの心とあらゆるところで見受けられたのである。腕時計に興味のない人でも、このロゴだけは知っている人が多かった。
2025年現在、F1は世界で最も成功したスポーツのひとつに数えても過言ではないだろう。世界中に約7億5000万人のファンがおり、そのうちの42%は女性だ。そして3分の1が35歳未満である。24年には、24レースを21カ国で15億人が視聴したほどだ。
「精神的強靭さ、戦略、革新性を兼ね備えたF1というスポーツにおいて、タグ・ホイヤーが公式タイムキーパーとしてその中心にいるのは当然のことなのです」と、24年からタグ・ホイヤーのCEOを務めるアントワーヌ・パンは説明する。
モータースポーツからインスピレーションを得たデザイン
新たなタグ・ホイヤー フォーミュラ1のあらゆるディテールは、F1のDNAを反映したものだ。ケース形状は空気力学を応用したレーシングカーを彷彿とさせる。ベゼルは自動車のブレーキディスクから着想を得たものだ。インデックスも、F1マシンの先端の形状からインスパイアされたシルエットである。
この腕時計の人間工学に基づいたデザインは、装着感の新たな基準を打ち立てたと言っても過言ではない。ラグ間の距離が最適化されているため、その装着感は極めて優れたものである。やや話はそれるが、ケース側面からの外観は、ほれぼれするほど洗練されており、特筆に値する。ケースは軽量なチタン製。ブラックのDLCコーティングされたモデルもラインナップされている。レーシングスポ―ツ愛好家だけでなく、トレンドに敏感な人にも勧められる腕時計だ。
ニコラス・ビーブイックはケースデザインに関して、このように説明した。
「ケースのデザインをつぶさに見ていると、今までのフォーミュラ1との関連性を見いだすことができます。第一印象、特に平面画像でこの腕時計を見た場合には、新旧のモデルは異なって見えるかもしれません。しかし、Kithによって復刻された初代モデルと比較してみると、どこか一貫したデザインコードと、今に至るまでの調和が見て取れるのです。自動車のポルシェ911シリーズはその好例でしょう。初代から992のような最新モデルまで、継続的な発展が確認できるのです。この進化の流れは、私たちの考えるところです」
ダイナミックなデザインにカラフルなアクセントをプラス

最新作は、ナイトレースからインスピレーションを得た、エネルギッシュなカラーコーディネートが特徴だ。印象的なブラックにレッド、ブルー、ライムカラーの鮮やかなハイライトがケースにアクセントを添える。アクセントカラーの活かし方は、モデルによって異なる。あるモデルは文字盤上の〝レーストラック〞を強調するためにこのビビッドなカラーを用いた。他方、別のモデルでは、ラバーストラップに鮮やかなレッド、ケースにはブラックを用いることで、見事なツートンカラーを実現。F1マシンの先端のようなアワーインデックスは、文字盤の縁に配されており、まるで中央から広がるかのように進みゆく、自動車の運動エネルギーを表現しているかのようである。ベゼルの下に注目しよう。ここにはカラーベゼルがインサートされており、腕時計に遊び心とスポーティーな外観を与えている。
ニコラス・ビーブイックはこの腕時計の歴史、そして新作のデザインについて、次のように語ってくれた。
「興味深いことに、1985年から86年にかけて、このコレクションが発表される準備が進められていたとき、まったく別の名前が付けられていたかもしれないのです。クロノグラフ機能は後から導入されました。当初のデザインは、モータースポーツとはほとんど関係がありませんでした。当時、このフォーミュラ1という名前はむしろ、テクニーク・ダバンギャルドによる買収と、マクラーレンとのパートナーシップのためのコミュニケーションツールだったのです。
しかし、時が経つにつれて、私たちはモータースポーツとのつながりを、ますますデザインに取り入れるようになりました。私たちは、表面的でキッチュなデザイン要素を意図的に避けました。新しいフォーミュラ1は、デザイナーが熟考に熟考を重ねた結果、実現したものです。ベゼルのフォージドカーボン、ケースのチタン、クロノグラフ機構の統合といった要素は、腕時計製造ブランドとしての伝統を反映しています。同時に、ストラップ両端のカットアウトは、レーシングカーのエアベントを彷彿とさせるなど、着用時に初めて目に付く繊細なデザイン要素も盛り込んでいるのです。回転ベゼルは、明らかにブレーキディスクを連想させます。プッシャーは、保護されており、レーシングカーのコックピットで、誤って作動するのを防ぎます。私にとって、新しいクロノグラフウォッチは、レーシングのDNAをこれほど一貫して統合した、初めてのモデルです。単にモータースポーツの要素を取り入れるだけでなく、それをクロノグラフのDNAと融合させたのです。
これは素材の選択にも、デザインの微妙な決定にも反映されています。実際、F1マシンのほとんどの金属部品は、その軽さからチタン、マグネシウム、特殊合金で作られています。これらの素材を使用することで、モータースポーツとの直接的かつ本格的な結び付きが生まれるのです。カーボンセラミックス製ブレーキや、カーボンファイバー製ボディパーツの素材であるカーボンは、この新作にも使用されています。これらの要素は連動し、この腕時計のモータースポーツらしさを強調しているのです。大胆なカラーチョイスもさることながら、考え抜かれ、最適化されたモデルなのです。
控えめなカラーをお好みの方は、ブラックモデルを選ぶと良いでしょう。この多彩なカラーバリエーションは、オリジナルのフォーミュラ1コレクションにおいて成功の決め手となりました。86年当時、腕時計のカラーで自分を表現するということは画期的なコンセプトでした。今となっては当たり前のことに思えるかもしれませんが、私たちは、このようにカラーをデザインに取り入れた、最初のスイス製高級腕時計ブランドのひとつであると、胸を張って言うことができます」
オラクル レッドブル レーシングエディション
コレクションの特別なハイライトは、タグ・ホイヤー フォーミュラ1 クロノグラフ × オラクル レッドブル レーシングだ。この人目を引く特別モデルは、革新的なデザインと、オラクル・レッドブル・レーシングチームの特徴的なカラーリングを組み合わせたものである。
ニコラス・ビーブイックはこのモデルについて以下のように解説した。
「デザインは、レッドブルの特徴的なカラーであるディープブルー、ブライトイエロー、そしてパワフルなレッドをピックアップしています。ケースバックには、このパートナーシップの重要性を強調する、細かな浮き彫りが施されています。このコラボレーションは、私たちにとって非常に重要です。2016年以来、私たちはレッドブル・レーシングの誇り高きパートナーであり、私たちの関係は長年にわたって並外れた成功をもたらしてきました。私たちは今、このパートナーシップの10年目を迎えようとしているのです。
F1との新しい契約は、レッドブル・レーシングとの関係に、影響を与えることはありません。この契約は数年延長され、なおかつ私たちがF1の公式計時を担当することになりました。スポーツそのものとチームの両方をサポートするブランドは、非常に稀です。私たちはファンとより深く、より集中的にコミュニケーションを取り、より強いストーリーを伝えることができるのです。2025年のシーズンでは、フェラーリに移籍したルイス・ハミルトンの活躍やエキサイティングな技術革新などが、今までにないハイライトとなるでしょう。26年に発表される新レギュレーションもまた、さらなる挑戦をもたらすに違いありません」
スタイリッシュで技術的に見ても傑作

新しいコレクションの腕時計は、スタイリッシュであり、高性能なマシンでもある。セリタのCal.SW500をベースとしたCal.16を搭載し、200mの優れた防水性を備えている。新作は、高い機能性に加えて世界中の時計愛好家を喜ばせる、美的魅力を兼ね備えたモデルなのだ。
クォーツから自動巻きムーブメントへの移行に伴い、フォーミュラ1コレクションは、新たな次元を切り開いた。今後も多くの人にとって、機械式クロノグラフの世界への入門として、またタグ・ホイヤーというブランドとの最初の出会いとして機能し続けるだろう。価格は70万4000円からである。タグ・ホイヤー フォーミュラ1 クロノグラフ × オラクル レッドブル レーシングの価格は81万4000円だ。